<   2013年 01月 ( 10 )   > この月の画像一覧

椿




サザンカの香りは褪せて、ぼやけた。


凍てつく中にふと漂うロウバイの花の香りも、もう新鮮でなくなって、

メジロ(と私)は、白い梅の香りを待っている。



あの椿の木は、その常緑の葉の数ほど、
花のつぼみがついている。







いつもこの時期に
・2012-01-20 中世芸能の発生 421 若水 渚に寄せる水
東大寺 お水取 修二会と椿。
by moriheiku | 2013-01-19 08:00 | つれづれ

冬の底



新暦の正月を数日過ぎれば、光はまぶしく変わる。



冬が底をついて、山の匂いは枯れてきた。

春との境が近い。




マリーナを出たディンギーが数隻、海面の光の中を走っている。


風はある。白波が見える。
by moriheiku | 2013-01-18 08:00 | つれづれ

プール



海辺のプールがきらきら光っている。

雪の名残の、水の反射か。



指先が痛いように冷たい。
by moriheiku | 2013-01-17 08:00 | つれづれ

弦奏者





昔の音源の中。


この人の若い頃の一本気な、

透明な水を見おろしているような音。
by moriheiku | 2013-01-16 08:00 | 音と笛のまわり

鍵盤奏者



外見とは全然ちがう。
鍵盤のタッチがソフト。

姿の内に隅々まで満ちる繊細さよ。
by moriheiku | 2013-01-15 08:00 | 音と笛のまわり

しめる



「しめる」とは、ゆっくりになること、と教わった。


音を「しめる」と聞くと、私はつい速いほうに反応してしまう。

弦楽器の弦を絞めると音は高く、はりのある緊張感のある音が鳴る。
また、ゆるんだ弦よりも軽やかに弾ける。

スケートでスピンをする時、
こう、身体を締めると、スピンがぎゅんと速くなる。

私の「しめる」はそういう感じで、
しめると聞くと、私はつい速いほうに反応してしまう。


でも、先生に、お能の「しめる」は、
力が加わる感じだとうかがった。

お能には、ゆるむということはあまりないそうだ。

「マンリキ系?のような」

「それよりブレーキだね。
ブレーキはしまるでしょう、
ブレーキは圧力がかかって重くなってゆっくりになる」


ああ!そうか。そういう感じなんだ!


いつも思う。
先生は賢い方だと。
お仕事柄だろうか。



私には新しい「しめる」の感覚。
私の中になかったこと。

とても新鮮なこと。
by moriheiku | 2013-01-14 08:00 | 音と笛のまわり

ミドシ




お正月、

巳年(ミドシ)になったから、

ネットで見たミ・ド・シの音の印象的な譜を、数小節弾いてみた。



数年ぶりに手で書いた文字のように、

久しぶりの指の先に、下手なぎこちない音が鳴った。
by moriheiku | 2013-01-13 08:00 | 音と笛のまわり

日本 共栄圏  (日本支配の屁理屈に利用されるより前の共栄圏の語)




人の文化は様々な文化が混ざりあいながら展開する。例外はない。

文化の表面だけを選択して見ようとする、あるいは、
文化の一面だけを選択して見るようなものの見方を常習としているなら、
文化は表面的な、単一に近いものに見えるかもしれない。


しかし様々の文化が育つ根本には、必ず土地の自然風土がある。
表面に重なっていく文化は、
土地の自然風土に適応する形でしか根付かないし育っていかない。

それはもちろん人間の文化だけのことでなく、
その基にある生物も無生物も含む、あらゆるもののありようだ。
すごくあたりまえのこと。

けれども人は、人をベースに考えて、
どれほど自然に依存しているかを、
忘れているかさっぱり排除し、ものを見ることも多いようだ。


植物や農作物、動物の分布はもちろん、物でないもの、
例えば文化の広がり方のひとつの例として、

キリスト教や仏教のような世界宗教となった宗教は、
必ず古来の土地の信仰と習合している。

その古来の土地の信仰というものは、
抽象的な観念をよりどころに成り立ってきたものでなく、
土地の自然風土と切り離せない「体験」の上にできてきた。

古い時代の天や山の神々を祭るペルーキリスト教の祭り、
キリスト教より前のケルトの信仰の香の残るアイルランドのキリスト教、等々。
日本の古来の民俗信仰と大陸経由の仏教が習合した日本の仏教もそう。

