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中世芸能の発生 332 類感から魂の概念への移行 翡翠(ひすい)



つづき


現代の日本人が魂と聞いてまず想像する魂、
遊離魂としてのタマ(霊魂、魂)の概念は、
比較的新しいものに思われてならない。

やはり生命力というタマの概念が、
遊離魂のタマの概念より先にあったのではないだろうか。


遊離魂に先立つ、生命力としてのタマは、
例えば古い詞章の「玉葛(たまかづら)」の語にも見える。
・2010-08-15 中世芸能の発生 337 綾 玉葛 水流

万葉集等に出てくる「玉葛(たまかづら)」は、
絶えることのない美しい蔓草の意。
この玉(タマ)の表現は、後の世のただ美しいという意味でなく、
横溢する生命力の美称である。

玉葛(たまかづら) 絶ゆること無く 万代(よろづよ)に かくしもがもと、 
玉葛の絶えることがないように万年の後もかくあれと、

長く延びてつづく美しい葛のように、
イノチの長く強いことを称え願うイノチを祝福する歌。



土偶など古い民俗に見られるものは呪術性で、
そこにあるのは類感的感覚だ。

類感は、自他の分離しない感覚がベースにある。

自他が分離していないから、
振動が伝わるように、力や思いは相互に伝わると感覚される。

そこに、
他に影響を及ぼそうとする原始的な呪術の始まりがあったと思う。


玉葛(たまかづら)の歌にも、
葛の旺盛な生命力の共振、伝染が期待されて歌われた。




古い詞章には、自他の分離して行く過程もみえる。


自他が分離すると、
力や思い、呪術の効果は、振動が伝わるようには及ばなくなる。

自他が分離して森羅万象が個々になった時、

力や思いを運ぶものとして、
現代人もイメージする遊離魂としてのタマ(霊魂、魂)が
考えられたのではないか。

個の間をそのタマが移動することで、
力や思いを運ぶと考えられたのではないだろうか。



溶けあっていた自他が分離し、類感的観念を忘れても、
なお相互に伝わるものがあるのは確かだから、

そこで、タマが力や思いを運搬する、かつ、
力や思い自体がタマであると考えられるようになったのではないだろうか。


こうして、力や思いは、
自己から分離した客体になっていった。




客体化したものの中には、
後に神と考えられるようになったものもあった。


全く素朴な自他の一致の肉体感覚から、
タマ(霊魂、魂)や日本の神の概念ができるまでには、
こうした流れがあったのではないだろうか。





それでも類感からタマへは、概念の飛躍がある。

それは自然なステップなのか。
タマの概念は外来のものだったのではないかという説は根強い。



類感の感覚と、タマの概念は並立していたが、
やがて類感の感覚は、表面上は、忘れられた。


この入れ替わりの時期は、
翡翠の文化が金の文化に覆われていき、
やがて翡翠が忘れらさられた時期に重なるように見える。
・2008-10-26 樹木と信仰 03 植生と文化の分岐

ここで一つ文化的な転換があったのかもしれない。




この転換は、
日本で本格的な稲作の広まる時期、
稲作を中心とした文化技術の伝播が盛んになった時期と重なるように思われて、


また、昔の類感的な命を活発にする行為が、
タマフリということばになり、
それにタマシヅメの文字があてられて、やがてもっぱら
鎮まらない魂を鎮める魂鎮めの行為に思われるようになっていった変化に
重なるように思われて、


また、はるか昔は神聖だった倭文織が、粗くて垢抜けない、
古い呪術的な織物となって廃れていったことと重なるように思われて。


他さまざまの、本来が忘れられ、
後にまとっていった意味になっていった数々のことに
重なるように思われて、



類感からタマへの概念の変化には、

それ以前の文化ベースから、
一つ異なる文化に移行する、文化の転換があったかもしれない。




翡翠 ヒスイ 古代の転換期
・2008-10-26 樹木と信仰 03 植生と文化の分岐
・2005-12-20 森について 古代の転換期
・2005-12-13 太古の森のひすい




類感的
・2010-05-14 中世芸能の発生 309 はやし はやす
・2007-04-18 はやし
・2009-12-10 中世芸能の発生 262 はやし 分霊

類感
・2009-12-08 中世芸能の発生 260 呪術・宗教と身体感覚




古い信仰の本来が忘れられ、新しい意味になった例
・2010-05-05 中世芸能の発生 304 仏塔 心柱 刹柱
・2009-05-13 中世芸能の発生 131 だだ 足踏み
・2010-06-18 中世芸能の発生 327 ことば 倭文 薬 捨身 自然のイノチとの一体化
・2010-06-15 中世芸能の発生 324 後戸 後堂 しんとくまる




民俗信仰と芸能者 呪能から芸能へ
・2009-12-09 中世芸能の発生 261 たまふり たましづめ 鎮魂
・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能者と和歌
・2010-06-20 中世芸能の発生 329 祝福の系譜




