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中世芸能の発生 410 生命の連鎖 歌から掬(すく)いとる方々



つづき


大伴家持の砌(みぎり)の上(うへ)の瞿麦(なでしこ)の花を見て作れる歌一首 
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万葉集  四六四

秋さらば見つつ思(しの)へと妹(いも)が植(う)ゑし屋前(やど)の石竹(なでしこ)咲きにけるかも (464)

秋になったらいつも花を見て美しさをほめてくださいといって妻の植えた撫子(なでしこ)は、今わが家に咲いているよ。
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(参考:『万葉集(一)』中西進著)


この歌は、秋になったら植えた撫子(なでしこ)を見て、私をしのんで下さい、
の意味にも解されている。


大伴家持(おおとものやかもち)が妾(つま)を亡くして作った歌の中の一首。
妾(つま)が生前、庭に撫子(なでしこ)の花を植えた。

生物学者の中村桂子さんが、万葉集からこの歌を紹介されていた。

「生き物が地球上に生まれたのが38億年も前なのね。そこからもう絶えることなくずっとつづいてきて、その途中でお花も生まれ、虫も生まれ、そして私たちも生まれてきた。ずっとつながっているわけじゃないですか。」



十一年己卯。夏六月に妾(つま)を亡くした家持の悲しみ嘆く一連の挽歌。
全作虚構ではないかと言われることもある。

その女性については、家持の歌の中の姿の他はわからない。
幼い子を残して亡くなった。
家持が花に寄せ、季節に寄せ、山に寄せ亡くなった妾(つま)を歌った。


中村さんは、

もしかしたら妾(つま)は自分の病気を知っていって、
自分はいなくなるかもしれないけれども
秋に咲く、未来に咲く花を植えたのかもしれない。

と、その気持ちをとてもすてきだとおっしゃる。

「命っていうのは、やっぱり生き物を見ていますとね。みんなつづいていこう、つづいていこうって一所懸命生きてるなって思うんです。それはもちろん死というものもあるんですけど、なんか自分だけじゃなく、他の生き物たちも含めてつづいていってほしい、っていう、そういうことがみんなの生き物の中にこう、こもってる。」

そうした行動が、人間だったら、歌や、花を植えるとか、そういう行為で、
それが生き物としての人間の表現、

と、おっしゃって、
そういう意味でもこの歌を素晴らしい、と中村さんは思われたそうだ。

ああそれは、ヨをことほぐ祝福の音だ。
・2010-02-12 中世芸能の発生 293 ヨ


この歌は、この一連の挽歌の中でも通り過ぎてしまいそうになる、とてもシンプルな歌。

今の私たちには花を植えることはごくあたりまえの日常で、
そのことの意味を思わず、家持の悲嘆だけを見て、歌を通り過ぎてしまう。

しかし生物学者の中村さんの心は、
生き物としての行為と、
この歌の底に流れる、はるかな命の連鎖を掬(すく)う。

人の営みをこえて、人の営みも含む、生命の連鎖。


私は、歌を紹介する方の、人生とともに培われた冴えた目を、
歌に重ねて聞く。




別の時には、いけばなの池坊の次期お家元の池坊由紀さんが、
同じく大伴家持の別の歌についてお話されていた。

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万葉集  一六三〇

高円(たかまど)の野辺(のへ)の容花(かほはな)面影(おもかげ)に見えつつ妹(いも)は忘れかねつも (1630)

高円の野辺の容花のように、面影にばかり見えつづけて、あなたは忘れることができないよ。
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(参考:『万葉集(二)』中西進著)


容花(かほはな)はヒルガオの花のことと考えられているそうだ。
昼顔は朝咲いて夕方にはしぼむ一日花だそう。

池坊由紀さんは、
いけばなは、つぼみの頃や、葉が芽吹いてくる時や、枯れていく時、
命のあらゆる過程をうつくしいと見なしてその良さを生かそうとする文化だと思う、
とおっしゃって、

日本人が自然に対してあるいは命に対して、
敬虔でやさしいおおらかな気持ちを持っていたことを実感される、とのこと。

そして、植物から自分の暮らしであるとか自分の愛しい人であるとか、
様々な想像を発揮していたんだなということがよくわかって、
この歌を良い歌だと思われるそうだ。


こちらもとても素直でシンプルな歌。

歌を紹介される方の人生と人間性を通じて、そこから掬い出されるものを、
うつくしいなあと思いながら聞いていた。



私がいけばなをはじめたのは子供の頃から。

何年か前にこの地方へ来てからは、
お目にかかったことのある先生方で
そういう気持ちでいらっしゃる先生方はお一人もいらっしゃらなかった。

ご自身がどれほどえらいかをおっしゃりたいばかりで。
いけばなもそのためのツールで。

そのことも私の人生の勉強になり、
誰それと知り合いとか、どんな立派な場でいけたなどに
よろこびを感じていらっしゃることをよろこばしく思うけれども、
私には興味のないこと。



どこかで、
人生を通してすくい出されるものを歌の中に聞けること、

その、冴えたきれいなものの端にふれることが、
私にとっての水になる。




日本の信仰というか、信仰ともいえない、謂わば民俗の底には、
自然という水流がずっと続いていると私は思う。

それは個人の教祖や教義など、つけようもないもの。
体系的でも哲学的でもない、
自然の実感としかいえないようなものだ。

そこから発展した宗教の方を高級とする考え方ももちろんあるのだけれども、

何にも例えない、偶像化もない、
これまでもこれからもつづく自然の実感は、
民俗の底流となって流れつづけてきたと
感じられてならない。


中世芸能が生まれるまでの、
芸能と宗教と分化していない古い日本の芸能は、
自然に寄せてヨ(イノチ)をことほぐ、祝福の系譜だ。






ヨ(イノチ)の祝福 

死を生に含む。命の全体性。
古い自然は、くりかえし、くりかえし、
これまでも、これからも、つづいていく命の栄えの象徴。
・2009-12-17 中世芸能の発生 267 一つ松 声の清きは
・2011-03-15 自然
・2011-02-16 君が代 02



・2010-02-12 中世芸能の発生 293 ヨ
・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能
・2010-08-30 中世芸能の発生 352 滝 木綿花
・2011-02-16 中世芸能の発生 380 輪廻 遷宮 遷都
・2010-10-12 中世芸能の発生 358 扇の民俗 ケヤキ
・2010-08-12 森のイノチ
・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元
・2010-08-15 中世芸能の発生 337 綾 玉葛 水流
・2011-03-17 森林と国土
・2010-08-13 自然と生きること
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし
・2011-03-27 祝福
・2010-06-20 中世芸能の発生 329 祝福の系譜
・2010-09-24 中世芸能の発生 356 横綱と神木




自然に寄せて歌を詠むこと
・2010-02-14 中世芸能の発生 295 奄美のユミグトゥ(ヨミゴト)
・2010-02-10 寄物陳思
・2010-06-13 中世芸能の発生 322 類感的思考について




大伴家持
・2009-09-09 清き瀬を馬うち渡しいつか通はむ
・2009-09-10 時の花
・2009-09-06 毎年に鮎し走らば
・2009-09-23 中世芸能の発生 203 狩猟 採取
・2010-02-11 中世芸能の発生 274 イノチ ユリの花
・2007-11-12 佐保山 大伴邸
肩を寄せ合って花を見たのか。




私も中村さんやこうした方々のように、
感慨を充分ことばにできたらどんなにすばらしいだろう。
って思うこと。

・2010-02-03 命の全体性



古代の歌は平安時代以降の歌とぜんぜんちがう。
同じ日本語、同じ五七五の短歌形式の歌でも。

古代歌謡や、万葉集の歌には、祈りのようなものがある。
願いごとや宗教感が詠まれているということでない。

古い歌には、イノチのいきおいがある。
自然と直接つながっていることばは命、生命の風がある。

・2009-03-01 草の息






・2012-02-28 中世芸能の発生 430 他力本願 救い
・2012-02-27 他力本願
・2012-02-26 中世芸能の発生 429 樹幹流 他力を本願とすること
他力本願は、人の力をあてにした近視眼的な自己の達成願望でない。
自分の人生を生きることの否定でもない。

他力を本願とするということは、
自分もまた自分の判断の範疇をはるかにこえた
めくるめくような相互の関わりの中にあり動いているのだという
強い自覚と、覚悟だと思う。





吉本隆明 言語芸術論
・2012-03-24 中世芸能の発生 432 言語芸術論 芸術と芸能




なんか、海のこととぜんぜん違うこと、打った。



つづく
by moriheiku | 2011-08-18 08:00 | 歴史と旅

こぬれ(木末 梢)  夏五月




甘い水の匂いのする今時期の山。

緑の木々の間に、アジサイに似たさわやかな白い花が揺れている。


スイカズラ科。ムシカリ。


細く張りのある茶の枝がアーチ状に延びて、

山中の緑の木末(こぬれ)の間に、控えめな白い花飾りを作る。






『万葉集』。夏五月。

神亀二年乙丑の夏五月、吉野の離宮(とつみや)に幸しし時。
聖武天皇の吉野行幸の時、同行した山部赤人の詠んだ歌。

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巻第六 九二四
み吉野の象山(きさやま)の際(ま)の木末(こぬれ)にはここだもさわく鳥の声かも (924)