自然の事物と同様に文化も、
その土地のものと混淆習合して根付き展開する。



自国(日本)の文化が世界を根こそぎにして覆いつくすことなど望まないし、
そんなことはまったく現実的でない。

自国の文化が他国を征服する、などという考え方は、
いかにも浅いばかばかしい考え方のように思う。

自国の文化が他国に根付いて育つ現実的な方法は
その土地の自然風土に根差した文化と融合し、
その土地の文化となっていくことだと思う。

個々の特性の尊重と共栄。



政治について私が何か言えることあるの???ってことだけど;
上記も踏まえほんのちょっぴり思うこと。

私が今望ましいと思う日本のあり方は、

日本は、世界を日本化しようとする帝国主義的思想でなく、

土地土地の自然風土とそこに立脚した文化を尊重するという立場であることを
日本人が明確に自覚すること。

同時に、個々の特性を尊重し、共栄を目指す国である、
という日本の立ち位置を、
世界に明言することが望ましい。


国際社会の中での日本の立場としては、
西田幾多郎の述べたような意味での個々の特性に立脚した共栄(※)を目指す立場。
(※後に、日本支配の理由づけのための屁理屈、
日本を盟主とする大東亜共栄圏という軍事理念に利用される前の意味での共栄)

個々の特性を尊重し、共栄を目指す国であるということを日本人自体が意識し、
その立場であることを世界に明確に表明することが望ましいと考える。

うひゃーーーー。
もう自分でも、いかにも、そんな簡単なもんじゃないぞ、ってわかるよぅー。

しかし、おバカさんがちょっと心の中で思ってることとして、ここは
目をつむっていただいて。




日本
・2013-01-11 君が代 03
日本の古いことほぎの伝統。
そのおまじないのような、切実な祈りの習俗。

ことほぎは、自然に寄せてイノチが盛んで栄えることを祈る。
横溢する自然の命の祝福がイノチに反映するように願われた。

ことほぎの特長は、
周囲と無関係に個人を祈るものではないということ。

つながりあっている森羅万象、国土草木(山川草木)、全てのイノチが、
共に盛んであればこそのもので、
共に盛んで長く栄えることを祈る共栄の思想に基づく。

これは抽象的で体系化された思想ができるより前の、
自然で素朴な、身体的な共感の感覚に基づくいている。

という伝統の末にある「君が代」について。




・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元
こうした山は日本中にある。
こうした場所に一度立てば、
日本の宗教というのは、自然がまずあるということ、

それが宗教として発達し、
自然の中で修行した人々のいたこと、
古来の自然の実感が、信仰へ展開し移行したこと、
抽象的でないもともとのただ実感に、
渡来の道教等抽象的な思想が重ねられていったこと、
仏教が広まるとそうした場所にさらに仏教思想が重なって、
それらを仏という視点で見るようになっていった
という経緯のあることが、
そのまんま感じられると思う。

仏教寺院が多くあるのを見たとしても、
どうしてそれで日本は仏教国と言ったり、
神道の国と言ったりするのかしらと思うことがある。
こんなにはっきりあちこちに残っているのに。

でもそれらは時代時代に人々が、
時代に合った思想で物事を理解し花を咲かせてきた、
真摯な歴史の重なりなんだろう。
その時代時代の真実。

ただ、こうした場所に立つ時、
日本の信仰の最初にあったのは自然の実感なのだと思う。



地形を見晴らすと
海山が一体となっていた古い信仰の経緯がうかがえる。
今の地図と重なって、レイヤーを重ねるように、
幾時代もの海から山へ広がる信仰の道が見える。


かつては日本中の山や海が信仰の対象で修行の場だった。
そのためここのような場所は日本中にある。

ただそうした多くの場所がそうであるように、
今も盛んな霊場と違って、ここは忘れられている。

だからこうした沢が自然のまま、というか、
むしろ忘れられたことによって、

時代を経る間に重なっていった宗教というものがはずれていって、
自然そのものに戻り、

山中に白い水となって流れている。

わかりやすいはじまりの姿にかえっている。





・2010-05-05 中世芸能の発生 304 仏塔 心柱 刹柱
・・・
時代が下って聖武天皇が平城京に大仏を建立した。
その数年前、実現には至らなかったが、
聖武天皇は紫香楽の甲賀寺に大仏を作ろうとした。

紫香楽で聖武天皇自らも綱を引いて
大仏(毘盧舎那仏・大日如来)の骨柱を立てた。

このことは単に、
大仏の骨組みの中央の一本を立てていよいよこれから、ということでなく、
柱を神聖であるとする思想があったもので、

大仏の肉付きがなくても柱に仏を感じられていた。
柱に神聖なもの、命を見ていた。


古い時代ほど、塔を見る時、塔の内部の柱の力を心に見ていたはずで、
やがてこの心柱を忘れてしまうほど
塔の造作の華麗さのほうに目を奪われていくことになる。

伽藍配置も変遷し、本尊仏像が重視されるようになり、
塔は中心から外れていった。


これは日本の信仰の変遷であり、
同時に古い信仰に連なる人々の立場の変遷でもあった。


こうした神道や日本の仏教に見られる柱の信仰と根元を同じにするものは、
ひもろぎであり、死者の墓標に立てた樒であり、榊であり、
能舞台の背景に描かれる影向松であり、
庶民の持った聖の刻んだ木偶(でく)であり、様々のそれらが
人の生活の隅々にまで行きわたっていた。

