『身毒丸』 折口信夫 01



つづき


折口信夫の小説「身毒丸」を読んだ。

小説「身毒丸」は俊徳丸伝説から発想された。

折口は、俊徳丸(しゅんとくまる)は、やはり
身毒丸(しんとくまる)の転化と考えている。


小説「身毒丸」での、身毒丸の身の上はこうだ。

身毒丸の父は河内住吉から出た田楽法師で、
身毒も幼い頃から、田植能の興行の旅回りに同行していた。
父は身毒が幼い頃に居なくなった。
住吉の神宮寺に付属している田楽法師の瓜生野という座に子方で養われた。
父にも身毒にも、先祖から持ち伝えた病気があった。




身毒が成長したある年、

“関から鈴鹿を踰えて、近江路を踊り廻つて、水口の宿まで来た時、一行の後を追うて来た二人の女があつた。それは、関の長者の妹娘が、はした女一人を供に、親の家を抜け出して来たのであつた。
耳朶まで真赤にして逃げるやうに師匠の居間へ来た身毒は長者の娘のことを話した。師匠は慳貪な声を上げて、二人を追ひ返した。
何も知らぬ身毒は、其夜一番鶏が鳴くまで、師匠の折檻に会うた。”



身毒は座の者に言うようになった。

“おまへらは、なんともないのかい、住吉へ還らんでも、かうしてゐても、おんなじ旅だもの。せめて、寺方に落ちつけば、しんみりした心持ちになれさうに思ふのぢやけれど。”

“けれどなあ、かういふ風に、長道を来て、落ちついて、心がゆつたりすると一処に、何やらかうたまらんやうな、もつと幾日も/\ぢつとしてゐたいといふ気がする。”



“熱し易い制タ迦 (※タはネット上で化けるので文字置き換え) は、もう向つぱらを立てゝ、一撃を圧しつける息ごみでどなつた。

何だ。利いた風はよせ。田楽法師は、高足や刀玉見事に出来さいすりや、仏さまへの御奉公は十分に出来てるんぢや、と師匠が言はしつたぞ。田楽が嫌ひになつて、主、猿楽の座方んでも逃げ込むつもりぢやろ。”

“……けんど、けんど、仏神に誓言立てゝ授つた拍子を、ぬけ/\と繁昌の猿楽の方へ伝へて、寝返りうつて見ろ。冥罰で、血い吐くだ。……二十年鞨鼓や簓ばかりうつてるこちとらとつて、うつちやつては置かんぞよ。

制タ迦はとう/\泣き出した。自身の荒ら語は、胸をかき乱し、煽り立てた。”



師匠の源内法師は、

“おまへも、やつぱり、父の子ぢやつたなう。信吉房の血が、まだ一代きりの捨身では、をさまらなかつたものと見える。”





“制タ迦は、二丈あまりの花竿を竪てながら、師匠のすぐ後に従うた。
一行が遠い窪田に着いた頃、ぽつちりと目をあいた身毒は、すまぬ事をしたと思うて床から這ひ出した。衣装をつけて鞨鼓を腰に纏うてゐた時、急にふら/\と仰様にのめつたのである。鼻血に汚れた頬を拭うてやりながら、師匠は、も暫らく寝て居れと言うた。”

“山の下からさつさらさらさと簓の音が揃うて響いて来た。鞨鼓の音が続いて聞え出した。身毒は、延び上つて見た。併し其辺は、山陰になつてゐると見えて、其らしい姿は見えない。鞨鼓の音が急になつて来た。
身毒は立ち上つた。かうしてはゐられないといふ気が胸をついて来たのである。” 終。




ああ、鞨鼓が出てきた。

身毒は鞨鼓を付けて田楽能をする。





関の長者の妹娘がつけてきて身毒が師匠の折檻に会った後、
師匠源内法師は、身毒の襟がみを把つて、自身の部屋へ引き摺つて行き、

「芸道のため、第一は御仏の為ぢや。心を断つ斧だと思へ。」

と血書(血で写す)せよと、
龍女成仏品といふ一巻を手渡した。

「一毫も汚れた心を起すではないぞ。冥罰を忘れなよ。」




ああ、このお経は。




笛のお稽古で、「鞨鼓」のひとつ前に習った「海士」の。

龍女の。




女も男に生まれ変わって成仏するという、お経。


つづく




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by moriheiku | 2008-06-10 08:02 | 言葉と本のまわり
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