芸能の発生 古代~中世 04 和歌と祝詞


つづき

現在も、神事で祝詞の代わりに和歌を言うことがある。
また供え物として、和歌を献ずることがある。
そこにも、和歌が祝詞的なもののエッセンスとしてとらえられていたことを見る。
・2007-11-06 手向山 紅葉の錦


祝詞というと今では神道の方向ばかり思いがちだけれども、
仏教の御詠歌も和歌の形式だ。
※御詠歌 
霊場の巡礼者や浄土宗信者の歌う、仏や霊場をたたえる歌。(大辞林)


祝詞代わりの和歌も御詠歌も、重なる歴史を持っている。

文字の記録に残っている歌を、
どういう類ととらえるかどうかで幅は出るが、
神事に和歌を詠むことはすでに奈良時代にはあったし、
御詠歌も中世に近い平安時代にはあった。


古事記に、
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を
という須佐之男命の歌とされる歌がある。
和歌の始まりといわれてきた。


この歌は呪。
現代の負にイメージされる呪でなく、
呪 であり 祝 である 祈 としての歌だ。



一般的に歌(和歌)の形式というと五七五七七の形式と感じられるようになったのは、
案外平安時代頃になる頃じゃないだろうか。



さまざまなものに、それこそ言葉にも、タマ・精霊のようなものが
宿っていると感じられていた時代。

その何ともわからない精霊のようなものの中には、
神という概念が生まれたのちに、神に昇格されたものもあったし、
逆に忘れ去られたものもあったのだけれども。

仏教色の濃い御詠歌の底にもなお
そうした古代からの自然観は生きていた。

遠い古代からの自然観の上に神を生み、
その神々と仏を習合した仏教であるのだから、
それはそうなんだけど。



和歌には「あめつちをうごか」す聖なる力が宿っていて、
それが発揮すると、様々のものやことは感応し、動かされると
なお信じられていた。  ※古今和歌集 仮名序 紀貫之




・2009-11-27 中世芸能の発生 251 垂づ(しづ) 木綿(ゆふ)




イノリの強制性と原始性
・2010-06-04 中世芸能の発生 319 宜(ノル) 祝詞(ノリト) 法(ノリ) 呪(ノロフ)
・2010-06-05 中世芸能の発生 320 祈(イノ)リ イ罵(ノ)り
・2009-05-13 中世芸能の発生 131 だだ 足踏み





和歌 神々を含むことば 神々をかたることば
・2010-05-17 中世芸能の発生 312 ことばの神聖視
・2010-05-18 中世芸能の発生 313 やまとことば
・2010-05-19 中世芸能の発生 314 仏教が和歌を退けた理由
・2010-05-20 中世芸能の発生 315 仏教と和歌の習合
・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教




つづく
by moriheiku | 2008-07-29 08:01 | 言葉と本のまわり
<< 芸能の発生 古代~中世 05 ... 芸能の発生 古代~中世 03 ... >>