昔の人にとっての神聖とは
・2010-03-16 中世芸能の発生 297 土地の木
・2008-10-03 中世の人の感性





自他の分離
・2008-06-03 自然と我 06
・2008-06-01 自然と我 04 古代の信仰
・2008-06-02 自然と我 05 デカルト
・2008-05-31 自然と我 03
・2010-06-03 中世芸能の発生 318 息にわがする 息のように深く
・2008-07-10 神仏習合思想と天台本覚論 01
・2008-07-11 神仏習合思想と天台本覚論 04



・2010-06-21 中世芸能の発生 330 主客の分かれないところ 宗教の原型



タマ タマシヒ
・2010-07-05 中世芸能の発生 333 二種類のタマ
・2010-07-06 中世芸能の発生 334 タマシヒ 魂 天分 才能 生命力 霊力



・2010-08-15 中世芸能の発生 337 綾 玉葛 水流




神「を」祈る 神「に」祈る
・2010-08-25 中世芸能の発生 348 神「を」祈る 融通念仏
・2010-08-26 中世芸能の発生 349 神「を」祈る イ罵(の)り
・2010-08-27 中世芸能の発生 350 神「を」祈る 神「を」祈(の)む
・2010-08-29 中世芸能の発生 351 神「を」祈る 宗教の瞬間 他力本願



その感触は、目や耳や肌で組み立てる世界の底
・2010-07-01 ぜんぜん論理的じゃないこと
・2010-08-16 中世芸能の発生 338 メモ
・2010-07-07 中世芸能の発生 335 固有名詞にならないもの
・2010-02-21 中世芸能の発生 288 自然 身体 実感




類から個へ
主客の分かれない類感の原始的呪術的な信仰から、救済の哲学のある宗教への移行
・2011-07-20 中世芸能の発生 401 個の意識と宗教
・2009-12-11 中世芸能の発生 263 ほうほう蛍 まじないのことば
・2011-01-10 中世芸能の発生 377 突端の花




つづく
by moriheiku | 2010-06-25 08:00 | 歴史と旅

脳みそちゃん



友から電話あり。

さっき友の知り合いから友に電話があって、その方のおっしゃるには、

明日発売開始の、ある演奏会のチケットをネット購入したいけど、
発売開始時間に自分はアクセスできないから、
○○(私)さんに買っておいてもらえないか、とのこと。

「私?いいよ。」


その友の知り合いとお話ししたことはほとんどないけど、お顔は知ってる。

ほとんど知らない私に頼むくらいだから、
よほどその演奏会にいらっしゃりたいんだー、と思って。


その場で友に必要な情報を聞いて、
明日発売開始時間に購入すると思ったら、
あとでその方から私に電話がかかってくるそう。

数分後、公衆電話からお電話いただいた。
会社のアクセス規制が厳しいそう。
公衆電話からかかってくるというのも、う~ん、きびしそー。

その電話で必要な情報をうかがうのかと思ったら、
パソコンを見ながら説明したいので、再度夜8時にうちにお電話下さるとのこと。

こ、これは予想以上の演奏会への熱意。



夜再びお電話いただき、互いにパソコンを見ながら、
必要な情報と、会員優先購入の手続きの説明をいただく。

まとめるとつまり、
発売開始時間の30~10分くらい前には購入情報を入力できるページが開くので、
発売時間より前に必要な情報を全て入力しておく。
タイムアウトしてログインが切れないよう、発売開始時間まであることを1、2分毎に行う。
発売開始と同時に購入確定ページに入り購入する。
ということ。一般的なチケット販売サイトとそれほどかわらない。


日本公演は3回。うち1回はサントリーホール。
購入するのはサントリーホールのチケットとのこと。
あ、競争率高そう。

前回来日時は、チケットは発売直後に完売したそうだ。


だんだん緊張してきた。

「がんばります!」

「もしもとれなかったら」とその方に言うと、
「3回公演のうちサントリーホールは1番人気じゃないから。2番人気だから。」
2番か。3番じゃないのか。 ←すっかり弱気
「発売開始時刻と同時に手続きすればいけるとおもうから。」

「とれなかったら仕方ない」ということばは1度も聞けず。
演奏会に行きたい並々ならぬ熱意が伝わる~~~。

そんなにいらっしゃりたいなら、という気持はあるけど、
徐々に、もしもしとれなかったらどうしよう、って気持ちが大きくなってきた。




その夜、就寝。

チケット購入忘れてた、って夜中にあせって起きたのをはじめとして
(購入日は翌昼)、

発売30分前まで覚えていたのに
発売開始時間にすっかり忘れていて売り切れちゃった夢から、

発売開始時間にちょうどお客さんがいらして、2、3分アクセスが遅れ
購入できなかった夢、

購入できたと思ったけど、配送の選択に不備があった夢、

他、シートの選択やら、認証番号のなんとかとか、

起きていては私絶対思いつかない、
微に入り細に入る様々な購入できなかったパターンを夢で見続け、
よく眠れなかった・・。


アタシって・・  チキン・・。

なんでこんなことで。タハハハ。。。 ガックリ。


昼間、購入できてほっとした。


普段、自分が出てくる夢、滅多に見ないのに、
こんな時には出ずっぱり・・。


脳みそちゃん、大変ね。そんなに色々考えてたなんて。

私がチキンなばかりに。すまないですー。
by moriheiku | 2010-06-24 08:00 | つれづれ

丁寧なうまるさん




演奏会のチケット購入を頼まれて、
コンサートホールのそばのプレイガイドへ。


カウンターで手続きをしていたら、右手にお客さんがいらした。
何かの演奏会のシートを二人で選んでいらっしゃる様子。

私は係の方にお願いしてからふと右を見たら、

あ、うまるさんっ。

と美女。


お二人が頭を突き合わせて仲良く何かの公演のシートを選んでいらした。
「ここの角度だと○○が見えませんよ」
うまるさんが美女に丁寧な言葉で説明されていたのが聞こえた。

