中世芸能の発生 28 勧進


つづき

荘園が解体を始め、
寺社は、管理所有する土地を失っていった。

寺社は収入が確保されなくなり、
運営のための勧進が盛んになる。



相次ぐ戦乱で、
橋や用水路などが破壊され、
寺社も灰燼に帰すものが多かったことも、
勧進が盛んになった理由にある。



勧進はもともと、
仏教の慈悲の実践であり、
勧進に参加することで人々に善行を積むきっかけを与えるものであり、
仏教の布教の場だった。

・2008/09/20 中世芸能の発生 19 遁世した僧たち
・2008/09/17 中世芸能の発生 15 慈悲の実践
・2008/09/12 中世芸能の発生 11


不安定な世の中で、
民衆は死者の鎮魂を願い、
自らも徳を積み浄土へ救われることを願って
勧進へ参加していた。



中世には、
農地の拡大と技術の進歩(例えば二毛作がはじまるなど)によって、
収穫量が増した。

新しい産業が盛んになり、
それらを商う者も増えた。

同業者の集まりである座ができた。

産業が多様化し、
それらを商う者が増える。
商業の発達にともなって、
交通網が整備される。
貨幣の流通が、宋銭の利用を中心に活発化する。
市が立つ。


民衆の間にも貨幣は浸透しはじめ、
やがて勧進は、行動で参加することより、
喜捨(寄付)の色合いが増していった。





勧進と芸能  貨幣の流通  芸能の世俗化  芸能から芸術へ
・2013-08-22 中世芸能の発生 455 貨幣 勧進 大仏造営







仏法を柔げて人々に語ること その罪悪感
・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教





つづく
by moriheiku | 2008-09-25 08:00 | 歴史と旅
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