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満月



薄い雲が走り、時折月は隠れる。

満月の前。東の空。


杉の先端の黒いシルエットが空に揺れている。

辺縁の蔓類や、山を覆う広葉樹の葉がこすれて、山は鳴っている。


今年虫の音が少ない。

まだ草は月の明かりに光っている。

山で私は息を吹きかえす。


水の匂いはあまり強まってきてはいない。

嵐が通過するのはあと数時間後。
by moriheiku | 2012-09-30 08:00 | つれづれ

半月



コンビニの駐車場で、半分の月を見た。

広く開けた駐車場の南、

夕暮れの残光がわずかに残る空に輝く。

日没後の冷えた大気が肌を通る。
by moriheiku | 2012-09-29 08:00 | つれづれ

三日月



西南西の三日月を見た。

目をこらしても他の星はなぜかひとつも見えない。

あの三日月の下の、低い山を越えると海。
by moriheiku | 2012-09-28 08:00 | つれづれ

新月



月の隠れる新月の日は、星がたくさん見えた。

星が最も散らばる真上を、見上げながら、

谷を東に下った。
by moriheiku | 2012-09-27 08:00 | つれづれ

良い音



素直で、熱心で、いい子。
良く育ちました。

ご両親様はうれしいことでしょう。


メリハリのある音が聞こえた。

良い音があることがうれしかった。


皮膚に浸みこむような気味悪い音をもう聞かなくていい。



技術や道具の良し悪しとは別の音。

この子に会うことはこれからほとんどないだろうと思うけど、
音、聞かせていただけてよかった。
by moriheiku | 2012-09-26 08:00 | 音と笛のまわり

水槽



そのソリストはやっぱりアンコールのソロ演奏が一番良かった。

水を得た魚のように音はぴちぴちして、
コンサートホールの中空を縦横に泳いでいた。


プログラムの演奏が力奏であることは
聞きながら充分感じていたけれど、
力奏と思いつつも眠くなっていたあたしは、
アンコールの音が鳴り始めたとたんすっかり目が覚めて、
泳ぐ音と同じ水槽の中にいる気分だった。
by moriheiku | 2012-09-25 08:00 | 音と笛のまわり

呼ぶ声



「何の演奏会だったっけ?」
「○○フィル!」


早春?二月頃、行こうと誘われて、
いつものように調子良くその場で「いいよー!」と答えた演奏会。

そして「そのコンサート、いつ?」って聞いたら「十月」
って言うから、
「そんな先のこと、想像つかない」って言ったんだった。

けどその十月は来た。



春頃、五月頃だったかな、

「温泉に行こうよ」って言われて、
「わ~いいね、温泉♪」って答えた。

「いつ行くの?」って聞いたら「十月頃」
って言うから、
ほんと、すごくがっかりして、
「そんなに先のこと、なんにもわかんない」って言ったんだった。

九月になって
「ね、予約しておいて良かったでしょう!」って言われて、
「うん。どうもありがとう!」と答えた。

ほんのほんの二三日の気負わない小さな旅行の計画の幸せ。


私は先のことなんにもわからなくって、
いつもその場で刹那的に動くだけ。


もっとずっと先の方から呼んでくれて、
はっと顔を起こすことができることの幸運。
by moriheiku | 2012-09-24 08:00 | つれづれ

中世芸能の発生 447 一ノ瀬、二ノ瀬、三ノ瀬 滝 こぶ取りの翁


つづき


野本寛一(著)『神と自然の景観論  信仰環境を読む』では、

静岡県藤枝市の「宇嶺(うとうげ)の滝」は、
川(山)を上流にさかのぼりながら
一ノ瀬、二ノ瀬、三ノ瀬と垢離(こり)・禊(みそぎ)をくり返した最後の、
禊や修行や祈願をしめくくった滝と考えられ、