私は用事が済んでそこを離れた。


私「○○のプレイガイドでチケット買ってたらね、
  そこにうまるさんと美女がいらした」

皆「えええーーーっ」

私「うまるさんたちもチケット買いにいらしたみたい。お二人でシートを選んでた」

ドバイさん「なんの公演」

私「わからない」

何の演奏会かどうして見ないのよ、何話してた、って聞かれたけど。

うまるさんがこういう感じの声をされていたこと、
美女の声は聞こえなかったことを説明。

うまるさんは美女に丁寧なことばでお話しされたから、
お二人は夫婦じゃなかったってことと

うまるさんたちは、すっごく楽しそうだった。
やっぱり同じ趣味を持つお友達なのかしら???

美女はうまるさんよりたぶん年上、
美女は近くで見ても美女だった、って。


なんでもっと聞かなかったの(会話)って、それはムリですぅ~。

うまるさんは拍手をおくる時などいつも和む良い笑顔をされてるけど、
カウンターでお二人はとっても楽しそうにしていらっしゃるから、
良かったねー、うまるさん、って心の中でにこにこ。(親か)



次にうまるさんと美女を見かけたコンサートでは、
お二人はすぐすぐ近くの席なのに目も合わされず会話せず。

周囲に遠慮されてるのかな。
うまるさんと美女の関係はますますなぞ。
by moriheiku | 2010-06-24 07:59 | つれづれ

ロドリーゴ






ロドリーゴや、その国の曲を聞きながら、
幻の、石造りの建物にうつる光を見ていると、
愛して、恋をして、
笑ったり、泣いたり、怒ったりして死ねばいいわ、
って思う。



私の中のきりぎりす(ありときりぎりす)がすっかりそう思う。
by moriheiku | 2010-06-23 08:00 | 音と笛のまわり

中世芸能の発生 331 罪業感 今様 


つづき


今様をよんだり、口にしたりすると、
「だいじょうぶよ。だいじょうぶなのよ」
って言いたくなる。

今様集『梁塵秘抄』のうち現代に残っているのが、
法文歌を集めた部分だからかもしれない。

ほうもん-のうた ほふ- 【法文歌】  (大辞林)
---------------------------------------------------------
今様の一。和讃の形式で、仏教の経文について詠んだ歌。七五(または八五)の四句からなる。



仏教を歌い讃えながら、裏には罪の意識があって、

強気で笑って歌っているようでも、
罪の意識を吹き飛ばそうとしているから。
歌のうしろにそんな感じがするから。

こわかっただろうと思う。

「だいじょうぶよ、あなたのせいじゃないの」

って、美しい声でその歌を歌った人に、言いたくなる。

かわいそうだ。



平安時代から中世にかけて、
絢爛のことばで彩られた文学も、謡にも、
あちこちに自らの罪業を語ることばがあらわれて、苦しい。


その時代。
現代にない豊穣なことばの織物が、美しければ美しいほど、
心を様々に動かすほど、
罪の意識が増すなんて。






・2009-02-11 中世芸能の発生 67 船の上の遊女 お能『江口』
・2009-09-06 毎年に鮎し走らば
・2009-09-23 中世芸能の発生 203 狩猟 採取
・2009-01-27 中世芸能の発生 56 お能『鵜飼』 非人
・2010-02-05 中世芸能の発生 269 「神聖」の観念の変化
・2010-08-17 中世芸能の発生 339 差別の始め



・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教
・2010-05-20 中世芸能の発生 315 仏教と和歌の習合




罪の意識から救われたかっただろう。

仏教の功罪。

古い宗教と仏教の間の摩擦。

神仏の習合は、矛盾の中で苦しむ精神の整合性をとるために
切実に求められ一気に進んだのではないかと思う。






・2010-12-01 中世芸能の発生 368 今様

・2010-12-05 中世芸能の発生 370 梁塵秘抄 概略
・2010-12-06 中世芸能の発生 371 今様 概略
・2010-12-07 中世芸能の発生 372 今様 時代背景
・2010-12-08 中世芸能の発生 373 今様 法文歌
・2010-12-09 中世芸能の発生 374 今様 四句神歌
・2010-12-10 中世芸能の発生 375 今様 二句神歌


・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教
・2010-06-22 中世芸能の発生 331 罪業感 今様
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし


・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ





仏教の功罪。
古い宗教と仏教の間の摩擦。
矛盾に苦しむ精神の整合性をとる。
神仏習合。
・2011-06-09 中世芸能の発生 398 今様即仏道 命の際(きわ)
・2011-07-22 中世芸能の発生 402 神仏習合思想 日本人の仏教
・2011-07-23 中世芸能の発生 403 神仏習合思想の本質
神仏習合の底に流れるもの