草木に命を見ることは、
宗教を持っていないと言う我々の日常生活の底にいまだ生きている。

私たちが大きな木の元に立って感じる感覚は、
通り過ぎて来た時代に、その時代に合ったことばで説明されてきた。

こうした信仰が、一過性でなく、
歌や建築や芸能等文化や生活の底に生き残っているのは、

私たちが木や岩や水の流れや草の中に命を感じるからで、
それは神や仏という概念になる以前からあるもの。

それは宗教以前呪術以前の、自然のイノチそのものである。

息を吸うように、
いつもそこへかえっていく




カーナビの仕事から
・2011-03-29 自然と人 わざわいもなぐさめも
・2009-10-24 中世芸能の発生 229 地図
地図で見ると人の居住と生活のベースとなる条件は、
ほとんど自然と地形に依存している。

現代の私達が住む場所を選ぶ時、
交通の買い物の利便性や、福祉教育の充実などを重視する。

ただそもそも、その希望が適う市町村は、
多くが自然発生に似て、自然条件の許すところにできている。

大きな街も、広域を俯瞰で見れば、
自然や地形の適するわずかな場所に吹きだまりのようにできている。
ひとつに道は水に沿い、山に沿い、地形に沿って地表をめぐっている。

現代の日常生活では見えずらいが、
人の生活や文化はベースの部分で、大いに自然に依存している。

一方、古来の地図とは別の、
現代の地図であるコンピュータ上のデータの地図。

一方通行の時間帯等の入ったデータ状の地図に見えるものは、その街の設計。
データの地図には、
街をどのように守り、どのように人や物を行き交せ、
街をどのように発展させていくか、
具体的な視点がみえる。
自然の上にのせた人の意思だ。

データの地図に、
それまで意識していなかった街や国を設計する生(なま)の意識の片鱗に
触れている気がした。



自然と人
・2011-03-29 自然と人 わざわいもなぐさめも
人の生活は、自然に依存している。

自然の動きは、人にとって恵みとなる。人に大きな災害になる。
それでも人は、自然風土をベースに、自然に寄って生きている。

幼児が、おかあさんにおこられて、泣いて、
そのおかあさんにすがっていくように、

わざわいもなぐさめも、
自然の中にあるのだと思う。




自然と日本人 

他力本願
・2012-02-28 中世芸能の発生 430 他力本願 救い
・2012-02-27 他力本願
・2012-02-26 中世芸能の発生 429 樹幹流 他力を本願とすること
他力本願は、
よく誤用されているように
人の力をあてにした近視眼的な自己の達成願望でない。

自分の人生を生きることの否定でもない。

他力本願は、自分の運命は、
自分の判断の範疇をはるかにこえた

めくるめくような相互の関わりの中にあり動いているのだという
強い自覚と、覚悟だと思う。

それは、独善的な判断の中で苦しむ者の、救いでもある。



・2012-11-30 動物学者へのインタビュー
たとえば
もうどうにもならない目の前の一つの命の前に立った時、
私たちの心をほんとうに救うのは、
その命をつなぎとめる奇跡でなく、
その命もまた
私たちの想像の及ばない無数の関係性と全体性の中のひとつだという
現実の自覚ではないだろうか。
それは、ひとつの覚悟であり、希望だ。

人もはるかに関係しあってきた自然の一部であるという現実に、
人も救われる。




・2011-08-18 中世芸能の発生 410 生命の連鎖 歌から掬(すく)いとる方々
「命っていうのは、やっぱり生き物を見ていますとね。みんなつづいていこう、つづいていこうって一所懸命生きてるなって思うんです。それはもちろん死というものもあるんですけど、なんか自分だけじゃなく、他の生き物たちも含めてつづいていってほしい、っていう、そういうことがみんなの生き物の中にこう、こもってる。」

そうした行動が、人間だったら、歌や、花を植えるとか、そういう行為で、
それが生き物としての人間の表現、
と、おっしゃって、
そういう意味でもこの歌を素晴らしい、と生物学者の中村さんは思われたそうだ。