「宇嶺(うとうげ)の滝」という名については、
禊を完結させしめくくる「打ち上げの滝」の音転であると結論されている。


かつて祈願や行の方法として
一ノ瀬、二ノ瀬、三ノ瀬と水で垢離、禊をくり返す行程があったことは
各地の痕跡や史料からも確かであるとして、

「宇嶺(うとうげ)」が「打ち上げ」の音転だったかは、
現在私にはわからない。


また「宇嶺(うとうげ)の滝」の上流にある高根白山神社の社伝他から、
文治四年(1188)にこの山に白山系の修験道が入ったと考えられるが、

白山の修験道で垢離(こり)や行の完成となる部分を
「打ち上げ」と言うのかどうかも、
今すぐは私には確認できない。(近いうち調べるつもり。)


それでも『神と自然の景観論』中、滝について述べられたこの個所で
私が興味深く思ったのは、
この本に掲載されている具体的な事例よりむしろ、

一ノ瀬 → 二ノ瀬 → 三ノ瀬 → 打ち上げ 

と至る心象についてだ。



お能の笛のお稽古で習ったんだけど、
曲の終わりに「打ち上げ留め」(打上留メ)という留め方(終わり方)がある。

「打ち上げ留め」(打上留メ)は、
鼓や太鼓も高まって盛りあがって終わる留め方(終わり方)で、
笛はお能の笛らしい高いピーーーってぇ音で留める。

行事の終わりにする宴会を「打ち上げ」って言うけれど、
その語源は邦楽と聞いたことがある。
邦楽の鳴り物のバチなどを華やかに?打ち合わせて終わる(留める、区切りをつける)
ことからきたことばのようだ。
(NHKのことばおじさんによると)。


邦楽に全く詳しくなく、お能もほぼ知らないんだけど、
お能のごく基本的な曲の進行は、

初段 → 二段 → 三段 → (四段 → 五段 →) 打ち上げ留め

って感じか。(他の留め方も習った)

打上留メのある曲で
『神舞』(中でも速い水波之伝)なんかは
木々の間、岩肌を、激しく駈け下る水のようで
とても好きだと思った。

『高砂』や滝の出てくる『養老』の時する曲だって、
もうずっと前、大きい先生がいらした時に教えて下さった。


『養老』の歌詞(謡)、


“我ハこの山 山神の宮居 又ハ楊柳観音菩薩 

 神と云ひ 仏と云ひ ただこれ水波の隔てにて

 衆生済度の方便の声 

 峰の嵐や 谷乃水音滔々と

 拍子を揃へて 音楽の響き 

 瀧(たき たぎ)つ心を澄ましつつ 諸天来御の影向かな”
 

にも、心はたぎ(滝)り、澄んでいく心地する。



中世に完成した能に、山伏が多く登場する。

古い時代の猿楽のうち
現代まで伝統芸能で伝わっている中世に大成したお能に語られる仏教は、
古来の民俗信仰の色濃い仏教で、
民俗信仰の色濃い山伏と芸能者はその意味でも近かった。
昔の山の僧は舞を舞った(三塔比叡山の遊僧、弁慶の延年の舞)。


(現代に、お能の中の高度な仏教の教理を見て
お能を高く位置づけようとするものもあるけれども、
それには私は賛成できない。
お能のありかたはまさに、古来の信仰に様々の融合し日本化した民俗信仰としての仏教。
一部の限られた僧侶の語る高度な仏教ではない、
無数の人々にとっての信仰の形をしているから。
幾層の人々の生活を土壌にして咲く花に見える。
価値を高度な教理にもたれかかる必要を見出せない。民俗の血のような価値を見る。)



現在の修験道は時代とともに変化して、
中世期よりもずいぶん仏教に近い宗教になっているようだ。
中世期の修験道は
人里離れた山林で修行し超人的な験力を得ようとする道教的傾向や
日本古来の自然に対する信仰の色がより強かった。