女性に求められた宗教性とその変遷  巫女としての側面
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・2009-07-28 中世芸能の発生 180 古代の女性の宗教的側面


巫女
・2009-07-26 中世芸能の発生 178 放浪する女性宗教者
・2009-07-27 中世芸能の発生 179 遊部
・2009-07-29 中世芸能の発生 181 巫女

・2009-09-30 中世芸能の発生 207 里神楽
・2009-08-01 中世芸能の発生 182 芸能の始め


白拍子 遊女
・2009-02-11 中世芸能の発生 67 船の上の遊女 お能『江口』
・2009-02-08 中世芸能の発生 64 今様を謡う人
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし


采女
・2008-09-03 中世芸能の発生 04 采女


遊行婦女 遊女
・2009-02-09 中世芸能の発生 65 万葉の遊行婦女
・2009-02-10 中世芸能の発生 66 遊女の転落


宣旨 女房
・2009-03-10 中世芸能の発生 86 歌合の女房名
・2009-02-13 中世芸能の発生 69 遊女と女房文学


読経と芸能  遊女
・2009-02-12 中世芸能の発生 68 読経と芸能
・2009-09-13 中世芸能の発生 201 陀羅尼 三昧


左夫流児(さぶるこ)の名  遊女
・2009-11-08 中世芸能の発生 239 さぶるこころさまねし
・2009-11-24 中世芸能の発生 248 「さ」 「い」 「ゆ」


比丘尼 歌比丘尼
・2009-03-03 中世芸能の発生 80 比丘尼と椿


女性の宗教的側面と、その変遷

・2009-08-02 中世芸能の発生 183 女系 妻帯

・2009-02-07 中世芸能の発生 63 桂女

・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし
静御前


傀儡女・遊女と今様  
・2010-12-01 中世芸能の発生 368 今様
・2010-06-22 中世芸能の発生 331 罪業感 今様
遊女の罪業感


あそび たまふり 
・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ





・2009-09-03 中世芸能の発生 196 かたがわり
・2009-09-04 中世芸能の発生 197 女人救済

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つづく
by moriheiku | 2010-06-22 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 330 主客の分かれないところ 宗教の原型



つづき




自然信仰の色の強い古い民俗信仰は、
一神教に相対するかたちで、多神教や汎神論と考えられることが多いけど、
そのようには思えない。

一神教、多神教、汎神論は、
やはり魂や神や概念ができてからのもの。新しく感じられる。

原始的な民俗信仰の原型は、主客の分かれないところにある。

神と人、のように個々に相対化しようのないもの、

自然との境のない、

主客のない感覚が、宗教の原型だったと思う。






・2008-06-03 自然と我 06
自然に畏敬の念をおぼえ、
自然のありように、止まずときめくとき、

原始的な感覚が、身体を通じて、意識の底からのぼってきて、
具体的に何を祈るということはないけれども、

自、他のはっきり分かれる前は、

自然や、
後の時代の神仏に祈る時は、

同時に、自分の中の自然を祈っている。

日本の信仰のはじまりに、
そんなところはなかったか。

・2008-06-01 自然と我 04 古代の信仰
・2008-06-02 自然と我 05 デカルト
・2008-05-31 自然と我 03



万葉集。 神「を」祈る、の表現について。 自他の分離 人と自然の分離
・2010-08-25 中世芸能の発生 348 神「を」祈る 融通念仏
・2010-08-26 中世芸能の発生 349 神「を」祈る イ罵(の)り
・2010-08-27 中世芸能の発生 350 神「を」祈る 神「を」祈(の)む
・2010-08-29 中世芸能の発生 351 神「を」祈る 宗教の瞬間 他力本願
万葉集では「神“に”祈る」ことを「神“を”祈る」という。

万葉集に神を祈る歌は数多くあるが、
現代の表現のように「神“に”祈る」を書かれたものは一首もない。

後の時代から現代にいたるまでの表現「神“に”祈る」の場合、
神は自分から分離して「対象」になっている。

それより前の「神“を”祈る」は、神と自分が分離していない表現。

自然がひびけば自分もひびく(はやし)。
大昔は、自他の境のない、主客のない感覚があったと思う。

境がないから「対象」とならない。
自然との境のない、個々に相対化しようのないものだ。

自然と人の距離ができ自然を体感することから離れ、
身体感覚より優先するものができいって、
自他は分離していく。

自然と密だった原始的、実感的な信仰の時代を過ぎ、
やがて哲学的、観念的な思想を持つ宗教が誕生し、
風土や身体感覚を超えた精神的な救済へ向かおうとする。


日本の信仰の特徴として、
木も石も全てのものに命が宿っている、とか、
森羅万象全てに仏性がある、という考え方をあげられているのをよく見る。

私はそれは、
一人につき一つ心臓があるような、個別に神仏が宿るイメージでなく、
もともとは自他の境のないイノチの実感からきていたと思う。

念仏が溶け合って和合する融通念仏の発想も、
そんな感覚が影響していたと考える。




・2013-02-06 日本の命の概念
日本の古来の命の考え方は、
大陸から入ってきた命の考え方とは違う。

大陸的な考え方では、命はもっぱら動物、また植物の生命のことを指す。
(今は日本人にもこれに近い考え方だろうか。)