日本の信仰というか、信仰ともいえない、謂わば民俗の底には、
自然という水流がずっと続いていると私は思う。

それは個人の教祖や教義など、つけようもないもの。

体系的でも哲学的でもない、
自然の実感としかいえないようなものだ。


中世芸能が生まれるまでの、
芸能と宗教と分化していない古い日本の芸能は、

自然に寄せてヨ(イノチ)をことほぐ、祝福の系譜だ。






生物多様性 言語の多様性 思想の多様性
・2010-08-31 生物多様性 言語の多様性


共栄の思想と、戦争中各国で行われた日本語教育との矛盾
(軍事理念への利用のために変質した共栄の思想と、戦争中各国で行われた日本語教育のこと)
・2009-06-29 中世芸能の発生 158 母語 母国語 民族語
・2009-06-28 中世芸能の発生 157 『日本人の言霊思想』
・2010-08-18 中世芸能の発生 340 母語
by moriheiku | 2013-01-12 08:00 | 歴史と旅

君が代 03



君が代。

日本の国歌「君が代」が、
平安時代の和歌集に収録された和歌からきている、
くらいの認識しか持たれていないのはなぜ?
はがゆく思う。



日本の芸能の根は、
命を活発化させようとする人の願いから発している。

それは、これまでもつづいてきたこれからもつづいていく自然の
横溢する生命力に感染し(あやかって)我々の命も活気づくようにという、
昔からの人々の素朴で切実な願いの展開の歴史だ。


音を立て勢いよく流れ落ちる水の側に立って私たちの心も高鳴るように、
季節に開く花の香に接して心に花が咲くように、
空を覆うほど枝葉を茂らす盛んな土地の大樹を見上げて感嘆するように、
ぴちぴちした力に満ちたサチを食べて力が湧くように、
自然の生命力に接し、私たちの心(命)は動き活気づく。

昔の人たちは、
身のまわりの自然の命に接し、命の力がゆれて活気づくことを実感し、
それらに横溢する命の力がうつることを切実に願った。

この命の祈りをことばにしたものが祝福のことほぎで、
「君が代」はこの自然の祝福の長い流れの末に連なる。
命を讃える祝福のことばの系譜。

まだ信仰という意識もない古い時代から、
広く行われてきた願いのことばの水流。ことほぎ。

もちろんこのほぎごとは
首長の命の栄えを願うことにもささげられてきた。


よごと、のりと(祝詞)、万歳楽、祝言や家褒めは、
こうした展開の枝であり葉であり、

現代の日本人の私たちが、
何かの折に縁起の良くないことばを避けて良いいことばを使おうとしたり、
生まれた子に良い名をつけようとする意識も、
ことほぎの習俗につながった祝言の意識の片鱗だ。



素朴な願いのことばは、時代を経るあいだに、
あるいはまじないや呪術として展開し、
あるいは芸能としてあるいは信仰として、複雑に展開していった。

しかしそれらの底にあるものは、
素朴な、人の願いと自然の実感だ。



よごとやのりと(君が代も)のように、
日本のことほぎは、
自然に寄せて命が盛んであることを願う。

国土草木(山川草木)自然の森羅万象が盛んで
くりかえしくりかえし命がつづくように、
それを映してだれかの命(ヨ)もそうあることを願う。


日本のことほぎの大きな特徴は、誰かを攻撃するものでないこと。

古い時代から広く行われてきた日本のことほぎは、
自然との共栄の、祈りのことばだ。



だから、
君が代は天皇にささげられた歌だからけしからんと否定する意見は、
少々的外れに聞こえる。

そう述べる人が君が代のルーツとして
平安時代の歌集までさかのぼっているのであれば、

ことほぎの歴史が自然と日本人の接点にあること、
長い時代にわたり土地の盛んな自然を尊重する共栄の意識があったこと、

遠い昔から自然に寄せて命をことほぐ古い習俗が広く行われていたこと、

日本の文化や伝統、信仰や芸能、思想た生活は、
こうした素朴な、土地の自然と人に融通する共生の感覚に根差し、
展開したものであることを
どうして見ることがないのだろう。

それがふしぎ。



日本の文化の太い根となっている祝福の意識と歴史は、
遠い昔の詞章や和歌の中に見えるだけでなく、
今も伝統文化の中に満ち満ちている。
ついこの間のお正月のおせち料理ににだって満ちてる。
生活の中に溶けている。
類感的感覚。

「君が代」もその末のひとつである日本の祝福の、ことほぎの系譜を見ることは、
古来の日本文化、日本人の生活や思想の根を理解し自覚し、
体感することにつながる。


「君が代」の詞にも、
日本のはるか昔からの自然に寄せた祈りの習俗はまだつづいているから。

その点で君が代は、実に、実に日本的な歌にも聞こえる。
骨の髄まで・・といった印象。

先の戦争の苦しみと悲しみから、
祝福の歴史を見ることなくただ君が代の息を止めようとすることは、
日本という国の根本を否定することにも思える。

国歌を別のものにするかしないかの是非は別にして、
君が代をめぐる議論が、
いつも、君が代から見える日本の、
はるかなことほぎの、祝福の水流を知ることにつながることを願う。