邦楽の鳴り物の、お囃子の、
初段、二段、三段、と上ってきて、打ち上げ留めで留める心象は、

一ノ瀬、二ノ瀬、三ノ瀬・・・と禊(みそぎ)水垢離(こり)をくり返し、
禊と行を完成させる高揚感と、
その心象は全く無縁ではないのではと思った。


オーケストラの
第一楽章、第二楽章、第三楽章でフィナーレってのとはちょっと進行がちがって、
進むにつれて澄んでイの満ち満ちてく感じが、
似ている気がした。




昔、山での行の完成の後は、延年(打ち上げ)行われた。
行を終えたばかりの自然のイが身体ぴっちぴちに満ちた状態で、
験力を競う験力較べをしたそうだ。

昔話になって伝わる『宇治拾遺物語』こぶ取りじいさんのお話。

翁(こぶ取りじいさん)は山奥で鬼の集まる宴に出会う。
鬼たちが次々舞うのを翁はものかげから見ていたが、
我慢しきれず自分も出て行って舞った。

五来重に、この話の原型は、
鬼の宴は山中の行を終えた山伏の延年で、

鬼のする、こぶを取ったり付けたりは、
山伏(修験者)や僧が修行で得た験を競う験競べ(験比べ げんくらべ)であった
とあった。

私は物語が活き活きと目の前に展開するように感じた。







こぶ取りじいさんは、こぶをとってもらいました。

こぶを取ったりくっつけたりできるんだよ。


山伏の打ち上げ 大宴会と舞と験力くらべ
・2009-09-26 中世芸能の発生 206 山伏の延年

呪師の舞に近いもの 山伏の舞 遊僧の舞

弁慶は遊僧だったといわれる。
山岳仏教の僧は、舞を舞った。

呪の動作、
日常と違う動きに、この世でないようななものを認め、
その動きは洗練されて舞になった。

山野で厳しい行を行う修験者(山伏)や山の僧の身体に宿った
山の精気のあふれた舞は、
ひときわ心を動かすものだっただろう。

山村の神楽の後に、
精魂つくした行や法会後の
延年が思われる。

延年は次第に風流化する。







養老 滝 

谷の水音滔々と  たき(激 滝 瀧 たぎ)つ心
・2008-09-26 水波之伝
養老の中で
水と波は本来同じものであるように、
神と仏は本来は一体である。
神と仏は、本来一体であると神仏習合を説明してる。水波之伝。


中世の作者が感じる神は、
ちはやぶる、そしてスカッと、颯爽としたエネルギーの神だったのだなあ。

大きい先生の笛の音がそういう音だったから。


このお能の作者が最も心を動かしているのは、
山神でも楊柳観音菩薩でもなく、
作者の心を動かしているのは、
峰の嵐や 谷を駆け下る水の音、滝の音だと思う。
それはきっと古い芸能の根元だ。

ちはやぶる
・2008-10-03 中世の人の感性
大きい先生が吹かれた笛はおだやかな老人じゃない。

古代の日本人は、自然の作用、威力をカミと見た。いちはやぶる力。
神舞は、ちはやぶる、颯爽とした神様の舞だ。
猿楽(能)を作った中世の人は、神をそのように感じたんだ。







『日本霊異記』
「経を負い、鉢を捧げて、食を街衢の間に乞う」半僧半俗の僧尼たちによって説かれた
民衆にとっての仏教は、
インドの正式な仏教でなく、
日本の民俗信仰と融合した日本化された仏教なのであって、

そのため、民間に伝わる説話やお伽噺、あるいは芸能に、
仏教を民間に根付かせるための宗教者たちの工夫や、
当時の民衆の宗教意識を見ることができる。

日本の仏教は神道のように感じられることがあると聞いた。
優婆塞らが問いたような原始的な自然信仰、山岳信仰や神道、道教や陰陽など入りまじる
日本の民衆にとっての仏教は、

インドや大陸から見ると正式な仏教といえないかもしれないが、
当時の大多数の人々にとっての真実だった。


・・
中世芸能は、こうした宗教観の上に開いている。
純だから崇高、ではない。
中世芸能は、俗だから普遍。ではなかったか。

私は、中世芸能の深み(すごみ)は、
中世意識の総体であることの深みにあると思う。

中世芸能はたったそれきりのまれに咲いためずらしい花ではなくて、
人々の命、自然の命、生活や経済、宗教、
あらゆるものを通ってひらいた花だと思う。

血のようだ。

・2009-05-25 中世芸能の発生 133 俗の土壌
・2009-05-26 中世芸能の発生 134 芸能の担い手
・2009-05-28 中世芸能の発生 136 優しい誤解