み吉野の象山のあたりの梢(こずえ)には、多くさえずり合う鳥の声がひびくよ。

・ヌレ・ウレは末端の延びる部分。
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参考:中西進(著)『万葉集(二)』



木末(こぬれ)。
辞書には、
こぬれ【木▽末】 《「こ(木)のうれ(末)」の音変化》樹木の先端の部分。こずえ。


万葉集、
志貴親王(しきのみこ)の御歌一首
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巻第三 二六七
鼯鼠(むささび)は木末(こぬれ)求むとあしひきの山の猟夫(さつを)にあひにけるかも (267)

むささびは梢へ馳けのぼろうとして、あしひきの山の猟師に見つかってしまったのだなあ。

・元来「ますらを」は勇敢な男子のこと、後に一般的にすぐれた男子を意味する。
・山能佐都雄 山のさつを 幸(さち)男か。獲物を求める男、猟師。
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・2010-10-31 水の旅 宮滝 象(きさ)山




・2008-05-06 夏の模様




山の猟夫(さつを)
・2010-03-04 中世芸能の発生 291 サチ 弓矢 狩人 開山伝承
昔「獲物」を「さち」と言い、獲物を獲る人を「猟夫(さつを)」と言った。
「さち(獲物)」=「さち(幸)」であった遠い時代の価値観と思考。

「さ」は神聖なもの(生命力の横溢するもの)についた接頭語、
「ち」はみなぎる力。
「さち」旺盛な命の力の満ちたものが「さち」幸であったこと。
by moriheiku | 2011-05-13 17:25 | つれづれ

中世芸能の発生 385 石走(いはばし)る垂水(たるみ) 祝福


つづき


万葉集。
石走(いはばし)る垂水(たるみ)の水のことほぎ。


摂津(つのくに)にして作れる歌二十一首 から
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巻第七 一一四二
命幸(いのちさき)く久しくよけむ石走(いはばし)る垂水(たるみ)の水をむすびて飲みつ (1142)

命も無事で長くよくあってほしい。岩を激しく流れる垂水の水を手に掬って飲んだことよ。

・石(いはばし)走る 岩上を走り流れる。
・垂水(たるみ) 
 滝のこと。前後の歌皆固有名詞で、これも固有名詞なら摂津の垂水。
 大阪府吹田市。垂水公(きみ)の一族がいた。
・むすびて 寿をいのる呪。
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春の雑歌(ざふか) 春雑謌

志貴の皇子(しきのみこ)の懽(よろこび)の御歌(みうた)一首
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巻第八 一四一八
石(いは)ばしる垂水(たるみ)の上(うへ)のさ蕨(わらび)の萌(も)え出づる春になりにけるかも (1418)

石激 垂見之上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨

岩の上をほとばしる滝のほとりのさ蕨が萌え出づる春に、ああなったことだ。

・懽(よろこび) 新春の賀宴に祝意を述べる趣で題詠された歌。
 新春の宮中儀礼の歌か。
・石(いは)ばしる 激流の形容。 
・垂水 滝のこと。普通名詞。
・ける 発見の意がある。
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古今の相聞往来(さうもんわうらい)の歌の類(たぐひ)の下

物に寄せて思(おもひ)を陳(の)べたる歌一百五十首 より
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巻第十二 三〇二五
石(いは)ばしる垂水(たるみ)の水の愛(は)しきやし君に恋ふらくわが情(こころ)から (3025)

石の上をほとばしる滝の水が走る、はしき君に恋することは、私の心からよ。

・石(いは)ばしる 垂水(滝)の形容。
・石ばしる垂水(たるみ)の水の 水の走る─ハシ(愛シ)と接続。 
・愛しきやし かわいい。原文「早」の用字は水を意識。
・恋ふらく 「恋ふ」の名詞形。
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参考:中西進『万葉集(ニ)(三)』


1142、1418の歌を、
出来事とその感想を詠んだ歌だと解釈するのはもちろんあやまりで、

これらの歌は、
岩の上を流れほとばしる、いきいきとした水を歌の中に呼んで(詠んで)
ことばの中の水の威勢の祝福を身体に響かせる歌。


以前あげた、長田王が山の辺の御井で詠んだ下記の歌なども同種。
詠み人の旅路の出来事の羅列ではない。
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巻第一 八三
山の辺(へ)の御井(みゐ)を見がてり神風の伊勢少女(をとめ)ども相見つるかも (83)

かねて見たいと思っていた山の辺の聖水を見ることができた。そのうえ神風の吹く伊勢の聖処女も見たことだ。

・山辺の御井 所在不明、三重県鈴鹿市山辺町他の説がある。
・神風 洋上から吹く大風を尊んでいった。
・聖少女 聖水を汲む聖女。
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きれいな歌よ。イノチのある聖水でみそぎされるような。


古い歌には、イノチのいきおいがある。

ことばの中の水に、自分の水が響く。




歌の中に、石走る水が流れつづけている。

そこに立っているような、ほとばしる水の実感。


春のよろこび。 水に響く祝福の体感。





・2010-09-02 中世芸能の発生 353 ことほぎ 自然
・2010-08-30 中世芸能の発生 352 滝 木綿花



日本人の命の概念。
日本では、山にも岩にも命がある、
滝も水の流れも、風も、命があるという考え方について。
日本の信仰の流れ。
・2013-02-06 日本の命の概念
日本の古来の命の考え方は、
大陸から入ってきた命の考え方とは違う。

大陸的な考え方では、命はもっぱら動物、また植物の生命のことを指す。
(今は日本人にもこれに近い考え方だろうか。)

古来の日本の命は、
その生命力、圧倒的な力、横溢するエネルギーのことを、命と感じていた。

したがって昔の日本では、山にも岩にも命がある。
滝も水の流れも、風も、命そのものだ。
光も、音も。何かの中におこる力や性質自体も。


ごく古い時代の日本のこうしたイノチの感覚がやがて、
日本における精霊やタマの概念になり、日本における神の概念になり、
仏教が入ってからは民俗信仰と習合した仏の概念になっていった。

かつて命はエネルギーのようなものに概念されていたので、
古い時代の日本では、命の概念で生物と無生物は分かれない。

したがって日本では、
森羅万象に命があり、森羅万象に神が宿り、
岩にも木にも仏がいるという理解になっていった。
日本の信仰の流れ。



寄物陳思 物に寄せて思いを陳べる
・2010-06-13 中世芸能の発生 322 類感的思考について


谷の水音滔々と  たき(激 滝 瀧 たぎ)つ心
・2008-09-26 水波之伝
このお能の作者が最も心を動かしているのは、
楊柳観音菩薩でもなく山神でもなく、
作者の心を動かしているのは、
峰の嵐や 谷を駆け下る水の音、滝の音だと思う。
それはきっと古い芸能の根元だ。

底に流れる祝福の系譜。


・2011-03-01 中世芸能の発生 383 たるみ 垂水 伏流水
・2011-03-02 中世芸能の発生 384 ことばと自然 祝言


・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元
沢の水


・2010-02-14 中世芸能の発生 295 奄美のユミグトゥ(ヨミゴト)
・2010-10-12 中世芸能の発生 358 扇の民俗 ケヤキ
・2010-03-16 中世芸能の発生 297 土地の木



・2012-01-20 中世芸能の発生 421 若水 渚に寄せる水



・2010-11-04 水の旅
・2010-10-17 水の旅 都祁 山辺の御井
・2010-10-27 水の旅 万葉人の吉野 平安人の吉野
水から山へ



・2009-08-15 中世芸能の発生 186 朗詠調

・2009-03-01 草の息

・2010-02-03 命の全体性



・2011-08-18 中世芸能の発生 410 生命の連鎖 歌から掬(すく)いとる方々
「命っていうのは、やっぱり生き物を見ていますとね。みんなつづいていこう、つづいていこうって一所懸命生きてるなって思うんです。それはもちろん死というものもあるんですけど、なんか自分だけじゃなく、他の生き物たちも含めてつづいていってほしい、っていう、そういうことがみんなの生き物の中にこう、こもってる。」

そうした行動が、人間だったら、歌や、花を植えるとか、そういう行為で、
それが生き物としての人間の表現、

と、おっしゃって、
そういう意味でもこの歌を素晴らしい、と中村さんは思われたそうだ。

日本の信仰というか、信仰ともいえない、謂わば民俗の底には、
自然という水流がずっと続いていると私は思う。

それは個人の教祖や教義など、つけようもないもの。
体系的でも哲学的でもない、
自然の実感としかいえないようなものだ。

中世芸能が生まれるまでの、
芸能と宗教と分化していない古い日本の芸能は、
自然に寄せてヨ(イノチ)をことほぐ、祝福の系譜だ。






・2011-04-06 見える水 見えない水
・2011-04-07 国土の保全 知恵と伝承




つづく
by moriheiku | 2011-03-03 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 381 時じくの香の木の実 橘 菓子



つづき


世界中で愛されているオレンジやミカンなど柑橘の、実、木、香り。

遠い昔の日本への伝来の伝説は古事記、日本書紀に記録され、
万葉集にも詠まれた。

垂仁天皇の命を受け、田道間守が常世(仙境)から持ち帰った橘(たちばな)が、
日本に育成する柑橘の祖だという。


今では日本中に生育する金の実、常緑の葉、
四季をめぐって香り目にめでたいそのよろこばしい橘。

その実は、時を定めず常にかぐわしい果実、
「時(とき)じくの香(かく)の木(こ)の実」と名付けられた。



万葉集。橘の歌一首 併せて短歌。大伴家持。
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巻第十八 四一一一