こうした類感の感覚は、
森羅万象に命を見るというような、
日本の文化や習俗、思考のベースになっているものだから。


私にとっては、
国歌として君が代を拒否する理由なら、
例えば、かつての原始的な未開の習俗の名残だから、というもののほうが、
まだ理解しやすい。





・2013-02-06 日本の命の概念
大陸的な考え方では、命はもっぱら動物、また植物の生命のことを指す。
(今は日本人にもこれに近い考え方だろうか。)

古来の日本の命は、
その生命力、圧倒的な力、横溢するエネルギーのことを、命と感じていた。

したがって、山にも岩にも命がある。
滝も水の流れも、風も、命そのものだ。
光も、音も。何かの中におこる力や性質自体も、
と昔の日本人は思っていた。


ごく古い時代の日本のこうしたイノチの感覚が、やがて、
日本における精霊やタマの概念になり、日本における神の概念になり、
仏教が入ってからは民俗信仰と習合した仏の概念になっていった。
日本の信仰の流れ。

かつて命はエネルギーのようなものに概念されていたので、
古い時代の日本では、命の概念で生物と無生物は分かれない。

したがって日本では、
森羅万象に命があり、森羅万象に神が宿り、岩にも木にも仏がいるとされてきた。
古来の日本の神の概念と、大陸的な神の概念とは違う。

こうした古来の命の感覚の流れから、
日本では、例えば人工物である刀の持つ力・性質を神として祀ることになり、
なにかの中の鎮まらない力、あらぶる力も、神となっていった。

日本の神はたとえば全知全能の神という観念とは異なる。あたりまえだけど・・・。


日本の信仰の行為ないし芸能の行為の根本は、
こうした力に伝染する(=あやかる)ことを期待するもの。
またはその力をなだめ、慰めコントロールしようとするもの。

神威の満ちた祓い串で穢れを祓う行為も、
寺社で神仏にささげるため行われる法楽の芸能なども、
願いをかなえようとする重いとともに複雑化形式化したが、もともとはそれだ。

寺社で買うお守りなどの授与品は、
その横溢する力の及ぶものを受け取ることで
その力が自分に伝染しますように(=あやかりますように)と期待した、
遠い昔からの人々の切実な願いの行為の伝統だ。




日本の古いことほぎの伝統。
そのおまじないのような、切実な祈りの習俗。

ことほぎは、自然に寄せてイノチが盛んで栄えることを祈る。
横溢する自然の命の祝福がイノチに反映するように願われた。

ことほぎの特長は、
周囲と無関係に個人を祈るものではないということ。

つながりあっている森羅万象、国土草木(山川草木)、全てのイノチが、
共に盛んであればこそのもので、
共に盛んで長く栄えることを祈る類感的共栄の思想に基づく。

これは抽象的で体系化された思想ができるより前の、
自然で素朴な、身体的な共感の感覚に基づくいている。

その根元にあるものは、
今も我々が感じる、
横溢する自然の生命力にふれる時に感じる祝福感であっただろうと思う。
・2011-02-16 君が代 02



狩猟とは。栽培とは違う、くりかえす自然のイノチのチカラめでたさの獲得。
・2009-09-23 中世芸能の発生 203 狩猟 採取



生と死をくりかえしくりかえしつづいていく 自然 祝福
・2011-02-16 中世芸能の発生 380 輪廻 遷宮 遷都
死を生に含む。命の全体性。
古い自然は、くりかえし、くりかえし、
これまでも、これからも、つづいていく命の栄えの象徴。



静御前。 よごと(祝言) くりかえす「ヨ」をことほぐ。
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし


芸能。ことほぎする人々。和歌とことほぎのつながり。
・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能


自然に寄せて願う習俗
・2010-02-14 中世芸能の発生 295 奄美のユミグトゥ(ヨミゴト)


ほうほう蛍 まじないのことば
・2009-12-11 中世芸能の発生 263 ほうほう蛍 まじないのことば
神仏の概念以前の祈り。神仏を媒介しない祈り




万葉集歌。 寿詞 よごと。
新しい年のはじめの、新春の今日を降りしきる雪のように、
新(あらた)しき年の始(はじめ)の初春の今日降る雪のいや重(し)け吉事(よごと)
・2009-12-12 中世芸能の発生 264 いや重(し)け吉事(よごと)
この歌は、
家持がそれまでに詠んだ初春の寿歌よりもっと。余計のない、
直接的な、祈りに満ちた
ことばの発動であったと思う。