勧進と芸能 芸能の芸術化について
・2010-05-10 中世芸能の発生 305 勧進と芸能




半僧半俗の人たち 優婆塞、芸能者

自然居士ってプロモーターのような人だったかな
・2008/07/21 中世 07 芸能の独立

半僧半俗であること
・2009-06-14 中世芸能の発生 149 優婆塞の衆生救済意識








呪師(咒師)、 法呪師(僧侶の呪師)、 猿楽呪師、 猿楽、 猿楽能、 中世の能

少しだけ学術的なふりをしてみました。

・2010-11-07 中世芸能の発生 362 呪師
・2010-11-08 中世芸能の発生 363 呪師走り
・2010-11-09 中世芸能の発生 364 法呪師
・2010-11-10 中世芸能の発生 365 猿楽呪師

法呪師(僧侶の呪師)と猿楽呪師も、違いがある。
法呪師のする結界や清め等の行為は、仏教の意味を強めた呪的行為と考えている。

対して猿楽呪師は、呪の動作が洗練されていった、
より芸能に近いものだったと考えられる。





後戸の芸能  呪術から芸能へ。  呪師 猿楽 東大寺 興福寺 
・2010-06-15 中世芸能の発生 324 後戸 後堂 しんとくまる




『万葉集』の中の滝 垂水 ほとばしる水
・2010-08-30 中世芸能の発生 352 滝 木綿花
・2010-09-02 中世芸能の発生 353 ことほぎ 自然
・2011-03-03 中世芸能の発生 385 石走(いはばし)る垂水(たるみ) 祝福
石(いは)ばしる垂水(たるみ)の上(うへ)のさ蕨(わらび)の萌(も)え出づる春になりにけるかも (1418)
命幸(いのちさき)く久しくよけむ石走(いはばし)る垂水(たるみ)の水をむすびて飲みつ (1142)
山高み白木綿花(しらゆふはな)に落ち激(たぎ)つ滝(たき)の河内(かふち)は見れど飽かぬかも (909)
他、数首。
万葉人が見飽きないと歌に称えた滝。
今も山間を駈けくだる水を見れば、
その音に、細かくあたる水飛沫に、山と水の匂いに、木綿花のように咲きつづける水に、
心は躍って(激(たぎ))って息を吹き返す。






・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元
白い水




つづく
by moriheiku | 2012-09-13 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 446 三つの瀬 三途(さんず)の川 垢離 禊



つづき


折口信夫
“行ふ場所が土地によつて、何処の水、何処の瀬と定まつていて、一ノ瀬、二ノ瀬、三ノ瀬と禊をくり返しながら、山に登つたのである。そして、若し禊をするのに適した滝があれば其処で行ふのが一番よかつたと思はれる。”

上記折口の文が、野本寛一(著)『神と自然の景観論  信仰環境を読む』にあった。
出典の記載がなくわからないが、この引用文前後の野本さんの文を興味深く読んだ。


静岡県藤枝市倉田、標高450メートルほどにある高地集落のはずれに、
高さ約70メートルの「宇嶺(うとうげ)の滝」があるそうだ。

その宇嶺(うとうげ)の滝の水源の高根山、770メートルに高根白山神社がある。
文治四年(1188)に勧請(社伝、『駿河志料』)。
この時期白山修験が入ったと思われる。

滝を下って下流1キロ地点、川の合流点は、垢離取川(こりとりがわ)と呼ばれていた。
(『駿河志料』)

垢離取川をさらに下流1.5キロほど下ったところに、
市之瀬(いちのせ)という集落がある。


※垢離(こり) 水垢離(みずごり)
------------------------------------------
垢離(こり)は、水を浴びて身心の罪や穢れを清めること。禊(みそぎ)と同じ。
日本の仏教と修験道で垢離(こり)、水垢離(みずごり)と言う。
神仏に祈願する前にも行う。
------------------------------------------