かけまくも あやに恐(かしこ)し 皇神祖(すめろき)の 神の大御代(おほみよ)に 田道間守(たぢまもり) 常世(とこよ)に渡り 八矛(やほこ)持ち 参出来(まいでこ)し時 時じくの 香(かく)の木(こ)の実を 恐(かしこ)くも 遺(のこ)したまへれ 国も狭(せ)に 生(お)ひ立ち栄(さか)え 春されば 孫枝(ひこえ)萌(も)いつつ ほととぎす 鳴く五月(さつき)には 初花(はつはな)を 枝に手折(たおり)て 少女(をとめ)らに つとにも遣(や)りみ 白(しろ)たへの 袖にも扱入(こき)れ かぐはしき 置きて枯らしみ あゆる実は 玉に貫(ぬ)きつつ 手に巻(ま)きて 見れども飽(あ)かず 秋づけば 時雨(しぐれ)の雨降り あしひきの 山の木末(こぬれ)は 紅(くれなゐ)に にほひ散れども 橘の 成れるその実(み)は 直照(ひたて)りに いや見が欲(ほ)しく み雪降る 冬に到れば 霜(しも)置けども その葉も枯れず 常磐(ときは)なす いや栄映(さかは)えに 然(しか)れこそ 神の御代より 宜(よろ)しなへ この橘を 時じくの 香(かく)の木(こ)の実(み)と 名づけけらしも (4111)


口にするのもまことにおそれ多い、遠い天皇の御代に田道間守が常世の国に渡って、八矛を持ちかえってきた時、時じくの香の果実としてこの橘をわが国に伝え残されたので、今は国中に生育し、春になると若枝を伸ばす。ほととぎすが鳴く五月には咲きはじめた花を枝ごと手折り、少女たちは贈り物としたり、白妙の袖にもしごき入れたりし、香りのよさにそのまま花を枯らせて落ちた実は玉として紐に通しては手に巻きつけて、いつまでも見飽きない。秋になると時雨が降ってあしひきの山の木々は、梢を紅いろに染めて散ってしまうのだけれども、橘が結んだ実はつやつやと輝いて、ますます目をひくことだ。やがて雪の降る冬になると、霜がおりるのに橘の葉だけは枯れない。いつまでも一層栄え輝き、そのゆえにこそ、神代の昔から、なるほどこの橘の時じくの香の木の実と名づけられたらしいよ。
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反歌一首
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巻第十八 四一一ニ

橘は花にも実(み)にも見つれどもいや時じくになほ見が欲(ほ)し (4112)

橘は花としても実としても見てきたが、ますます枝を分かたずに、一層見たいものだ。
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参考:中西進『万葉集(四)』



歌の中にみえる、自然によせて命をことほぐ伝統。


香りも姿もめでたい橘(柑橘)。

当時の少女(をとめ)たちも、
時じく香の木の実(橘 柑橘)の香りを愛し身につけた。

西洋の、公妃も愛したオレンジの精油(エッセンシャルオイル)、ネロリ。



お雛(ひな)飾りの橘は、
御所、紫宸殿前に植えられた右近の橘から。

この橘は、橘のめでたさを天皇へうつすために植えられた、
天皇の命を祝福する木。


こうした古来の呪術的な祝福の行為のもとになっているものは、
今でも誰も感じる、

良い風が吹いたらきもちがいい、
ぴちぴちとれたての魚、美味しくって身体に良さそう、

そういうごく素朴な、自然と人の感覚だ。


身体をとおして自然をきく。

はじまりはとてもシンプル。




和菓子の始まりは、
田道間守の持ち帰ったこの柑橘(橘)とされている。

時を定めず常にかぐわしい果実、時じくの香の木の実、橘を
常世から持ち帰った田道間守は、
和菓子の神様になっている。





・2011-02-19 季節の柑橘 金柑


・2011-02-24 中世芸能の発生 382 ビターオレンジ ダイダイ(橙)


・2010-02-11 中世芸能の発生 274 イノチ ユリの花
・2010-05-15 中世芸能の発生 310 くすり 呪術
・2010-02-14 中世芸能の発生 295 奄美のユミグトゥ(ヨミゴト)


・2010-03-05 中世芸能の発生 292 海幸山幸(ウミサチヤマサチ) ことばの音
・2009-12-07 中世芸能の発生 259 類感 感応



祝福の系譜
・2010-06-20 中世芸能の発生 329 祝福の系譜
・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能



・2010-10-12 中世芸能の発生 358 扇の民俗 ケヤキ
・2011-03-03 中世芸能の発生 385 石走(いはばし)る垂水(たるみ) 祝福


・2011-02-16 君が代 02



日本文化の根元に流れてるもの
・2010-05-05 中世芸能の発生 304 仏塔 心柱 刹柱
・2010-08-15 中世芸能の発生 337 綾 玉葛 水流
・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元




大伴家持
・2009-09-10 時の花
・2009-09-09 清き瀬を馬うち渡しいつか通はむ
・2009-09-06 毎年に鮎し走らば
・2010-02-11 中世芸能の発生 274 イノチ ユリの花
・2009-09-07 珠洲の海
・2009-12-12 中世芸能の発生 264 いや重(し)け吉事(よごと)
・2010-02-12 中世芸能の発生 276 花の命
・2010-02-13 中世芸能の発生 278 ニコニコ ニフブ 笑む




万葉集
・2011-08-18 中世芸能の発生 410 生命の連鎖 歌から掬(すく)いとる方々
「命っていうのは、やっぱり生き物を見ていますとね。みんなつづいていこう、つづいていこうって一所懸命生きてるなって思うんです。それはもちろん死というものもあるんですけど、なんか自分だけじゃなく、他の生き物たちも含めてつづいていってほしい、っていう、そういうことがみんなの生き物の中にこう、こもってる。」

そうした行動が、人間だったら、歌や、花を植えるとか、そういう行為で、
それが生き物としての人間の表現、

と、おっしゃって、
そういう意味でもこの歌を素晴らしい、と中村さんは思われたそうだ。

日本の信仰というか、信仰ともいえない、謂わば民俗の底には、
自然という水流がずっと続いていると私は思う。

それは個人の教祖や教義など、つけようもないもの。
体系的でも哲学的でもない、
自然の実感としかいえないようなものだ。

中世芸能が生まれるまでの、
芸能と宗教と分化していない古い日本の芸能は、
自然に寄せてヨ(イノチ)をことほぐ、祝福の系譜だ。




つづく
by moriheiku | 2011-02-20 08:01 | 歴史と旅

中世芸能の発生 378 本歌取 擬態


つづき

本歌取りの歌は、現代では、
借りものや真似のように思われることがある。

本歌取りは、
歌に本歌の背景を重ねることで歌に深みや広がりをつける
歌の装飾の技法のひとつではあるけれど。

それが同時に、
詠み手の知識の深みの披露ということにもなりもしたけれど。


私は、本歌取りのようなことは、だいぶ古い時代には、

歌に本歌にあるイノチのチカラを
重ねるようなことだったと思う。

単にダブルイメージをねらうものでなく、
歌に本歌のイノチを入れるような。


良い本歌取りの歌は、
古くからずっと流れつづける世の上に、折々に花開く花のように、美しく見える。

本歌取りの歌には、
古来からずっと流れつづけている水流に連なる
めでたさがあったと私は思う。



たとえば、山辺赤人の歌が柿本人麻呂のパクリだという解釈は違うだろう。
同じフレーズであっても。

個人の独自の表現や個人の主張を披露するのが最もすばらしいこと、ではないのだ。
その時代は。

現代にイメージされる歌でない。

イノチを含むフレーズ。
イノチのある歌で、イノチをことほぎ、
揺り動かしてイノチをぴちぴちとさせる歌だから。

前の時代の人麻呂の歌の中にある強いイノチを重ねた
ことほぎ力の増強。

それによって一層ゆりうごかされれる。



古い歌や音のかたちを知ることは、
まねでなく、繰り返し続いてきたイノチにふれることのように感じられる。



・2010-09-02 中世芸能の発生 353 ことほぎ 自然
・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能
・2010-02-04 中世芸能の発生 268 古代における聖性とは
・2009-12-09 中世芸能の発生 261 たまふり たましづめ 鎮魂

・2009-08-15 中世芸能の発生 186 朗詠調
・2009-03-24 中世芸能の発生 89 大歌の印象

ちはやぶる
・2008-10-03 中世の人の感性



仏教より前から信仰されていた古い神々は、
神とされる以前は魂や霊やものと考えられ、
それをさらにたどれば、それは神でも霊でも魂でもなく、

それは横溢する命の力。
自然に横溢する命の力を感じ、ただ自然に横溢する命の力へあこがれた。
その源にあるものは、自然という命の総体だったと思う。
・2010-02-03 命の全体性