古来の日本の命は、
その生命力、圧倒的な力、横溢するエネルギーのことを、命と感じていた。

したがって昔の日本では、山にも岩にも命がある。
滝も水の流れも、風も、命そのものだ。
光も、音も。何かの中におこる力や性質自体も。


ごく古い時代の日本のこうしたイノチの感覚がやがて、
日本における精霊やタマの概念になり、日本における神の概念になり、
仏教が入ってからは民俗信仰と習合した仏の概念になっていった。

かつて命はエネルギーのようなものに概念されていたので、
古い時代の日本では、命の概念で生物と無生物は分かれない。

したがって日本では、
森羅万象に命があり、森羅万象に神が宿り、
岩にも木にも仏がいるという理解になっていった。
日本の信仰の流れ。




万葉集歌。 大伴家持。 過渡期の川をわたる人。
・2010-06-03 中世芸能の発生 318 息にわがする 息のように深く
「息の緒に思ふ」は、客観的な表現。 息の緒と我は離れている。
「息の緒にする」、イキノヲは、私の身体の奥深くと一緒になっている。

時代の分かれる時。
主客の分離していく経過が、この歌にある。

息にわがする。

息のように深く、

私の命のように
あなたをあいしている。
か。




・2008-07-10 神仏習合思想と天台本覚論 01
・2008-07-11 神仏習合思想と天台本覚論 04





類から個へ
主客の分かれない類感の原始的呪術的な信仰から、救済の哲学のある宗教への移行
・2011-07-20 中世芸能の発生 401 個の意識と宗教
・2009-12-11 中世芸能の発生 263 ほうほう蛍 まじないのことば
・2010-06-25 中世芸能の発生 332 類感から魂の概念への移行 翡翠(ひすい)
・2010-02-21 中世芸能の発生 288 自然 身体 実感
・2010-08-25 中世芸能の発生 348 神「を」祈る 融通念仏
・2010-08-29 中世芸能の発生 351 神「を」祈る 宗教の瞬間 他力本願






・2012-02-28 中世芸能の発生 430 他力本願 救い
・2012-02-27 他力本願
・2012-02-26 中世芸能の発生 429 樹幹流 他力を本願とすること
他力本願は、人の力をあてにした近視眼的な自己の達成願望でない。
自分の人生を生きることの否定でもない。

他力本願は、
自分の運命は、自分の判断の範疇をはるかにこえた
めくるめくような相互の関わりの中にあり動いているのだという
強い自覚と、覚悟だと思う。

それは、独善的な判断の中で苦しむ者の、救いでもある。




つづく
by moriheiku | 2010-06-21 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 329 祝福の系譜



つづく



仏教より前から信仰されていた古い神々は、
神とされる以前は魂や霊やものと考えられ、
それをさらにたどれば、それは神でも霊でも魂でもなく、

それは横溢する命の力。
自然に横溢する命の力を感じ、ただ自然に横溢する命の力へあこがれた。
その源にあるものは、自然という命の総体だったのではないか。




中世の芸能の人である世阿弥が、
“天照大神、天の岩戸に籠り給ひし時、天下常闇になりしに、八百万の神達、天の香具山に集まり、大神の御心をとらんとて、神楽を奏し、細男を始め給ふ(中略)、その御声ひそかに聞こえければ、大神、岩戸を少し開き給ふ。国土又明白たり。神達の御面、白かりけり。其時の御遊び、申楽(さるがく)の始め”
と書いたのは、


芸能民への賤視がとうにはじまっていた中世の芸能の人にとって芸能は、
かつての、命をほぎ命をゆさぶって活発にする
死と再生のたまふりした人々の記憶であり、

申楽(さるがく)の人々が、全ての命の源につながっていた、
つながっている、つながっていてほしい、
願いを含んでいるのではないだろうか。

故実を語り正統性を述べる意味もあっただろうか。


またこれは
予祝。ことほぎ。

世阿弥のこの文自体が、祝福にみえるから。









ことばの中にめでたさを感じる。
昔の芸能の人たちというのは、
ことばに祝福をこめることのできた人々の系譜なのだなあ。
自然と祝福が出るのかな。




・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能
・2009-12-12 中世芸能の発生 264 いや重(し)け吉事(よごと)
・2010-05-14 中世芸能の発生 309 はやし はやす
・2009-12-09 中世芸能の発生 261 たまふり たましづめ 鎮魂



中世人に故実が必要とされたこと
・2009-04-20 中世芸能の発生 114 中世人にとっての故実
・2009-04-25 中世芸能の発生 119  師範と弟子
・2009-04-19 中世芸能の発生 113 武家政権にとっての故実
・2008-07-26 神事から芸能へ 古代~中世 01 神々の統一と語部
故実で由来を語ることは、中世人のならいのように思われる。
近世近くなると、古い故実に根を置かずとも、立てるようになる。




・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教
・2010-06-22 中世芸能の発生 332 罪業感 今様