『神と自然の景観論  信仰環境を読む』では、
市之瀬という集落名は、
垢離(こり)禊(みそぎ)をする場だった一ノ瀬を起源としているだろうとのこと。
山に詣でた人は、川をさかのぼりながら二ノ瀬、三ノ瀬と垢離、禊をくりかえし、
「宇嶺(うとうげ)の滝」で禊を完結させしめくくったと考えられる。
そして“遠目にしるきこの大滝”(「宇嶺(うとうげ)の滝」)は、
禊の完結させしめくくる「打ち上げの滝」の音転であると述べられる。


古い時代には、日本各地の山が山岳系仏教や修験道の修行の場だった。
私の住んでいる平地から見渡す山一帯も、その面影が残っている。
(このあたりは海の修験も連なっている。)
こういう山のある環境は特別でない。
今は忘れられているけど、昔はほんとに日本各地の山々が、って感じだった。
もちろんその山々は民俗信仰や神道の聖地でもあった。
それらはみんな混じり合っていた経緯があるので。

山岳修行のある修験道は近い時代まで盛んだったから、
一ノ瀬、二ノ瀬、三ノ瀬、滝のある山は、
さまざまの信仰の重なりがありながらも、
今は修験道の修行の山という印象が最も強いことが多いだろうか。


一ノ瀬、二ノ瀬、三ノ瀬の地名もそういう場所に残っている。
(市之瀬、一之瀬、他類似の字や音のこともある)

本に例があげられていた藤枝市の他、
これまで聞いたことのある場所としては、
秩父や、養老の滝のある鈴鹿山系、
そうそう熊野詣の参詣道である小栗街道にもあって、
熊野に詣でる禊の一ノ瀬は一ノ瀬王子(清水王子の別名も)となっている。





小栗街道 熊野詣の熊野街道

関東の上野が原から紀州熊野へはるばると。
人々が誰かの供養のためにと小栗の車を引いて小栗はすこしづつ熊野へと進み、
ついに熊野の湯につかって復活する。

小栗判官
・2008-10-18 中世芸能の発生 44 だんじり 山車




これ↓打っておいてよかったな・・。自分のためには。
これを打ったので水垢離(みずごり)禊(みそぎ)の瀬について
少し幅を広げて見ることができたかもしれない。
三年も前なの・・
私は少しづつ進んでいるような。
まるで進んでいないような。
同じところをぐるぐる歩いているだけ、かもしれない。・・・涙がポロリ。

みつ  水  三途の川  三つの瀬  みつせ  禊の川  精進川
・2009-08-27 中世芸能の発生 191 三途の川
三途(さんずの)の川について。 三つの瀬。

民俗信仰的意味と、神道的意義や、さらに仏教的意味が重なっていったこと。

原典のみを仏教と信じることのできたごく限られた人々はともかく、
一般の人々は、この世とあの世のさかいに三途の川があり、
死者の魂は、三途の川をわたってあの世へ行くと思っていた。



万葉集の三川(みつかは) 
万葉集に詠まれたみつかわ(三川)のみつに古い若水の匂いが香る。
・2008-01-14 みつ 03 常世の水のとどく川




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仏教の三つの瀬

原典のみを仏教と信じることのできたごく限られた人々はともかく、
一般の人々は、この世とあの世のさかいに三途の川があり、
死者の魂は、三途の川をわたってあの世へ行くと思っていた。



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神道の三つの瀬

(たとえば、記紀の伊弉諾命(いざなぎのみこと)が黄泉国から帰ったとき、
日向の小戸の橘の檍原での禊除(みそぎはらい)に、
「上瀬は是れ太(はなは)だ疾(はや)し。下瀬は是れ太だ弱し。便ち中瀬に濯ぎたまひき」)



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古来の「みつ」 水 みちる水 みずみずしい水のみつ  禊の渚  若水
・2008-01-12 みつ 01 水 折口信夫




つづく
by moriheiku | 2012-09-12 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 445 峠(とうげ) 手向け(たむけ) たわむ たわ越え(たわごえ) 性質語から名詞他へ



つづき


峠(とうげ)という語は、

「たわむ」「たわみ」という語からきていると考えられたり、
峠を越える時(次の土地に入るということで)
土地の神への供え物をする「手向け(たむけ)」からきていると言われたりしている。