・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ


・2010-12-03 中世芸能の発生 369 T.S.エリオット 伝統と変化 伝統と個人






隣国であった万博でテーマソングやパビリオンなどに
よその国のものとそっくりなものがあったことは、

本歌取の奥底の感覚とは全く異なる行為で、借り物で、

もしイノチを重ねるような感覚があったなら、
決してしなかったことだろうと思った。





祭りで地域の誰かが神の役(擬態)をするものがある。
その時その人には神が重なっている神であるという考え方。
これは本歌取りと通じる考えで、
単に表面上の真似とはとらえらえられないところに成り立つ。
・2010-04-03 中世芸能の発生 300 俳優(わざおぎ) 神態(かみぶり) 流浪する芸能者




つづく
by moriheiku | 2011-01-25 08:00 | 歴史と旅

水の旅 都祁 山辺の御井


つづき



三重の伊賀、奈良の山添村を通って都祁。ツゲのクニ。

一面の針葉樹の植林。
標高400~500mほど。
大和高原の、山に囲まれた平地。

緑の山々に囲まれた広い田と、点在する家々。
秋の陽が一面に注ぐ豊かな農村の印象。


都祁に寄る予定はなかったけど、少し歩いてみた。

この辺、良い季節のハイキングに楽しいだろうなー。
景色はのどかだけれども歴史は深く。

物が多く残っているわけではないけれど、
ものでないものの中を、泳いで歩ける楽しさよ。


都祁水分神社へ行ってみた。
手水のところに丁寧にぐるりとネットがまわしてあって、
鳥さんの水浴びよけ、とあった。

水分神社は人里に近いほど、
地元の方々の暮らしに近い神社だなあと感じる。

水分という性格上その通りだけれども。
長い間に盛衰を過ぎているだろうけれども。
稲や農作物、暮らしの実りを願われて、
土地の方々に大切にされてきた歴史がある。


境内には神楽殿(能舞台)も。

都祁水分神社のホームページより
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当社の祭礼は古くより春日「おん祭」を模倣して盛大に行われ、
神輿は9月25日、小山戸山口神社に渡御せられ、翌26日遷御され、
田楽、佃男、流鏑馬があり、能狂言も催されていました。
------------

平安から中世にかけての芸能色豊かなパレードがここでもあったんだ。


現在の都祁水分神社の社地は、
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奈良朝時代に聖武天皇の行幸された堀越頓宮の伝承地であり、平安時代には伊勢齋宮の皇女が宿られた都介頓宮の跡でもあります。」
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とのこと。

矢印を見て「!」と思って、境内の外?本殿の左側を行ってみると、おお!ここは。
万葉集の、長田王の歌の、山の辺の御井の伝承地のひとつなの。感激。



長田王は、
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万葉集 巻第一 八二
うらさぶる情(こころ)さまねしひさかたの天(あめ)のしぐれの流らふ見れば (82)
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を詠んだと伝えられている。

生年はわからないけれど、天武、持統の頃の生まれだろうか、
天平の聖武天皇の時代まで生きた。

私は
・2009-11-08 中世芸能の発生 239 さぶるこころさまねし
でこの歌を理解して、
それ以来、この歌が万葉集で最も好きな歌になった。
それまでこの歌をわからなかった。

古歌か。


少し長田王の生涯を知りたいと思うけど、まだ知らない。
見かけたものでは、この人は、
この時代時々あったように長屋王のように、
冤罪で自刃に追い込まれて亡くなったとも考えられているようだ。



上記の歌は、
和銅五年壬子の夏四月、長田王(おさだのおほきみ ながたのおほきみ)を伊勢の斎宮に遣はしし時に、山辺(やまのへ)の御井(みゐ)にして作れる歌 
その三首のうちの二首目。

その一首目が、ここ都祁水分神社あたりも伝承地のひとつとなってる山の辺の御井の歌。
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巻第一 八三
山の辺(へ)の御井(みゐ)を見がてり神風の伊勢少女(をとめ)ども相見つるかも (83)

かねて見たいと思っていた山の辺の聖水を見ることができた。そのうえ神風の吹く伊勢の聖処女も見たことだ。

・山辺の御井 所在不明、三重県鈴鹿市山辺町他の説がある。
・神風 洋上から吹く大風を尊んでいった。
・聖少女 聖水を汲む聖女。
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きれいな歌よ。イノチのある聖水でみそぎされるような。

古い歌には、イノチのいきおいがある。


都祁水分神社境内のすぐ近くの、山辺の御井と伝わる場所は、
高い木々に囲まれた井戸ほどの小さな水辺で、

人の手で手入れされ開けた境内に対して、
静かで自然な神聖だった。

小さく光が差し込んで、うつくしくみえた。

ここは歌に詠まれた山辺の御井でないかもしれないけれども、
そう言い伝えられたのもわかる気がした。


いつも泊るところ以外、ほとんど予定は決めていないけど、
ここに立ち寄って良かった。



参考:『万葉集(一)』中西進著



・2009-11-08 中世芸能の発生 239 さぶるこころさまねし
・2009-11-19 中世芸能の発生 246 翁 神さびる


・2011-03-03 中世芸能の発生 385 石走(いはばし)る垂水(たるみ) 祝福






おん祭 パレード 渡物 芸能
・2009-05-08 中世芸能の発生 129 パレード 渡物 群行 練道
・2009-05-02 中世芸能の発生 123 渡物(わたりもの)
・2007-05-26 春日若宮御祭図屏風
・2009-05-04 中世芸能の発生 125 田楽の音楽
・2009-05-05 中世芸能の発生 126 鼓笛隊






・2009-03-01 草の息
・2009-12-13 中世芸能の発生 265 田児(たご 田子)の浦ゆ
自然と魂と直接つながっていることばは命、生命の風がある。





・2011-08-18 中世芸能の発生 410 生命の連鎖 歌から掬(すく)いとる方々
「命っていうのは、やっぱり生き物を見ていますとね。みんなつづいていこう、つづいていこうって一所懸命生きてるなって思うんです。それはもちろん死というものもあるんですけど、なんか自分だけじゃなく、他の生き物たちも含めてつづいていってほしい、っていう、そういうことがみんなの生き物の中にこう、こもってる。」

そうした行動が、人間だったら、歌や、花を植えるとか、そういう行為で、
それが生き物としての人間の表現、

と、おっしゃって、
そういう意味でもこの歌を素晴らしい、と中村さんは思われたそうだ。

日本の信仰というか、信仰ともいえない、謂わば民俗の底には、
自然という水流がずっと続いていると私は思う。

それは個人の教祖や教義など、つけようもないもの。
体系的でも哲学的でもない、
自然の実感としかいえないようなものだ。

中世芸能が生まれるまでの、
芸能と宗教と分化していない古い日本の芸能は、
自然に寄せてヨ(イノチ)をことほぐ、祝福の系譜だ。



つづく
by moriheiku | 2010-10-17 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 352 滝 木綿花


つづき


万葉集。

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巻第六 九〇九
山高み白木綿花(しらゆふはな)に落ち激(たぎ)つ滝(たき)の河内(かふち)は見れど飽かぬかも (909)

山が高いので白い木綿(ゆふ)を花とさかせてほとばしる激流の河内は、見あきないことよ。

・白い木綿垂(ゆふしで)を花に見立てた。
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雑歌
養老七年癸亥(きがい)の夏五月、吉野の離宮(とつみや)に幸(いでま)しし時に、笠朝臣金村(かさのあそんかなむら)の作れる歌一首 并(あは)せて短歌 
のうちの一首。




-------------------------------------------------
巻第六 九一ニ
泊瀬女(はつせめ)の造(つく)る木綿花(ゆふはな)み吉野の滝(たぎ)の水沫(みなわ)に咲きにけらずや (912)

泊瀬の女が作る花のような木綿垂(ゆふしで)は、今、み吉野の逆まく波の水沫に咲いているではないか。

・泊瀬は葬祭の地とて女が木綿垂(ゆふしで)を作った。それを花に見立てた。
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雑歌
或る本の歌三首、のうちの一首。




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巻第七 一一〇七
泊瀬川(はつせがは)白木綿花(しらゆふはな)に落ちたぎつ瀬を清(さや)けみと見に来(こ)しわれを (1107)

泊瀬川の、まるで白い木綿(ゆふ)が花ひらいたように流れ落ちる瀬が清らかだからと、見に来た私よ。

・白木綿花(しらゆふはな)に落ちたぎつ → 上記九〇九の歌参照。
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雑歌
河を詠める歌十六首、のうち一首。





雑歌
式部(しきぶ)の大倭(やまと)の吉野にして作れる歌一首
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巻第九 一七三六
山高み白木綿花(しらゆふはな)に落ち激(たぎ)つ夏身(なつみ)の川門(かわと)見れど飽かぬかも (1736)

山が高いので白い木綿(ゆふ)が花を咲かせたように水の流れ落ちる、夏身の川門は見飽きないことよ。

・式部の大倭 式部卿たる大倭。該当者未詳。
・木綿花(ゆふはな) 木綿(ゆふ)は神に捧げる楮(こうぞ)らの繊維。花に見立てた。
・川門(かはと) 川の狭いところ。一層激流となる。
・九〇九の改作。
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参照:中西進(著)『万葉集』