・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ

・2011-06-19 中世芸能の発生 400 遊び 神楽




タマ
・2010-06-25 中世芸能の発生 332 類感から魂の概念への移行 翡翠(ひすい)
・2009-12-09 中世芸能の発生 261 たまふり たましづめ 鎮魂
・2010-07-05 中世芸能の発生 333 二種類のタマ




死を生に含む。命の全体性。
古い自然は、くりかえし、くりかえし、
これまでも、これからも、つづいていく命の栄えの象徴。
・2010-02-03 命の全体性
・2009-12-17 中世芸能の発生 267 一つ松 声の清きは
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし



狩猟。栽培とは違う、くりかえすイノチの祝福。
・2009-09-23 中世芸能の発生 203 狩猟 採取

くりかえす自然の生命。
・2011-02-16 中世芸能の発生 380 輪廻 遷宮 遷都
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし
・2011-03-27 祝福



芸能における、死と再生の物語
・2009-07-07 中世芸能の発生 166 死と再生の物語
・2008-12-31 中世芸能の発生 47 谷行(たにこう)

宗教における、死と再生
・2009-07-06 中世芸能の発生 165 捨身
・2009-07-14 中世芸能の発生 173 修験道 原始回帰




・2008-09-26 水波之伝
・2011-03-03 中世芸能の発生 385 石走(いはばし)る垂水(たるみ) 祝福
・2010-09-02 中世芸能の発生 353 ことほぎ 自然
・2010-08-30 中世芸能の発生 352 滝 木綿花





・2011-08-18 中世芸能の発生 410 生命の連鎖 歌から掬(すく)いとる方々
「命っていうのは、やっぱり生き物を見ていますとね。みんなつづいていこう、つづいていこうって一所懸命生きてるなって思うんです。それはもちろん死というものもあるんですけど、なんか自分だけじゃなく、他の生き物たちも含めてつづいていってほしい、っていう、そういうことがみんなの生き物の中にこう、こもってる。」

そうした行動が、人間だったら、歌や、花を植えるとか、そういう行為で、
それが生き物としての人間の表現、

と、おっしゃって、
そういう意味でもこの歌を素晴らしい、と中村さんは思われたそうだ。

日本の信仰というか、信仰ともいえない、謂わば民俗の底には、
自然という水流がずっと続いていると私は思う。

それは個人の教祖や教義など、つけようもないもの。
体系的でも哲学的でもない、
自然の実感としかいえないようなものだ。

中世芸能が生まれるまでの、
芸能と宗教と分化していない古い日本の芸能は、
自然に寄せてヨ(イノチ)をことほぐ、祝福の系譜だ。






・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元
・2011-03-29 自然と人 わざわいもなぐさめも




つづく
by moriheiku | 2010-06-20 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 328 摩多羅神



つづき


摩多羅神は、大陸から戻る慈覚大師(円仁)の船に影向したという伝説があり、
円仁が摩多羅神を常行堂に勧請、源信が念仏の守護神に勧請したともいわれ、
天台の寺院の後戸に祭られていることで知られる。
猿楽の芸能神とされる。


この頃、摩多羅神がはやっていて、
オカルト的にとらえられられていることも少なくない。

後戸といえば摩多羅神という考え方は違うだろうと思う。

というのは、
寺院の後戸あるいは後戸にあたる場所に祭られている守護神や霊格は、
摩多羅神ばかりではないこと。
・2010-06-15 中世芸能の発生 324 後戸 後堂 しんとくまる


摩多羅神は慈覚大師の乗った船にはじめてあらわれて広まった神なので、
寺院の後戸や、後戸以前の、後戸あたる場所で行われてきた芸能、
または芸能になる前の後戸の風習は、
船に摩多羅神が影向したよりずいぶん古いものだから。

仏教以前の古い民俗信仰が、寺院の後戸やその前身に残っており、
その古い民俗が、摩多羅神他の後戸の神仏に習合して
象徴されていったもののように思う。



摩多羅神の神像図の中でも有名な図は、
鼓を打つ神の前で、笹(※)と茗荷を持って舞う稚児。頭上に星。

これらはいずれも、とても中世的な典型的なモチーフで、
中世神話の改編のように、
古い信仰を中世の解釈で描いたものに思われる。

摩多羅神は猿楽の芸能神とされるそうだが、
猿楽も、濃厚な古い時代の民俗信仰に密教的仏教的解釈が加えられた、
大変中世的な芸能であり、
猿楽と摩多羅神のあり方は重なるものに思われる。

ただ摩多羅神の存在を根本にして、
芸能のルーツを考える必要はないかなと思う。





国土草木、全てのものが皆仏性を持っていて、
草も木も山も川も海も皆成仏できるのだとする
日本の天台宗の天台本覚論の考え方は、

インドの仏教の本道とは異なるもので、
仏教より前の、日本の原始的な自然信仰の色の強い民俗信仰の発露と思う。

それが仏教に習合して、
天台本覚論に実を結んだ。



仏教の下にすっかりかくれて見えないようで、
古来の民俗の太い水脈がある。





後戸の考え方
・2010-06-14 中世芸能の発生 323 鎮守の積極的役割
・2010-06-15 中世芸能の発生 324 後戸 後堂 しんとくまる
・2010-06-16 中世芸能の発生 325 本地垂迹説



