『学問と情熱 折口信夫』 03



つづき

折口信夫と同居していた弟子の折口春洋は
出兵し戦死した。


折口は血のつながりによる連続を拒否しており、
墓も持たないつもりでいたが、

春洋の魂の鎮魂のため、
出征後養子にした春洋の故郷に春洋と自分の墓を立てた。



古代から、祭りの中で生活の中で、
形を変えながらも連綿と繰り返されてきた鎮魂の儀式。
それらはなぜ続いてきたか。

鎮魂の切実な気持ちを、
折口がそのような形(春洋の死)で持たなければならなかったことに、
胸が痛む。



現代はわからないが、
古代からの長い時を、日本人は、
非業の死をとげた者のたましいは未完成で鎮まらないとみて、
その鎮魂を行ってきた。

折口信夫の『死者の書』は、
その民族の記憶が、ある時代に起き上がって再現された物語。

死者の書は、民族の鎮魂の物語ともいえる。



折口信夫は66才で亡くなった。

DVD『学問と情熱 折口信夫』の中で、
弟子の岡野弘彦さんがこう語られていた。

「死者の書っていうのは、ある意味、続くという意味じゃなくて、
時代をかえて、そしてああいうテーマを、
つまり、民族神事の中の
繰り返し繰り返し伝承していく伝承神事ですね、
心のルーツ、心の遺伝子、魂の遺伝子を書こうと思ったんだ。

第三、第四の死者の書を、
あの人はそれぞれの時代で書いただろうと思う。

で最後はあの、あの硫黄島で戦死した折口春洋を
あの洞窟の中にたずねて行って、そのたましいと会話する。

そしてその未完成のたましい(折口著作中では「未完成霊」)を
浄化させるところまで書いただろうと思うんです。
100歳も生きたら。
僕はそういう風に考えるんです。」


切実な鎮魂の想いとは、そういうものなのか。

春洋のたましい、
戦争で心ならずも散った人々の未完成のたましいの鎮魂。


時代をこえて、日本人にそうせずにはいられなかった心があって、
その感情はどこからやってくるのか。


深くたどられた言葉。
岡野さんがおっしゃることは岡野さんのお考えだが。

ただ。

はるか遠くに根を持つ民族の伝承の中に
時間の経過に関係ない生のなにかが生きていて、
我々はそれを繰り返す。



─── <夕食> ────





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by moriheiku | 2008-08-27 08:01 | 言葉と本のまわり
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