万葉集に吉野の水の詠まれた歌の多いこと。

速い水の飛沫が、木綿花に咲く景色を文字に打ちはじめると、
心はその景色の中に立っているよう。
水しぶきがあたるほど近くで、フレッシュな。

命のあることばのマジック。



木綿(ゆふ ゆう)は、麻や楮(こうぞ)等のさたした繊維を垂らしたもの。
木綿垂(ゆふしで ゆうしで)ともいわれる。
今も神道で祓の串や幣に用いられる。
木綿と書くが「もめん」が伝わる前からのもので「もめん」ではない。


木綿(ゆふ ゆう)の元となった麻や楮(こうぞ)等は、
土地に旺盛に繁殖していた植物。
旺盛に茂るそれらに強い生命力が宿っていることが当時の人々に感じられていたから、
木綿(ゆふ ゆう)は呪物として
その力(霊力)がふるわれることを期待されたと思われる。
・2010-02-04 中世芸能の発生 268 古代における聖性とは
・2010-02-14 中世芸能の発生 295 奄美のユミグトゥ(ヨミゴト)

垂らしたものをふることは命を活気づけるタマフリの行為で、
(万葉集歌にも残る。
現代も石上神宮などのたまふりの祭りで行われる)
木綿垂(ゆふしで ゆうしで)を振ることは、
命、生命力を活発化する行為だっただろう。

祓いの串に木綿(ゆふ ゆう)が用いられるのは、
木綿(ゆふ ゆう)をふると
木綿(ゆふ ゆう)にある自然の威勢につられて命が活発化し、
気涸れ(ケカレ)の状態でなくなると考えられていたから。

勢いのあるもののそばに行くとつられて勢いがよくなる、
そういう身体的実感に基づく。

そのように木綿(ゆふ ゆう)は、
命を活発にするための素朴な呪物(実感に基づいた呪的意識)が
もとになっていると考えられるけれども、
宗教が展開し、神の概念が形づくられ、観念的な意識が強まるにつれて、
木綿(ゆふ ゆう)は、
木綿をふると神威がふるわれて穢れ(ケガレ)を祓う、というように意味が変化し、
木綿(ゆふ ゆう)は強い生命力の威力をふるう呪物から、幣や神の依り代へと、
意味が整っていったと思われる。




白くさらしたふっさりした木綿(ゆふしで)が、木綿花(ゆふはな)と言われて
滝の飛沫に例えられることには、心が躍る。


急流を駈ける水が
岩にあたってくりかえしくりかえし白い花のように咲きつづけるうつくしさは、
自然のエネルギーそのもの。


万葉人の目に、ふっさりした白い木綿(ゆふ ゆう)が振るわれる姿は、
そのように映っていたのだなあ。


上記の歌は、詠み人の感慨であると同時に、ことほぎ。

その祝福を身体に響かせるための歌だ。



万葉人が見飽きないと歌に称えた泊瀬吉野の滝の木綿花。

今も山間を駈けくだる水を見れば、
その音に、細かくあたる水飛沫に、山と水の匂いに、木綿花のように咲きつづける水に、
心は躍って(激(たぎ))って息を吹き返す。




山に行きたい。




・2011-03-03 中世芸能の発生 385 石走(いはばし)る垂水(たるみ) 祝福



日本人の命の概念。日本の信仰の流れ。
・2013-02-06 日本の命の概念
日本の古来の命の考え方は、
大陸から入ってきた命の考え方とは違う。

大陸的な考え方では、命はもっぱら動物、また植物の生命のことを指す。
(今は日本人にもこれに近い考え方だろうか。)

古来の日本の命は、
その生命力、圧倒的な力、横溢するエネルギーのことを、命と感じていた。

したがって昔の日本では、山にも岩にも命がある。
滝も水の流れも、風も、命そのものだ。
光も、音も。何かの中におこる力や性質自体も。


ごく古い時代の日本のこうしたイノチの感覚がやがて、
日本における精霊やタマの概念になり、日本における神の概念になり、
仏教が入ってからは民俗信仰と習合した仏の概念になっていった。

かつて命はエネルギーのようなものに概念されていたので、
古い時代の日本では、命の概念で生物と無生物は分かれない。

したがって日本では、
森羅万象に命があり、森羅万象に神が宿り、
岩にも木にも仏がいるという理解になっていった。
日本の信仰の流れ。



・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元



・2010-02-11 中世芸能の発生 274 イノチ ユリの花
・2010-02-04 中世芸能の発生 268 古代における聖性とは



息子の幸いを、木綿垂を振って祈っていた母。
・2010-08-27 中世芸能の発生 350 神「を」祈る 神「を」祈(の)む


ことほぎ 言祝ぎ 和歌 芸能
・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能


薬 呪術
・2010-05-15 中世芸能の発生 310 くすり 呪術



谷の水音滔々と  たき(激 滝 瀧 たぎ)つ心
・2008-09-26 水波之伝



・2010-02-03 命の全体性



・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし
・2010-08-19 中世芸能の発生 341 倭文(しつ しづ しず 倭文織)


自然のよろこばしさ、祝福
・2010-10-12 中世芸能の発生 358 扇の民俗 ケヤキ
扇に見る 自然物の呪物から、神のよりしろへの変化
・2010-10-03 中世芸能の発生 357 檜扇(ひおうぎ)の民俗





・2011-08-18 中世芸能の発生 410 生命の連鎖 歌から掬(すく)いとる方々
「命っていうのは、やっぱり生き物を見ていますとね。みんなつづいていこう、つづいていこうって一所懸命生きてるなって思うんです。それはもちろん死というものもあるんですけど、なんか自分だけじゃなく、他の生き物たちも含めてつづいていってほしい、っていう、そういうことがみんなの生き物の中にこう、こもってる。」

そうした行動が、人間だったら、歌や、花を植えるとか、そういう行為で、
それが生き物としての人間の表現、

と、おっしゃって、
そういう意味でもこの歌を素晴らしい、と中村さんは思われたそうだ。

日本の信仰というか、信仰ともいえない、謂わば民俗の底には、
自然という水流がずっと続いていると私は思う。

それは個人の教祖や教義など、つけようもないもの。
体系的でも哲学的でもない、
自然の実感としかいえないようなものだ。

中世芸能が生まれるまでの、
芸能と宗教と分化していない古い日本の芸能は、
自然に寄せてヨ(イノチ)をことほぐ、祝福の系譜だ。





これまで見てきたたとえば「チ」の感覚、「二」の感覚、「ヒ」の感覚は、
自然に接する身体の感覚としてよくわかる。

これら古い一音節は、私は、
身体に感じる自然の働き、自然の性質の種類とその感触を、
声の音にしたものだと思う。

私は、「チ」「二」「ヒ」の感覚は、
直に自然に接する時、はじめに感じる肌感だと思う。

また、自然の中で、科学や星の運行や、
これまで得てきた知識を、ひとつひとつはずしていった、最後に残るもの。

多様な自然を総体として捉えているとき、
自然と身体の接する所にある身体の実感であり、自然の姿だと思う。
・2010-02-21 中世芸能の発生 288 自然 身体 実感
・2010-07-07 中世芸能の発生 335 固有名詞にならないもの





万葉集。
うつくしいとは、色や形の面白さでなく
それぞれの姿の中に見出される懸命に生きようとしているそのエネルギー、
それをうつくしいと捉えていたこと。

日本人は自然に命を寄せて重ねてきた。

観念を重ねたのでなく具体的な、身体の、実感の重なり。

池坊さんは、植物にふれることで、
古い時代の日本人の感触を、
共有されてきたかたなのだろうと思った。
・2012-03-17 中世芸能の発生 431 春の野





身体に実感をよぶこと。
身体の感覚を起こすこと。

歴史をたどって
自然を身体の中に起こす
遊びだ。
・2009-03-01 草の息

私はただ、ずっと、それだけをしている。



つづく
by moriheiku | 2010-08-30 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 350 神「を」祈る 神「を」祈(の)む


つづき


万葉集。神「を」祈る、の表現について。


万葉集では「神“に”祈る」ことを「神“を”祈る」という。

万葉集に神を祈る歌は数多くあるが、
現代の表現のように「神“に”祈る」を書かれたものは一首もない。


万葉集中、神「を」祈るが用いられる歌いくつか。 ※現代語訳は神「に」祈る。

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巻第十三 三二八七
天地(あめつち)の神を祈りてわが恋ふる君いかならず逢はざらめやも (3287)

天地の神々にお祈りして、私の恋するあなたは、必ず、どうして、私に逢わぬことがあろう。

・神を祈りて 神乎禱而
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巻第六 九二〇
あしひきの み山もさやに 落ち激(たぎ)つ 吉野の川の 川の瀬の 清きを見れば 上辺(かみへ)には 千鳥数(しば)鳴き 下辺(したへ)には かはづ妻呼ぶ ももしきの 大宮人(おおみやびと)も をちこちに 繁(しじ)にしあれば 見るごとに あやに羨(とも)しみ 玉葛(たまかづら) 絶ゆること無く 万代(よろづよ)に かくしもがもと 天地(あめつち)の 神をそ祈る 畏(かしこ)くあれども(920)

あしひきのみ山もさやかにこだまして、落ち流れる吉野川の、川瀬の清らかなさまを見ると、上流の瀬には千鳥がしきりに鳴き、下流の瀬には蛙が妻をよんで鳴く。ももしきの大宮人たちも、あちこちと大勢が遊んでいるので、目にするたびに心もそぞろにひかれる。そこで玉葛の絶えることがないように万年の後もかくあれと、天地の神々に祈ることだ。恐れおおくはあるが。

