中世芸能の発生 390 檜(ヒ ヒノキ 桧)



つづき


檜(ヒ ヒノキ 桧)の鱗状の葉に裏表があるのは、
日の光を好むことから。
檜のもとは山腹の斜面や尾根筋に生える。

檜の日の光にあたるために広がる常緑の葉と樹形は、
樹下に日差しを多く通さない。
そのため檜林の下は暗く、下生えの木や草が育ちにくい。

樹下が暗く下生えの生えないことと合わせて、
常緑で3年ほどで入れ替わる檜の葉は、
落葉したものもそのまま乾燥し、雨や風に流れて
あまり土壌の養分とならない性質であることから、
檜林は表土が露出し、保水力は弱く、土壌は肥えず、動植物も豊富には育たない。

それは、檜の生育に適した環境を、檜が作っていることであって、
もともと檜が生えていたような照葉樹と混在する森であれば、
森林は全体的に調和が保たれる。

ただ檜一色の人工林となると、
人工林の乾いたにおいや肌感でわかるように、
もとの植生の山のようには山の命は豊かにならない。



北限がもっと北になる杉と異なり、
自然の状態での檜の生育地は関東がほぼ北限となる。
したがって古い時代に檜を重視した文化が、
関東以南の文化だったことがわかる。


木質が柔らかいことから石器で伐採することが難しく
利用が進まなかった檜だが、
金属器が使われるようになった弥生時代頃から利用が盛んになった。

建材として日本人の好みによく合う檜は、
庶民の家屋や燃料としてではなく、
宮や屋代(社)や寺院といった
宗教性を帯びた高級で大規模な建築に用いられた。

どこかに天然の檜林がある、どこかに檜の大木があると知られると、
すぐに行って伐採されてきたために、
天然の檜林があった場所も現在ではよくわからなくなっており、
檜とよく似た杉に比べると、
檜の古木はごくわずかしか残っていない。

すでに日本国内に理想的な檜の大木がないため、
宮跡や金堂の復元に用いられる檜の巨木は、
台湾などで発見された希有な檜の巨木が伐採されて使われていることにも、
胸が痛む。




私は、檜は半ば意図的に神聖さを加味されていった木であると考えている。

樹木の聖性は樹木に感じられた旺盛な生命力が元にあると思うが、
樹木の神聖という意味では、
古い詞章のことばに推測されるように、
針葉樹より照葉樹が先立っていたと考えられる。

また檜が
神聖な場所に用いられる木、高級な神聖な木となったことには、
建材として優秀であることと権力を結びつけた信仰の変質がともなっていた。

同時にそこには、例えば偶像崇拝のように、
本来盛んな木に宿る命の横溢に神聖を見ていたことは忘れられ抜け落ちて、
像や建築物やある種類の木の方を大事にするといった経緯が見られる。





檜扇(ひおうぎ)の民俗
・2010-10-03 中世芸能の発生 357 檜扇(ひおうぎ)の民俗
もうこの時、言いたいこと言ってたのか。
私の辞書に進歩ということばない。アハハ。


・2010-10-12 中世芸能の発生 358 扇の民俗 ケヤキ
・2010-10-13 中世芸能の発生 359 衵(あこめ)扇 信仰の変質
・2010-10-14 中世芸能の発生 360 お雛様の檜扇
・2010-10-15 中世芸能の発生 361 武官と木簡と檜扇

・2011-04-10 中世芸能の発生 386 ヒノキ

・2011-06-02 中世芸能の発生 392 檜を使ってきた歴史 狂奔

・2011-06-03 中世芸能の発生 393 檜と日本文化




・2010-02-04 中世芸能の発生 268 古代における聖性とは




木(キ)
・2011-09-05 中世芸能の発生 412 キ(木) 毛(ケ) キ・ケ(気)
・2011-09-06 中世芸能の発生 413 ことばと植物




・2010-03-16 中世芸能の発生 297 土地の木
・2010-05-05 中世芸能の発生 304 仏塔 心柱 刹柱
・2010-08-02 土地本来の植生の回復 鎮守の森



・2010-10-23 水の旅 用材


・2009-12-17 中世芸能の発生 267 一つ松 声の清きは
・2010-05-14 中世芸能の発生 309 はやし はやす
・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元




ヒノキの名。
檜(ヒ ヒノキ)は「ヒ」の一音で呼ばれていた「木」。
それが「ヒ」の「キ」と呼ばれるようになった。
「ヒ」は名詞でなく性質(昔の人にとっての霊質)をあらわす語。
「ヒ」の音は「ヒ」の性質のあるものにつく。「火」「日」なども同様同類。
・2010-07-07 中世芸能の発生 335 固有名詞にならないもの

「ヒ」が「ヒノキ」と呼ばれるようになった経緯は、
「コト」(「言」「事」)が同じだったところが時代とともに意味が分化し、
「コト」の「ハ」(ことば)という語が用いられるようになったことと同じ。

「コト」 「言」「事」の分離
・2009-06-28 中世芸能の発生 157 『日本人の言霊思想』
・2011-03-02 中世芸能の発生 384 ことばと自然 祝言

「コト」 「琴」
・2009-08-16 中世芸能の発生 187 和琴
私の知る古い和琴は、
縄文から弥生時代にかけてのもので、本体はスギ類。ことじはカエデ。
ただし各地で多く出土している和琴の木とその割合は私は知らない。
正倉院に納められた和琴はヒ(檜 桧 ヒノキ)。





・2011-04-07 国土の保全 知恵と伝承
・2011-03-17 森林と国土
・2011-03-01 中世芸能の発生 383 たるみ 垂水 伏流水
・2011-04-23 人工林を住宅復興の材にあてたその後に、土地本来の木を植えるの、どうかな




つづく
by moriheiku | 2011-05-19 08:00 | 歴史と旅
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