好きだ。大伴家持。




・2010-03-16 中世芸能の発生 297 土地の木
古来神聖とされた木。
ケヤキ(欅、槻) カシ(樫、橿) ブナ シイ(椎) ナラ(楢) カツラ(楓、桂) スギ(杉) サカキ(榊)の類 ツバキ(椿) 他。 
これらはめずらしい木でなく、一般的な木。古くから自生している木。

神話や古い歌や詞章に、
これら土地に多く生えて、立派に繁る木が讃えられている。

そのことだけでも、昔の人の、
命が盛んなことへのあこがれを感じる。
命が盛んなことが何よりも重視されていたことがわかる。

それは物(木)への崇拝でなく、
物(木)に宿っている命の力への崇拝だ。

一般的な木、土地の木は、強く育つ。多く繁殖する。
そのことにめでたさを見ていた。

古来神聖とされた木ひとつを取り上げても、
その底に、これまでもこれからもつづく生命力の盛んさへのあこがれと、
土地の自然がある。
・2010-02-04 中世芸能の発生 268 古代における聖性とは




万葉集に見る、花をささげること。
・2010-02-11 中世芸能の発生 274 イノチ ユリの花



■■ 日本の「イノリ」の変化  
切実な願い イノリ の変化
古い行事や詞章に見る、現代の祈りと異なる イノリ の概念の変化。 

-----------------------------------------------------------
・2009-12-07 中世芸能の発生 259 類感 感応
・2009-12-08 中世芸能の発生 260 呪術・宗教と身体感覚
どろどろどんどんと地が鳴るような土地に立つと、
私の身体の細胞もわき立って地鳴りがするよう。
ぴちぴちしたところに行けば、こちらもぴちぴちする。

身体で、こうした実際的な感応を経験するからこそ、
昔の人々にとってものとものとの間の類感の及ぶ力が信じられただろう。

身体の感応。
予祝や呪文というのは、こうしたところに生まれる。

田遊びのように、その年の農作業の始まる前に、
あらかじめ一年の農作業を真似て豊かな実りを収穫するまでを模倣する行事は、
それに田の精霊がかぶれてその通りになるようにという
稲の豊作を願う予祝儀礼であるが、

感応の実感がなければ、
言祝ぎや予祝の行為にモノや精霊がかぶれて、
そのような結果を生じるという期待もされない。
観念的な思想の発達は、それよりも後だ。

呪術や宗教のはじまりは、
身体感覚と密接だっただろう。

身体をとおして自然をきく。

はじまりはとてもシンプル。




強制、命令の イノリ  イ罵(の)り 
・2010-06-04 中世芸能の発生 319 宜(ノル) 祝詞(ノリト) 法(ノリ) 呪(ノロフ)

・2010-06-05 中世芸能の発生 320 祈(イノ)リ イ罵(ノ)り
たとえば蛍を呼んだり、明日天気になれ、と強く願う時、
我々のことばは命令になる。

霊(タマ、魂、精霊、神)の概念ができ、
ものに霊(タマ、魂、精霊、神)があると信じられるようになれば、
その命令は、霊(タマ、魂、精霊、神)に対しての命令になる。

それがことばによる命令ならば、
ものの霊(タマ、魂、精霊、神)に影響を与えることばの威力が、
言霊(ことだま)ということばの霊力(タマ、魂、精霊、神)である。

物事がその通りになってほしいという願いと結果を、
ものの霊(タマ、魂、精霊、神)にかまけさせ(類感させ)て、
その通りの結果が得られるように、
よごとは唱えられ予祝がされてきた。

・・・
「イ罵(ノ)り」。
実際には、何かの実現を願う時、
必ずしも命令的な行為ばかりすることはないけれど。

それでもこれは
神の概念を知る前の、神を媒介として頼む前の、
ごくごく原始的で素朴な、切実な、願いの形だったと思う。

何かを強く願う時、
「祈(イノ)リ」は「イ罵(ノ)り」だったのではないかと思う。




自他の分離のない時代のイノリ
・2010-06-21 中世芸能の発生 330 主客の分かれないところ 宗教の原型
自然信仰の色の強い古い民俗信仰は、
一神教に相対するかたちで、多神教や汎神論と考えられることが多いけど、
そのようには思えない。

一神教、多神教、汎神論は、
やはり魂や神や概念ができてからのもの。
新しく感じられる。

原始的な民俗信仰の原型は、主客の分かれないところにある。

神と人、のように個々に相対化しようのないもの、

自然との境のない、

主客のない感覚が、
宗教の原型だったと思う。


・2008-06-03 自然と我 06
・2008-06-01 自然と我 04 古代の信仰
自然に畏敬の念をおぼえ、
自然のありように、止まずときめくとき、
原始的な感覚が、身体を通じて、意識の底からのぼってきて、