・あやに羨(とも)しみ  織り目も美しい綾(あや)あやしいほどに美しいので。
・神をそ祈る 神乎曽禱
・玉葛(たまかづら) 美しい蔓草。絶えないの意に続く。
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同じ歌
・ 2010-08-15 中世芸能の発生 337 綾 玉葛 水流



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巻第十三 三三〇六
いかにして恋ひ止(や)むものぞ天地(あめつち)の神を祈(いの)れど吾(あ)は思ひ益(まさ)る (3306)

どうしたら恋の苦しさはやむものだあろう。天地の神を祈るけれど、私は思いがつのることだ。

・神を祈れど 神乎禱迹
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巻第二十 四三七〇
霰降(あられふ)り 鹿島(かしま)の神を祈りつつ皇御軍(すめらみくさ)にわれは来(き)にしを (4370)

霰降り鹿島の神に祈願をこめて、天皇の軍に私は加わってきたものを。。

・鹿島の神を祈りつつ  可志麻能可美乎 伊能利都〻
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巻第二十 四三七四
天地(あめつち)の神を祈りて征矢(さつや)貫(ぬ)き筑紫の島をさして行くわれは (4374)

天地の神々に無事を祈って、矢を靱(ゆぎ)に貫き、筑紫の島目ざして行く。私は。

・天地の神を祈りて 可美乎伊乃里弖
・本来サツ(幸)矢は狩の矢。戦の矢はソ(征)矢。ここは矢の総称か。
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サチについて。
・2010-03-04 中世芸能の発生 291 サチ 弓矢 狩人 開山伝承
・2010-03-05 中世芸能の発生 292 海幸山幸(ウミサチヤマサチ) ことばの音




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巻第十一 二六六〇
夜並(よなら)べて君を来(き)ませとちはやぶる神の社(やしろ)を祈(の)まぬ日は無し (2660)

毎夜続けてあの方よいらっしゃいと、神威ある神の社に祈らない日はない。

・ちはやぶる 逸速ブルの意味で神の形容
・神の社を 神社乎
・ノムは元来、首を前に出す動作、よって祈る
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ノムは元来、首を前に出す動作、よって祈る、とある。



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巻第十一 二六六二
吾妹子(わぎもこ)にまた逢はむとちはやぶる神の社を祈(の)まぬ日は無し (2662)

吾妹子にまたも逢いたいと、神威ある神の社に祈らない日はない。

・ちはやぶる 逸速ブルの意味で神の形容
・神の社を 神社乎
・ノムは元来、首を前に出す動作、よって祈る
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ちはやぶる
・2008-10-03 中世の人の感性



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巻第三 四四三
天雲(あまくも)の 向伏す国の 武士(ますらを)と いはゆる人は 皇祖(すめろき)の 神の御門(みかど)に 外(と)の重(へ)に 立ち候(さむら)ひ 内(うち)の重(へ)に 仕へ奉(まつ)り 玉葛(たまかづら) いや遠長(とほなが)く 祖(おや)の名も 継(つ)ぎゆくものと 母父(ははちち)に 妻(つま)に子等(こども)に 語らひて 立ちにし日より 垂父根(たらちね)の 母の命(みこと)は 斎瓮(いはひべ)を 前にすゑ置きて 片手には 木綿(ゆふ)取り持ち 片手には 和細布(にきたへ)奉(まつ)り 平(たひ)らけく ま幸(さき)くませと 天地(あめつち)の 神祇(かみ)を乞(こ)ひ禱(の)み いかならむ 歳の月日か つつじ花 香(にほ)へる君が 牛留鳥(をしどり)の なづさひ来むと 立ちてゐて 待ちけむ人は 大君(おほきみ)の 命(みこと)恐(かしこ)み 押し照る 難波(なには)の国に あらたまの 年経(ふ)るまでに 白栲(しろたへ)の 衣も干さず 朝夕に ありつる君は いかさまに 思ひいませか うつせみの 惜しきこの世を 露霜(つゆしも)の 置きてゆきけむ 時にあらずして (443)


天雲が遠く地平につらなる国の勇敢な男といわれる人は、天皇の神の宮殿の、外の御門を立ち守り、宮の中ではお側近く仕え、美しい葛のようにいよいよ末長く、父祖の伝えた名をうけついでゆくものだと、父母妻子に語って故郷を出発した。その日以来、はぐくみ育てた母君は、神酒のかめを前に据え、片手には木綿の幣(しで)を、もう一方の手には和栲を捧げ、わが子が事もなく健やかにいるようにと、天地の神々に祈り、いつの日にか、つづじ花のごとく晴れやかなわが子が、長の旅路を帰りつくことかと、立っても座っても待っていただろうが、そのあなたは天皇の御命令をかしこんで、光り照りわたる難波の国に、あらたまの幾年もの間、白い布の衣も脱ぐ時とてなく、朝夕をはげんで来た。ところがあなたは、どう考えておられたのだろう、現実の命惜しいこの世を、露霜のように置いて死んでしまったなあ。天寿を全うしないで。

・神祇(かみ)を乞(こ)ひ禱(の)み 神祇乞禱
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死んでしまった息子を待っていた母、父、彼の妻子。

丈部龍麿は、班田の管理を担当する官吏として、摂津(難波)に赴いた。
神(天皇)の御門(みかど)にお仕えするのだ、
天皇のみこと(御言)を全うし末長く父祖の名を継いでいくのだと、
さっそうと国を出てきた。

国の母は息子が健やかであるように、
神酒のかめを前に据えて、片手には木綿(ゆふ)の幣(しで)を、
もう一方の手には和栲(にぎたへ)を捧げ、天地の神々を祈って待っていたのに。

この歌を見ると、ことさら熱心にまじめに働きすぎたのだろうか、
どんな思いをしていたのか。
龍麿は首をくくって死んでしまった。


丈部龍麿の母が、息子の健やかであることを天地の神々を祈る時に手に持っていた
木綿(ゆふ)の幣(しで)、和栲(にぎたへ)の幣(ぬさ)。

栲(たへ)は、麻、楮、藤など日本に古来からある植物を原料に作られた布。
同じ原料を用いて織られた倭文(しつ しづ しず)よりも新しい、
倭文より目の細かいような布と思われる。
和栲(にぎたへ)は、荒栲(あらたへ)よりもさらに柔らかい目の細かい栲か。


木綿(ゆふ)は、栲(たへ)、倭文(しつ しづ しず)の原料と同じ
麻、楮(こうぞ)などの繊維をたばね取り付け、
祓の串や依り代となる垂(しで)にしたもの。

白い木綿を取り付けた木綿垂(ゆふしで)は、
白い花が咲きだすようだから木綿花と言われた。

龍麿の母は、神を祈り、イノチをふる木綿(ゆふ)の花に
神々の「ほ」を、幸いのあらわれをみていたかもしれないのに。

・2008-08-13 「ほ」を見る。
・2008-03-23 春の黄の花木 マンサク
・2012-02-16 中世芸能の発生 428 「ホ」 穂(ほ) 寿(ほ)ぐ 誉(ほ)む 言祝ぎ(ことほぎ)




「天地(あめつち)の神を祈りて」の表現に、
あまねくある神々の印象がある。

万葉の人々は、
例えば天上などどこか「に」いる神に向かって祈るのでなく、
すべてにいきわたっている神「を」祈る感覚があったと思う。

歌のひびきから受ける印象はそう。


以上、万葉集中の神「を」祈るの表現からも、
万葉時代の人々にとって神は
自分から分離した客観的な「対象」になっておらず、
天地にあまねくあって自分にもある、
万葉の人々の、自と他が未分化の感覚を見ることができると思う。

・2009-11-08 中世芸能の発生 239 さぶるこころさまねし


このことは、相対化され個別化していく霊や神の概念以前の、
自他の境のない、
ものごとが融通している世界観(身体感)の名残と思う。

力説。孤軍奮闘か。にゃはは。






参考:中西進(著)『万葉集』



上記、神「を」祈る 神「を」祈(の)む 各歌は、
万葉仮名が「を」の音だと私でも確認できるものをできるだけ選んだ。
443の歌が、
神祇乞禱を神祇(かみ)「を」乞(こ)ひ禱(の)みと読むことは、
他の神を祈る歌の用例からあてられてきたと思う。






多くの人が目にする万葉集の現代語訳も、
神「に」祈るとするのでなく本来の神「を」祈ると訳したらいいのに。
だって「神“に”祈る」 と 「神“を”祈る」 では、全然、感覚が違う。
違う意味になるから。







・2008-06-01 自然と我 04 古代の信仰
・2010-06-03 中世芸能の発生 318 息にわがする 息のように深く
・2010-08-16 中世芸能の発生 338 メモ




万葉集。 神「を」祈る、の表現について。 自他の分離 人と自然の分離
・2010-08-25 中世芸能の発生 348 神「を」祈る 融通念仏
・2010-08-26 中世芸能の発生 349 神「を」祈る イ罵(の)り
・2010-08-29 中世芸能の発生 351 神「を」祈る 宗教の瞬間 他力本願
万葉集では「神“に”祈る」ことを「神“を”祈る」という。