私は、ことばはまず性質を表す語(音)があり、
それを語根としてその性質を含む名詞動詞形容詞などの語ができていったと考えるので、

峠は、性質をあらわす「たわ」を語根としてできた語で、
「手向け(たむけ)」の意味を重ねていったものだろうと推測している。

昔の人は、坂越えという難所にあっても、
できるだけとおりやすい「たわ」んだ場所を選んで通っただろうから。

通りやすい場所が自然と道になる。



野本 寛一『神と自然の景観論  信仰環境を読む』 に、
柳田國男の「峠に関する二三の考察」(『定本柳田國男集』第二巻)の引用があった。

(柳田)“『たうげ』も亦『たわ』から来た語であるかも知れぬのである”とのことで、
これによって考えると、
“「峠」の語源は「タワゴエ」(乢越え)だったことがわかる。”と野本さん。

たわごえかぁー。

「タワ」は山の鞍部を示す語で(も)あるそうだ。
((も)内は私の追加。
私自身は語根となる語は本来固有物をさすのでなく性質を表しているものと考えているので。
すっごい僭越ではございますが 汗、)



坂のこちらとあちらは別の場所。
その感覚は、坂のあちらとこちらの境に立つ時、
現代でも多くの人が感じるところではないだろうか。
山を歩いてきて、峠の真中で立ち止まり、
ふうと息をついた覚えのある人は多いだろう。

峠を越える時、上って来た時とは異なる開ける眺望を目にしたり、
開けた眺望がなくても、上る景色から下る景色の変化や、
大きくは峠のあっちでは雪、こちらは降っていない、ということがあるように、
光や風など自然環境の違いに先程までとは場所を実感する。



峠が遙拝所となっているところがあるようだ。
『神と自然の景観論  信仰環境を読む』掲載に、
岡山県真庭郡川上村(現真庭市)を通って大山(だいせん)に至る大山参道の途中に、
「鳥居ダワ」という峠がある。「タワ」はこの地方で峠を意味する。
この大山を眺望する「鳥居ダワ」は、大山の遙拝所となっている、の例。

“峠が遙拝所となるのは、第一に、そこが聖山の眺望を可能にする高地だからであり、さらにはそこが聖山への参道のエポックだからである。”
と述べられている。

古い峠に岩や石が祀られていることがある。
印となるような木があることもそう珍しくない。


峠に境の石を祀ったり、峠の木に特別な印象を見ること。
供え物を供えていくこと。

実感からもたらされる心境が、行為につながり、
時代時代を織り込みつつ
土地と切り離せない習俗になっていった行程を見る気が私にはする。





手向け(たむけ) 和歌
・2007-11-06 手向山 紅葉の錦
このたびは 幣(ぬさ)もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに
百人一首でなじみのこの歌。

昔、旅などで土地土地を通る時は、その土地の神に挨拶して通った。
道真の時代には土地の神に手向ける幣として、
紙や錦をこまかく切ったものを持って撒くことがあった。

手向山の神に旅路の道真が和歌を詠む。
「急いで出発いたしましたので、とるものもとりあえずで、神様に手向ける幣も持たずにまいりました。ここに色づいている紅葉の錦を幣として奉げます、どうぞ、お受取いただくのも、旅の安全も御心のままに」

和歌自体が供えもの。捧げもの。
習俗の歴史としては、古来より和歌自体が、幣同様に
神や霊をなぐさめよろこばせる捧げものだった背景がある。





性質を表す語を語根とし、ほかのことばができていった例として。

「キ」
・2011-09-05 中世芸能の発生 412 キ(木) 毛(ケ) キ・ケ(気)



「タルミ」
『万葉集』に見る たるみの語の 性質→一般名詞→固有名詞 への変化。
「たるみ」 という語の持つ性質。(ひ~~女性にとって禁句だけど。たるみ、たるたる・・)

たるむ・ゆるむ土地の性質 → 垂水(=滝) → 垂水君 
・2011-03-01 中世芸能の発生 383 たるみ 垂水 伏流水
・2011-04-06 見える水 見えない水
・2011-03-03 中世芸能の発生 385 石走(いはばし)る垂水(たるみ) 祝福