ささ
・2009-10-05 中世芸能の発生 210 ささ 神楽声
・2009-10-06 中世芸能の発生 211 ささなみの大津
・2009-10-07 中世芸能の発生 212 鈴 太鼓

・2008-08-13 さ行


・2007-10-18 鈴と種


・2009-08-01 中世芸能の発生 182 芸能の始め



天台本覚論
・2008-07-10 神仏習合思想と天台本覚論 01
・2008-07-10 神仏習合思想と天台本覚論 02
・2008-07-11 神仏習合思想と天台本覚論 04



自然を志向 自然の指向
・2009-03-24 中世芸能の発生 89 大歌の印象
・2009-03-25 中世芸能の発生 91 日本語の音

・2010-04-07 中世芸能の発生 302 一刀彫
・2009-08-16 中世芸能の発生 187 和琴
・2009-08-17 中世芸能の発生 188 作仏聖 円空 棟方志功

・2009-11-08 中世芸能の発生 239 さぶるこころさまねし
・2009-11-19 中世芸能の発生 246 翁 神さびる

・2010-02-04 中世芸能の発生 268 古代における聖性とは



つづき
by moriheiku | 2010-06-19 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 327 ことば 倭文 薬 捨身 自然のイノチとの一体化


つづき


言霊というと、
言葉の作用や影響力のことを言霊と言ったと考えられたり、
日常の言葉でなく特別な言葉や文章に言霊の精霊が宿ると考えられたり、
言葉ともの、言葉と行為の一致するところに言霊は宿ると
考えられたりしてきた。


私は、ことばの発生から、
ことばには自然がこもっているから、
かつてことばは尊重されたと思っている。
・2010-05-17 中世芸能の発生 312 ことばの神聖視
・2010-05-18 中世芸能の発生 313 やまとことば
・2010-05-19 中世芸能の発生 314 仏教が和歌を退けた理由

上記リンクのように、ことばは、その発生においては、
ことばがしめすものに限りなく近かったと思う。
かつてことばは、ことばのあらわすものそのものだった。

したがって、ことばには、本来自然が含まれている。
ことばは、自然の命の力そのものであるから、ことばは尊重された。


ことばにことばの精霊や神が宿っているから
神聖視されたのではなく。

ことばの作用や働きが言霊とされたのは、
ことばの本質から派生した二義的なものと考える。

時代が進んで人々の間に魂や神の概念ができて、
ことばの本来含む生命力の神聖視が、
言霊という宗教的抽象的な観念に変化した。

しかし本来ことばは、
盛んな自然が含まれている、
ことばは盛んな自然の命そのものであったから、
神聖視されたのだと思う。


これは例えば、古代の織物の倭文(しづ しつ しず)と同じ。

倭文(しづ しつ しず)は、
古来から土地に多く繁殖してきた植物(楮、麻、藤など)の
繊維で織られた織り物のこと。
古くは神聖視されていた。


倭文(しづ)織が神聖視されたのは、
それがめずらしいものだったからではなくて、

かつて倭文(しづ)が神聖とされたのは、倭文(しづ)が、
土地に旺盛に繁殖する生命力の強い植物で織られていたから。


倭文(しづ)には旺盛な生命力が含まれているから神聖視された、
と私は思う。
・2010-03-16 中世芸能の発生 297 土地の木
※倭文についての詳細は記事末尾にリンク

そして、土地に繁殖する命の力のこもった倭文(しづ)を身につけて、
旺盛な生命力に感染し、そのイと一体になることが願われた。
・2010-02-11 中世芸能の発生 274 イノチ ユリの花
・2010-02-14 中世芸能の発生 295 奄美のユミグトゥ(ヨミゴト)


昔の修験道の捨身も、
大昔には、旺盛な生命力に感染し、自然のイと一体になる感覚に
基づいていたのではないかしら。
・2009-07-06 中世芸能の発生 165 捨身
・2009-07-09 中世芸能の発生 168 国家鎮護と山岳仏教



古い時代の薬の考え方も同様だっただろう。
薬は現在のような理解でなくて、古い時代には、
薬の原料となる草木等の命の力が、心身に伝染る、
草木等の命の力が心身に伝染り自分になる、
イメージが持たれていただろう。
・2010-02-12 中世芸能の発生 276 花の命



現在も神事に残る年末の松ばやしの行事の、
山からこれという生命力にあふれた木を伐ってきて皆で分けることで、
その木の生命力にあずかろうとしたこともそう。
・2007-04-18 はやし


古い祭にあるわざおぎや神態などのものまねは、
そのものになって、その力を持つものと考えられた。



類感的ともいえるこうした感覚や、こうした感覚に基づく発想は、
かつては人々の生活の隅々にまであった。


これは現代の我々が、
気持ちの良い場所へ行くと、気持ちがよくなることや、
季節の活きの良い食べ物を食べると元気になる気がすることと同じ。
その身体感覚は、信仰の始まりにあったものと、何も変わらない。





