行くなら明日(11/09 木曜)、と、 翌朝の目覚まし時計をセットした。 京都 宇治 平等院 雲中供養菩薩、見にGO! まず予定はそれだけ。 夜明け前に起き、まだ暗くてわかんないけどお天気良好みたい。で、 早朝お洗濯2回分と朝食を食べて(←早朝でも食べた…)、 家を出た。 列車内でコーヒーを飲んだ。 関が原あたりを通過したあたりでは寝ていた。 カフェイン注入で目を開けていようとしたけれど。 基本的に興味のないところでは、寝ちゃうなあ。。 けど途中の米原から大津手前までは、 涼やかな空気の色がかなり好き。 引越し後もそのまま京都へお稽古に通っていたけど、 お稽古より、行き帰りのこの区間を見る、味わうことのウェートが大きかった。 一駅づつ停車する在来線で行きたいな。 緑の多い草のそよぐ好きな駅で降りて深呼吸したい。 がっ。今日はそんな悠長なことはできない。 在来線なんて途中下車なんてだめ。 とにかく雲中供養菩薩っ。 鳳凰堂内で実物を見るぞー。 平等院は平安時代に建立された。 藤原道長の別荘を息子の頼通が寺に変え、名を平等院とした。 当時の平等院は、それはそれは広い寺域を誇り多くの塔頭があったが、 時代と共に戦火等でそのほとんどは失われた。 現在は十円硬貨になっている建物、鳳凰堂を中心に、 いくつかの建物が往時をしのばせる。 としても。 現代からすれば、 あそこであれだけの敷地、あの規模の建物は、結構広い。 そこに当時をしのばせまくり…な建築、造形…。 平等院の中心にある鳳凰堂の名は通称で、 正面から見た建物の姿が、両翼を広げた鳳凰に姿が似ていることから そうに呼ばれるようになった。 正式名は阿弥陀堂だ。 現在も阿弥陀堂のぐるりは池で、 正面から見る阿弥陀堂は池の上に立っているような瀟洒な姿をしている。 創建時からそうだった。 池に囲まれていたことが幸いして大火でも延焼を免れた。 平安貴族の夢見た浄土をうつした阿弥陀堂は現在まで残った。 阿弥陀堂に安置されているご本尊は阿弥陀如来。 平等院は、平安当時流行していた阿弥陀信仰 (弥陀如来に極楽往生を願う浄土信仰)の寺院なのだ。 目的の雲中供養菩薩は、 堂内内壁に、ご本尊の阿弥陀如来をぐるりととり囲むように かけてとり付けられている52体の菩薩像群のこと。 あおぅっっ、双眼鏡忘れた! 雲中供養菩薩像群は、かなり上の方に取り付けられてる。 堂内は薄暗くってそのままではよく見えないのに!
by moriheiku
| 2006-11-08 08:00
| 歴史と旅
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