万葉集に神を祈る歌は数多くあるが、
現代の表現のように「神“に”祈る」を書かれたものは一首もない。

後の時代から現代にいたるまでの表現「神“に”祈る」の場合、
神は自分から分離して「対象」になっている。

それより前の「神“を”祈る」は、神と自分が分離していない表現。

自然がひびけば自分もひびく(はやし)。
大昔は、自他の境のない、主客のない感覚があったと思う。

境がないから「対象」とならない。
自然との境のない、個々に相対化しようのないものだ。

自然と人の距離ができ自然を体感することから離れ、
身体感覚より優先するものができいって、
自他は分離していく。

自然と密だった原始的、実感的な信仰の時代を過ぎ、
やがて哲学的、観念的な思想を持つ宗教が誕生し、
風土や身体感覚を超えた精神的な救済へ向かおうとする。


日本の信仰の特徴として、
木も石も全てのものに命が宿っている、とか、
森羅万象全てに仏性がある、という考え方をあげられているのをよく見る。

私はそれは、
一人につき一つ心臓があるような、個別に神仏が宿るイメージでなく、
もともとは自他の境のないイノチの実感からきていたと思う。

念仏が溶け合って和合する融通念仏の発想も、
そんな感覚が影響していたと考える。




・2010-06-21 中世芸能の発生 330 主客の分かれないところ 宗教の原型
自然信仰の色の強い古い民俗信仰は、
一神教に相対するかたちで、多神教や汎神論と考えられることが多いけど、
そのようには思えない。

一神教、多神教、汎神論は、
やはり魂や神や概念ができてからのもの。
新しく感じられる。

原始的な信仰の原型は、主客の分かれないところにある。

神と人、のように個々に相対化しようのないもの、

自然との境のない、
主客のない感覚が、宗教の原型だったと思う。




・2008-06-03 自然と我 06
自然に畏敬の念をおぼえ、
自然のありように、止まずときめくとき、

原始的な感覚が、身体を通じて、意識の底からのぼってきて、
具体的に何を祈るということはないけれども、

自、他のはっきり分かれる前は、

自然や、後の時代の神仏に祈る時は、

同時に、自分の中の自然を祈っている。

日本の信仰のはじまりに、
そんなところはなかったか。





倭文 木綿 栲
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし
・2010-08-19 中世芸能の発生 341 倭文(しつ しづ しず 倭文織)








・2012-02-28 中世芸能の発生 430 他力本願 救い
・2012-02-27 他力本願
・2012-02-26 中世芸能の発生 429 樹幹流 他力を本願とすること
他力本願は、人の力をあてにした近視眼的な自己の達成願望でない。
自分の人生を生きることの否定でもない。

他力本願は、
自分の運命は、自分の判断の範疇をはるかにこえた
めくるめくような相互の関わりの中にあり動いているのだという
強い自覚と、覚悟だと思う。

それは、独善的な判断の中で苦しむ者の、救いでもある。





つづく
by moriheiku | 2010-08-27 15:31 | 歴史と旅

中世芸能の発生 345 倭文(しつ) 狭織(さおり)



つづき


倭文織についてのシリーズ
・2010-08-19 中世芸能の発生 341 倭文(しつ しづ しず 倭文織)


万葉集中、倭文(しつ しづ しず 倭文織)が用いられている歌。番外。

倭文の古さに、素朴な堅実さを見る人。
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巻第十一 二六二八

古(いにしへ)の倭文機帯(しつはたおび)を結び垂れ誰(だれ)といふ人も君には益(ま)さじ (2628)

 一書(あるふみ)の歌に曰はく、古の狭織(さおり)の帯を結び垂れ誰(たれ)しの人も君には益さじ


古からの倭文機織の帯を結んで垂れ─誰という人とてあなたには及びません。

 一書ノ歌ニ曰ワク、古くからの織物の帯を結び垂れ─誰もあなたには及びません。


・倭文機帯 倭文機の習慣的形容。古風な伝統的織物をシツ(賤)ハタオリという。
 堅実な気持ちをこめる。
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倭文(倭文織)は、上代の織物。

倭文(しつ しづ しず)がいつ頃からあったかはわからないが、
古代の人が上代の織物と思うほど古くから日本で作られていた。

倭文は、麻や楮(こうぞ)などの繊維で織った布で、
色のついた縞目の模様があったとも言われる。

はっきりと実物が残っていないため、
倭文の色・柄は、古典や史料からの推測に留まる。

「倭文」という文字は、
後に入ってきた渡来の織物(綾など)との区別で、
「しつ」の音に「倭文」の漢字が宛てられたと考えられる。

万葉集を見ると、万葉の時代、倭文(しつ しづ しず)は、
古来の神聖なものと感じられていると同時に、
同時に前時代的な古くさいものになっている。



(武烈紀)
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大君の御帯の倭文機結び垂れ誰やし人も合い思はなくに
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上代には、大王の身につけた倭文。






倭文(しつ しづ しず)は しとり しどり と言われるけれど。
それは倭文織(しつおり)の音の短縮したものだろう。


倭文(しつ しづ しず)のことばの音は、鎮、静でもあり。

倭文は上代には大王も身に付けたけれども。

万葉の時代に倭文織の倭文(和の文様)は、
万葉集にふしぎなほど美しい、あやしいほど美しいと表現された渡来の
綾織りの文様に比べて落ちついた織物に思われただろう。

万葉の時代の二六二八の歌の詠み人は、
倭文を堅実なものに感じ、君を好もしく頼もしく思ったんだろう。




二六二八の歌、
「古(いにしへ)の倭文機帯(しつはたおび)を結び垂れ」の部分が、
一書には、
「古(いにしへ)の狭織(さおり)の帯を結び垂れ」
であるという。

「倭文機帯(しつはたおび)」が「狭織(さおり)」とあるとのこと。


狭織(さおり)の「さ」は、
古来の神聖さを表す接頭語の「さ」だろう。

「さ」は
・2010-03-04 中世芸能の発生 291 サチ 弓矢 狩人 開山伝承
であげたように、神聖なものにつく接頭語だった。

獲物のことを「さち(さ+ち)」と言ったし、
「さびる(さぶる)」「ささ」、そうそう「さくら」なども。

つまり、狭織(さおり)と倭文(しつ しづ しず)は同じなのだ。


倭文織は、万葉集等に出てくる描写では、布と言うより帯状の織物。
その幅狭の粗い織り物の印象は、
「古(いにしへ)の狭織(さおり)の帯」の「狭(さ)」に一致する。

「さおり」の古来の神聖をあらわす「さ」の音に、
形状を表す「狭」の漢字をあてはめたと思う。


新しい思想が入るにつれて、
こうした古い神聖は古ぼけた、粗い、つまらない、
賤(しつ しづ しず)ものに見られるようになっていった。

倭文(しつ しづ しず 倭文織)も万葉の時代には、
神聖なものであると同時に、粗いもの、とるにたらないもの、素朴なものに見られていた。
狭織もそれだろう。



現代に、身近にある布を裂いて紐状にしたもの等を使い、
布(というかマット状)や帯状にした素朴な織り物が「さ織り」と呼ばれてる。
※注:個人の提唱されたさをり織りでなく、習慣的にそう呼ばれてきた素朴なさおりのこと

この「さ織り」の名前の由来はよくわかっていないようだけど。

私は、この名は、うんと遠い倭文の流れの末の。
粗く垢抜けたところはないけれども、
素朴な織り物の「さ織り」だと思う。






■倭文のシリーズ
・2010-08-19 中世芸能の発生 341 倭文(しつ しづ しず 倭文織)
・2010-08-20 中世芸能の発生 342 倭文(しつ) 真間の手児名
・2010-08-21 中世芸能の発生 343 倭文(しつ) 神聖なもの
・2010-08-22 中世芸能の発生 344 倭文(しつ) つまらないもの
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし




参考:中西進『万葉集(三)』





つづく
by moriheiku | 2010-08-23 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 344 倭文(しつ) つまらないもの


つづき



万葉集歌中、倭文(しつ しづ しず)が、
古くさいもの、つまらないものとして用いられている例をいくつか。

万葉集で、古来の倭文が
古くさいもの、つまらないものに用いられるのは、
仏教思想に対応する形で用いられている。

時代の気分があらわれている。

その気分は以降仏教が浸透するにつれ、大きな潮流になった。


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巻第四 六七二
倭文手纒(しつたまき)数(かず)にもあらぬ命(いのち)もちなにかここだくわが恋(こひ)わたる (672)

倭文織の腕輪のように、ものの数でもない命をもって、どうしてこのように恋いつづけるのだろう。

・倭文(しつ) 
外来の織りに対する古来の意味で「倭文」と書く。シヅは沈む、賤、などの語、唐織の華やかな浮紋に対していったか。
・手纒 手にまく飾り。
・数(かず) 数は仏語(存在の意)を和語化したか。
・数にもあらぬ 卑下の語。
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新しい仏教思想からすると、かつて神聖なものだった倭文は
つまらないもの、賤しいものに思われるのだった。

新しい国作り、新しい思想に接して、
古来の原始的呪術的な民俗信仰を忌避する感情の芽生えが見られる。




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巻第五 九〇三

倭文手纒(しつたまき)数にも在(あ)らぬ身(み)には在(あ)れど千年(ちとせ)にもがと思ほゆるかも (903)