倭文について打とうとして、もう半年以上。
私、倭文の神聖視の理由を打つだけで、どうしてこんなに時間かかるのー!
自然の生命力。たったこれだけのことなのに。

毎日、集中して、こんなことばっかりしていたいな。





・2010-06-21 中世芸能の発生 330 主客の分かれないところ 宗教の原型



・2010-03-16 中世芸能の発生 297 土地の木
・2010-02-11 中世芸能の発生 274 イノチ ユリの花
・2010-02-04 中世芸能の発生 268 古代における聖性とは

・2010-02-14 中世芸能の発生 295 奄美のユミグトゥ(ヨミゴト)
・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能


・2010-05-14 中世芸能の発生 309 はやし はやす
・2007-04-18 はやし
・2009-12-10 中世芸能の発生 262 はやし 分霊


・2009-12-08 中世芸能の発生 260 呪術・宗教と身体感覚




・2009-08-15 中世芸能の発生 186 朗詠調

・2007-06-28 言語のレッドゾーン

ことばの発生と本質
・2010-04-01 中世芸能の発生 298 言語の幹や根 芸術言語論
・2010-04-02 中世芸能の発生 299 ことばの発生と本質
・2010-04-03 中世芸能の発生 300 俳優(わざおぎ) 神態(かみぶり)
・2010-04-04 中世芸能の発生 301 歌の音

・2009-03-01 草の息



修験道の捨身
・2009-07-06 中世芸能の発生 165 捨身
・2009-07-09 中世芸能の発生 168 国家鎮護と山岳仏教



・2010-08-18 中世芸能の発生 340 母語




・2010-03-04 中世芸能の発生 291 サチ 弓矢 狩人 開山伝承
・2010-03-05 中世芸能の発生 292 海幸山幸(ウミサチヤマサチ) ことばの音




神「を」祈る
・2010-08-25 中世芸能の発生 348 神「を」祈る 融通念仏
・2010-08-26 中世芸能の発生 349 神「を」祈る イ罵(の)り
・2010-08-27 中世芸能の発生 350 神「を」祈る 神「を」祈(の)む
・2010-08-29 中世芸能の発生 351 神「を」祈る 宗教の瞬間 他力本願
・2010-06-03 中世芸能の発生 318 息にわがする 息のように深く
・2010-06-21 中世芸能の発生 330 主客の分かれないところ 宗教の原型



・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元
・2011-03-03 中世芸能の発生 385 石走(いはばし)る垂水(たるみ) 祝福
・2010-09-02 中世芸能の発生 353 ことほぎ 自然
・2011-03-29 自然と人 わざわいもなぐさめも




■倭文織についての考察
・2010-08-19 中世芸能の発生 341 倭文(しつ しづ しず 倭文織)
・2010-08-20 中世芸能の発生 342 倭文(しつ) 真間の手児名
・2010-08-21 中世芸能の発生 343 倭文(しつ) 神聖なもの
・2010-08-22 中世芸能の発生 344 倭文(しつ) つまらないもの
・2010-08-23 中世芸能の発生 345 倭文(しつ) 狭織(さおり)
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし




つづく
by moriheiku | 2010-06-18 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 326 神仏が共存するということ



つづき



かつては、寺院の後戸(後堂)の霊威が活発に活動することで、
本尊や仏法が存分に威力を発揮すると考えられていた。
・2010-06-15 中世芸能の発生 324 後戸 後堂 しんとくまる



これら後戸(や後戸にあたる場所)で行われてきた乱声や芸能の風習から、
かつてうしろと(後戸 後堂)が、
神話の天岩戸や寝所の塗籠めにつながるなつかしい忌籠り、
つまり仏教より前の、古来の民俗信仰の、
死と再生を可能にする威力の発動する場のように考えられていたと思われる。


後戸は活発な生命力、威力、霊力を発揮する。
その考え方は仏教でなく、古来の呪術的な民俗信仰に属する。

日本では古い仏教ほど、古来の民俗信仰が生きている。
・2010-05-05 中世芸能の発生 304 仏塔 心柱 刹柱
・2009-05-13 中世芸能の発生 131 だだ 足踏み


そっか、神仏習合は、
ただ同じ寺の敷地内に仏と神が同居しているのはでなく、
積極的に力を働かせ合うもので、
人々にもそう思われていたのね。
それが神仏の共存だったのね。



各地の後戸にあたる場所で行われてきた風習に、
命の再生を促し命を活気づける原始的な行為と、
その呪術的な発達が見られる。

また、呪術から宗教への移行と、
呪術が芸能へ変化したことがうかがえる。


後戸の風習は、芸能のルーツの一つを示唆する。

古い芸能には、命を活気づけ再生を促す呪術的役割があったこと。
古い芸能の人に、命の再生を促す呪術的役割の人々がいたこと。




・2010-05-14 中世芸能の発生 309 はやし はやす

・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能者と和歌

・2009-08-01 中世芸能の発生 182 芸能の始め


・2009-12-07 中世芸能の発生 259 類感 感応
・2009-12-08 中世芸能の発生 260 呪術・宗教と身体感覚


つづく
by moriheiku | 2010-06-17 08:00 | 歴史と旅