「ホ」。
目には見えないもののあらわれのような「ホ」という性質。

「ホ」はこれを語根として
「ほぐ(祝ぐ 寿ぐ)」「ほむ(誉める)」、表に現れる優秀さ「秀(ほ)」、
稲の「穂(ほ)」等のことばにに展開している。
・2012-02-16 中世芸能の発生 428 「ホ」 穂(ほ) 寿(ほ)ぐ 誉(ほ)む 言祝ぎ(ことほぎ)
自然の体感、自然と人の共感の「ホ」が、願望達成のための呪術、ことほぎ、芸能へ展開。

“人は「ほ」の出来る限り好もしい現れを希ふ。”

“寿詞(よごと)を唱へる事を「ほぐ」と言ふ。「ほむ」と言ふのも、同じ語原で、用語例を一つにする語である。「ほむ」は今日、唯の讃美の意にとれるが、予め祝福して、出来るだけよい状態を述べる処から転じて、讃美の義を分化する様になつたのである。”

“たんに現状の賛美でない。「ほむ」・「ほぐ」という語は予祝する意味の語で、未来に対する賞賛である。その語にかぶれて、精霊たちがよい結果をあらわすものという考えに立っている。”

ことほぎ、言葉で「ほぐ」。よごと。
近年まであった正月の門付けの家褒めなども、
現実にそのようになるよう、ことばとからだでする予祝。
ものごとがそうなるように願って、「ほ」める。

「ほ」ということばの音の中に、予兆を見る。そこに期待がある。

稲の「穂」は、
「ほ」の出現であり、
豊かにみのった「ほ」の結果だ。




「ヒ」
ヒラヒラ 魚のヒレ 高松塚古墳壁画女官の領巾(ヒレ) 
ヒロメク ヒラメキ ヒラヒラとヒルガヘル幡(ハタ)
才能としてのヒレ 浄瑠璃『源義経将棊経』より義経の「色浅黒く、骨太に、どこやらヒレ有る骨柄」。
・2010-02-19 中世芸能の発生 286 ヒレ ヒラ ヒレ有る骨柄
・2010-02-20 中世芸能の発生 287 ヒロメク 蛇 剣
・2010-07-07 中世芸能の発生 335 固有名詞にならないもの






性質 → 形 へ。 形の変遷。 
本質的にことばの変遷と同じ過程を経ている。
・2010-05-05 中世芸能の発生 304 仏塔 心柱 刹柱
・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元





・2011-10-04 中世芸能の発生 418 意味の変遷
私達は、自分達の生きる時代におけるある物の意味を通して、
いつもその深い底に、本来の性質に、
流れつづけている太い水流に、
常に触れているのではないだろうか。
そこにふれて、心身は動く。




・2010-07-07 中世芸能の発生 335 固有名詞にならないもの
性質であるから、様々の語の語根となり、あまねくある。

これら古い一音節のことばの音が、
語根としていろいろの動詞や名詞をも形成しながら、
独立して単独に用いられることはないということに、胸を打たる。

固有物でない、物でない、あまねくあるものとしての、
「チ」「二」「ヒ」の、まさに根源的な性質のあらわれかたとして。





・2012-04-11 中世芸能の発生 434 片手落ち 観念 実感
知識は助けになることがあるけれど、
知識だけでは、周辺をまわりつづけるだけで、
深いところへはいけない。

身体感を通してしか、
近づけない至れないものがあると思う。
物事ってたいていそうなので、すごくあたりまえだけど。

たとえば日本の民俗や信仰を語るのに、神仏の系譜ばかり追うことは、
むしろ本質から離れていくことだと思う。
けして本質へたどりつけない。




・2008-08-24 弓と自然
身体の動作と相互する感覚。
動作の経験。





神に和歌を手向けて通る  蟻通明神 紀貫之のこと
・2009-12-16 中世芸能の発生 266 得たらん人にこそあれ
和歌は祝詞(のりと)。和歌の徳。



つづく
by moriheiku | 2012-09-11 08:00 | 歴史と旅