神仏習合思想と天台本覚論 01




姿の見えない鶯の声が、谷間をわたる。


ホケキョウ






ほほき ほほきい。



法喜 法喜  法華経。




誰かには、鶯の鳴も、ありがたいお経に聞いた。




私には命の声に聞こえる。



自然が鶯の声になって、そこに鳴っていると感じる。







・2009-06-16 中世芸能の発生 151 法華経と滅罪
・2009-07-13 中世芸能の発生 174 法華経




・2009-09-12 中世芸能の発生 200 声と身体



・2009-10-26 中世芸能の発生 231 懸崖造り



・2008-06-03 自然と我 06
・2008-06-01 自然と我 04 古代の信仰
・2008-06-02 自然と我 05 デカルト
・2008-05-31 自然と我 03



・2010-06-21 中世芸能の発生 330 主客の分かれないところ 宗教の原型



・2008-12-16 本来空


・2007-09-19 ヨリシロ





森羅万象にイノチがあるという思想のもとのあたり
・2011-09-05 中世芸能の発生 412 キ(木) 毛(ケ) キ・ケ(気)
・2011-09-06 中世芸能の発生 413 ことばと植物




・2011-07-22 中世芸能の発生 402 神仏習合思想 日本人の仏教
神仏習合の底に流れるもの

神仏習合は、古来の民俗信仰と渡来の仏教思想の
矛盾の中で苦しむ精神の整合性をとるために
切実に求められ一気に進んだのではないかと思う。




・2013-02-06 日本の命の概念
日本の古来の命の考え方は、
大陸から入ってきた命の考え方とは違う。

大陸的な考え方では、命はもっぱら動物、また植物の生命のことを指す。
(今は日本人にもこれに近い考え方だろうか。)

古来の日本の命は、
その生命力、圧倒的な力、横溢するエネルギーのことを、命と感じていた。

したがって昔の日本では、山にも岩にも命がある。
滝も水の流れも、風も、命そのものだ。
光も、音も。何かの中におこる力や性質自体も。


ごく古い時代の日本のこうしたイノチの感覚がやがて、
日本における精霊やタマの概念になり、日本における神の概念になり、
仏教が入ってからは民俗信仰と習合した仏の概念になっていった。

かつて命はエネルギーのようなものに概念されていたので、
古い時代の日本では、命の概念で生物と無生物は分かれない。

したがって日本では、
森羅万象に命があり、森羅万象に神が宿り、
岩にも木にも仏がいるという理解になっていった。
日本の信仰の流れ。


つづく
by moriheiku | 2008-07-10 08:00 | 歴史と旅
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