具体的に何を祈るということはないけれども、
自、他の意識をはっきり分かれる前は、
自然や、
後の時代の、概念された神仏に祈る時は、
同時に、自分の中の自然を祈っている。




万葉集に見る、イノリの変化。
霊魂や神仏の概念の登場にともなうイノリの変化。

神「を」祈る。
万葉集“神「を」祈る”から“神「に」祈る”へ  類から個へ
・2010-08-25 中世芸能の発生 348 神「を」祈る 融通念仏
・2010-08-26 中世芸能の発生 349 神「を」祈る イ罵(の)り
・2010-08-27 中世芸能の発生 350 神「を」祈る 神「を」祈(の)む
・2010-08-29 中世芸能の発生 351 神「を」祈る 宗教の瞬間 他力本願
・2010-08-29 中世芸能の発生 351 神「を」祈る 宗教の瞬間 他力本願
万葉集では「神“に”祈る」ことを「神“を”祈る」という。

万葉集に神を祈る歌は数多くあるが、
現代の表現のように「神“に”祈る」を書かれたものは一首もない。

後の時代から現代にいたるまでの表現「神“に”祈る」の場合、
神は自分から分離して「対象」になっている。

それより前の「神“を”祈る」は、神と自分が分離していない。

自然がひびけば自分もひびく(はやし)。
大昔は、自他の境のない、主客のない感覚があったと思う。

境がないから「対象」とならない。
自然との境のない、個々に相対化しようのないものだ。

自然と人の距離ができ自然を体感することから離れ、
身体感覚より優先するものができいって、
自他は分離していく。

自然と密だった原始的、実感的な信仰の時代を過ぎ、
やがて哲学的、観念的な思想を持つ宗教が誕生して、
風土や身体感覚を超えて精神的な救済をする方向へ向かおうとする。


日本の信仰の特徴として、
木も石も全てのものに命が宿っている、とか、
森羅万象全てに仏性がある、という考え方をあげられているのをよく見る。

私は、それは、
一人につき一つ心臓があるような、個別に神仏が宿るイメージでなく、
もともとは自他の境のないイノチの実感からきていたと思う。

念仏が溶け合って和合する融通念仏の発想も、
そんな感覚が影響していたのではないか。




万葉集歌のイノリの表現
「天地(あめつち)の神を祈りて」の表現に、
あまねくある神々の印象がある。

万葉の人々は、
例えば天上などどこか「に」いる神に向かって祈るのでなく、
すべてにいきわたっている神「を」祈る感覚があったと思う。

以上、万葉集中の神「を」祈るの表現からも、
万葉時代の人々にとって神は
自分から分離した客観的な「対象」になっておらず、

天地にあまねくあって自分にもある、
万葉の人々の、自と他が未分化の感覚を見ることができると思う。
・2009-11-08 中世芸能の発生 239 さぶるこころさまねし

このことは、相対化され個別化していく霊や神の概念以前の、
自他の境のない、
ものごとが融通している世界観(身体感)の名残と思う。

力説。孤軍奮闘か。にゃはは。





類感とは
・2009-12-07 中世芸能の発生 259 類感 感応
・2010-05-15 中世芸能の発生 310 くすり 呪術


日本人が似た意味、似た性質のものを、
願いとともにひたすら重ねてきたこと。

おせち料理 ふくらすずめ
・2009-10-28 中世芸能の発生 233 ふくらすずめ
おせち料理の豆が「まめに暮らせるように」、
たつくりは田作り、昆布はよろこぶ、栗が勝ち栗などと言われて、
おせち料理のいわれは今ではまるでだじゃれのように思う。
けどそれは、昔の人の、
恵みと感謝の奉げもので、
それらの力の伝染を願うマジカルなことへの期待だったのでしょう。

似た言葉、似た意味を重ねることで、
そうなりますように、っていう祈り。予祝のような。

この可愛いふくらすずめの鈴も、
鈴とすずめ、ふくらと福来、米のあるところに雀などの
いくつものおめでたい意味とイメージを重ねて
幸福が願われてきたんだろう。

昔の人たちがそうした行為をやめずにずっとしてきたことの、
絶えない動機、
ことばにならない切実さが心を打つ。




類感から宮中儀礼への展開

菜摘み
・2012-11-27 中世芸能の発生 448 花の思想 いけばな
春に力のこもったみずみずしい草を摘むという、
万葉の時代よりもっと古い時代からの命の願いに満ちたこの素朴な習俗も、
他の諸々と同じように、大陸の春に薬草を摘む行事の意味などを重ね、習合しつつ、
宮廷の儀式にも整えられていった。