倭文織の腕輪のように、とりたてていう程のこともない身だが、千年も生きたいと思われることよ。

・倭文(しつ) 
外来の織りに対する古来の意味で「倭文」と書く。シヅは沈む、賤、などの語、唐織の華やかな浮紋に対していったか。
・手纒 手首にまく装飾。
・数 仏教で存在を数(すう)という。
・数にもあらぬ 卑下の語。
----------------------------------------

上記六七二の歌同様、
新しい仏教思想からすると倭文は
つまらないもの、賤しいものに思われる。

新しい国作り、
新しい思想に対応するかたちで、
古来の原始的、呪術的な民俗信仰を忌避する感情が芽生える。



新しい仏教思想と、古来の呪術的民俗信仰のせめぎあい。

渡来の新進の思想、仏教の思想を知った人々にとって、
神仏習合することがどれほど必要なことだったかを切実に感じる。

神仏習合は、自分から切り離したところの思想の折衷でなく、

例え宗教者でなくとも、
自分自身に折り合いをつけることだったと思う。


こうした潮流、神仏習合思想は、
中世芸能で大きなテーマになって溶け込んでいる。



仏教など、新しい思想が広く浸透するにつれて、
上代には神聖な織物であった倭文(しつ しづ しず)は、
古ぼけた前時代的なつまらないものに思われて、神聖さを失っていく。
 
こうした社会と思想の変化にあって、 
古来の民俗信仰の流れにある宗教者の多くが、
倭文と同じく、賤しい立場と見られるようになっていくことになった。

さらに時代が下った中世紀頃には、
古来の民俗は、つまらないもの賤しいものから、
厭わしいもの、忌避するものになっていたことが見える。




山上憶良
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世間(よのなか)の住(とどま)り難(がた)きを哀(かな)しびたる歌一首

集(つど)ひ易く排(はら)ひ難きは八大の辛苦にして ・・(後略)・・


巻第五 八〇四
世間(よのなか)の 術(すべ)なきものは 年月は 流るる如し 取り続(つつ)き 追ひ来るものは 百種(ももくさ)に 迫(せ)め寄り来(きた)る  ・・(中略)・・  大夫(ますらを)の 男(をとこ)さびすと 剣太刀(つるぎたち) 腰に取り佩(は)き 猟弓(さつゆみ)を 手握(たにぎ)り持ちて 赤駒に 倭文鞍(しつくら)うち置き はひ乗りて 遊びあるきし  ・・(中略)・・  幾許(いくだ)もあらねば 手束杖(てつかづゑ) 腰にたがねて か行けば 人に厭(いと)はえ かく行けば 人に憎(にく)まえ 老男(およしを)は かくのみならし たまきはる 命惜しけど せむ術(すべ)も無し (804)

この世の術なきものは、年月の流るるごときことである。次々と追いかけてくるものは、生老病死と形をかえてせめよせて来る。・・(中略)・・りっぱな男子が男らしく剣太刀を腰におび、弓矢を手に握り持って、赤馬に倭文織の鞍をおいてよじ乗り、遊びまわった世の中はいつまでも変わらなかったろうか。・・(中略)・・どれほどもなく、やがて手に握った杖を腰にあてがい、あちらに行っても人から嫌われ、こちらに行っても人から憎まれ、年老いた男とはこうでしかないらしい。魂きわまる命のすぎゆくのは口惜しいけれども、なす術もない。


・世間の住り難き 世間無常
・八大の辛苦 
八つの形の苦。生、老、病、死の苦と、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五盛陰苦(大涅槃経)。仏典により少異がある。
----------------------------------------


憶良の無常を哀しむ歌。
老いた男の哀しさを歌う。

若い頃の描写にある“猟弓(さつゆみ)”、“倭文鞍(しつくら)”等の表現が
いかにも古ぼけて聞こえる。


“猟弓(さつゆみ)を”の万葉仮名は“佐都由美乎”。

“さつゆみ”の“さつ”は“さち”。“さち”は古くは“獲物”のことを言った。

サチは「サ」+「チ」。
「サ」は神聖なものにつく接頭語。「チ」は力のこと。
「サチ」は神聖な力をあらわす。

大昔は命が盛んなものが神聖なものだった。
野生の獲物は生命力の横溢する「サチ」だった。


野生の旺盛な生命力を得る猟(漁)は、古い時代には神聖なことで、
したがって“さつゆみ”には古来の響き、神聖な弓のニュアンスがある。


“倭文鞍(しつくら)”は倭文織でできた鞍。

上記、六七二、九〇三の歌のように、
上代に神聖であった織物の倭文は、
万葉の時代にはしい思想(仏教)に相対するかたちで、
古くさいつまらないものになりつつあることが歌にうかがえる。


男盛りだった若い頃を描く中の
“猟弓(さつゆみ)”“倭文鞍(しつくら)”の表現は、
いかにも昔っぽい印象を喚起する。

この歌には他にも手に纒く玉など昔っぽい印象のものなど出て、
それら素朴な呪術的な物にかこまれたて盛んだった昔は
なつかしくもあり、つまらなくも見え。


そうした倭文など古来の物に憶良自身は重なり、
憶良は、古ぼけた習俗同様に、古ぼけていく男の哀しみを、
新しい仏教思想を述べつつ嘆く。

憶良が仏教に傾倒していたことは、憶良の他の歌にも感じられる。
庶民にはまだ浸透しきらない当時先端の知識に
早くから触れていた知識人だったとつくづく思う。


それにしても憶良のこの歌。
いいじゃない。男なんだから。と思ったり。
だって女の老いに比べて、男の老いに世間は寛大では?
年をとる悲劇は、女の方が数十年も早く来て悲劇と思うけど。
女の人に年をとることの悲劇がおとずれる時期、
男の人はまだまだこれからと思われている時期と思うけど。
気付かず花の季節が長かった分、憶良は、
この時になって年をとる悲劇がどーんと身に迫ったのかしら。
それも哀しいことでしょう。
それを長い歌に大仰に詠んでることが幾分滑稽でもあり、
でもそれが憶良のあたたかみのある人間的な魅力につながってる。

私は女なのでつい年とった女のほうが救われない気がしてしまうけど。
それって私・・どーする、どーなる・・。

これというもののない、いくらでもかわりはいる平凡な女の
生きる道はナンデスカー。
こんな悩みまで平凡よ。。。


この歌を見るとき、毎回しぐさ付きで思い出すの、
島倉千代子さんの歌『人生いろいろ』。
仏教のこと言わなくて、歌っていらっしゃいますyo、って。





万葉集中、倭文が
古くさいもの、つまらないものの例えに用いられるのは、
仏教思想に対応する形で用いられている時だ。


新しい思想、仏教思想の影響から、
倭文同様、古来の民俗信仰の流れの人々が賤しいとされる立場へ変わっていくことが、
歌に具体的に見える。

このことは仏教から和歌が退けられた意味にも重なる。

芸能が呪能であった古来の芸能の人々の立場の変遷でもある。





万葉集中の、前時代的な民俗と新しい時代の民俗の織りなす綾も、
詠み人の息にこぼれて、身体に沁みる。

歌に命がある。


万葉集は開くと声のする、うつくしい資料だ。





参考:中西進(著)『万葉集』中西進







・2010-08-17 中世芸能の発生 339 差別の始め


遊女と鵜飼の罪
・2009-02-11 中世芸能の発生 67 船の上の遊女 お能『江口』
・2010-06-22 中世芸能の発生 331 罪業感 今様
・2009-09-23 中世芸能の発生 203 狩猟 採取



・2010-05-17 中世芸能の発生 312 ことばの神聖視
・2010-05-18 中世芸能の発生 313 やまとことば
・2010-08-18 中世芸能の発生 340 母語



・2010-03-16 中世芸能の発生 297 土地の木
・2010-05-05 中世芸能の発生 304 仏塔 心柱 刹柱
・2009-12-17 中世芸能の発生 267 一つ松 声の清きは



・2010-03-04 中世芸能の発生 291 サチ 弓矢 狩人 開山伝承
・2010-03-05 中世芸能の発生 292 海幸山幸(ウミサチヤマサチ) ことばの音

・2013-02-07 中世芸能の発生 451 『ぼくは猟師になった』 殺生 肉食 イオマンテ
『ぼくは猟師になった』についてと、
説話集、今様歌、猿楽能など、古典や史料の中に見る、
日本の古来の肉食と、
新しく入ってきた仏教思想の殺生肉食の戒の狭間のきしみについて。

新しい文化や思想を取り入れる中で、
古い思想がつまらないものに、さらに賤しいものに見えていったこと。



・2009-04-17 中世芸能の発生 112 弓と北面の武士
・2009-04-20 中世芸能の発生 114 中世人にとっての故実







■倭文のシリーズ
・2010-08-19 中世芸能の発生 341 倭文(しつ しづ しず 倭文織)
・2010-08-20 中世芸能の発生 342 倭文(しつ) 真間の手児名
・2010-08-21 中世芸能の発生 343 倭文(しつ) 神聖なもの
・2010-08-22 中世芸能の発生 344 倭文(しつ) つまらないもの
・2010-08-23 中世芸能の発生 345 倭文(しつ) 狭織(さおり)
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし





つづく
by moriheiku | 2010-08-22 08:00 | 歴史と旅