左近の桜・右近の橘  正月の鏡餅の上に載せるダイダイ(橙)
・2011-02-20 中世芸能の発生 381 時じくの香の木の実 橘 菓子

お花見 国見、山見、鳥を見ること の習俗  
・2011-02-24 中世芸能の発生 382 ビターオレンジ ダイダイ(橙)



祭りにおける類感の習俗

相撲の四股(しこ)
・2009-05-13 中世芸能の発生 131 だだ 足踏み
お相撲は塩まいて、紙垂を垂らして、弓取って、
あの力足(四股)は、
命をゆさぶり活気づけるたまふりと、鎮める鎮魂の足踏み、

東大寺 修二会 だだ 呪師走り
・2010-06-15 中世芸能の発生 324 後戸 後堂 しんとくまる
祭礼で大きな音や乱声でイノチ(霊威)を活発化させる。
また芸能で喜ばせて霊威を活発化させる。
霊威が活発化した結果として、魔もはらわれる。=ご利益がある




・2010-06-25 中世芸能の発生 332 類感から魂の概念への移行 翡翠(ひすい)



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by moriheiku | 2013-01-11 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 450 除夜の鐘 清め祓い 大乗の音


つづき


かつては、
年の明ける前の大晦日の夜に、
清らかな除夜の鐘の音を隅々まで響かせて、

清らかな梵鐘の響きに自然も土地も(国土草木)人も清まって、
新しい年を迎えようとした。


それは原始的なもの人の共感の実感にもとづく古来の習俗から
やがて神道につながった祓い清めの意識であり、

仏の御恩を国土に満たそうとした日本の仏教の、
大乗の意識でもあり。



しかし現代では、祈りはごく個人的なことがほとんどで。

他者や自然を祈ることは、個人を祈ることと同じことだと思うのだけれども。


どこへいってしまったんだろう。


除夜の鐘の音に、かつてあった、大乗の意識を聞いていた。






・2012-12-20 梵鐘の音 除夜の鐘
代々寺院の梵鐘を作ってこられた鋳物師の方が、
つく鐘の「ごーーー~~~~~んーー…」の音は、
仏の御恩(ごおん)の音を連想されるような音にとおっしゃっていた。

古典を見ると、梵鐘の音は、
清らかさの極まる音として日本人の耳に響いてきたようだ。



・2012-12-23 梵鐘の国
“仏教の信念がどれだけ実生活を支配してゐるか、それにはいろいろの見方もあるであらう。けれどもかつてのその隆昌の形は今もなほ、此鐘の音に残つてゐると思つた。しかしふりかへつて見ると、日本の全国が一面からいふと鐘の国であり、仏教の国である。”

戦争が終わって70年近くたった。
今、戦争による鐘(金属)の供出がなくても、
人々から鐘の音は遠くなった。

仏教からも、
天(あめ)の下、国土と人々の隅々まで満たす除夜の祈りからも、
静かに鐘の音を聞く敬虔な心持ちからも、
遠くなったんだろう。

何事もなければ数百年はほとんど変わらない音を鳴らす鐘。
戦争と、人の心の変化と、どちらが鐘の音を消すのかなと思った。



・2012-12-19 中世芸能の発生 449 類感とダジャレと伝統文化
梵鐘の音に聞く、日本人の類感的思考。




似た性質のものを重ねていったもの。
・2010-05-05 中世芸能の発生 304 仏塔 心柱 刹柱
・2011-09-25 中世芸能の発生 414 笠の民俗  傘 衣笠

・2010-02-14  中世芸能の発生 281 青幡(あをはた) 旗 幡 ハタ
ハタの華麗なものとしては、東大寺の開眼会のような、
仏教の幡(ばん)のひろめくさまを空想する。

あれは大陸のものではあるけれども、
昔の人々は、必ず、
古いハタのひらめくさまを重ねて感じていたものと思う。

時代が下り、賀茂祭、射礼のあれに、染(し)め木綿(ゆふ)、
五色の垂(しで)を垂らしたこと、

今も葬列の先頭の、髭を長く残した花籠や、
竿に細長い白布を長く垂らすのも似ている。

遠い昔のハタのイメージは、
例えば、鯉のぼりの一番上の吹き流しに、わりによく残っているだろうか。

ひらひらとひるがえる幡に私たちの心身はゆさぶられる。




・2011-10-04 中世芸能の発生 418 意味の変遷
長い時代いつもありつづけた物は、
時代によってそれの持つ意味が変わる。

ある時代におけるその物の意味が、
その時代を生きる人にとっての真実だと思う。

けど、その物のありようを見るとき、
その物のもともとの性質が、
時代時代のその物の意味を生んでいるように見える。




つづく
by moriheiku | 2013-01-10 08:00 | 音と笛のまわり