見える水 見えない水



「たるみ」の土地。

「たるみ」の語にあてられた漢字は「垂水」ほか色々ある。

もともと「たるみ」はしたたる水のことではなく、
ゆるみ、たるむ土地の“性質”をあらわす呼称。

古い日本語の核は、まず“性質”をあらわす。
そして、その性質を核として名詞化、動詞化、形容詞化する。

たとえば人の皮膚の「たるみ」も、
「たるみ」という“性質”の類ということだ。



「たるみ」の土地は日本中にある。
たとえ「たるみ」という(ことばの)音がついていなくても、
山がちの日本ではめずらしくない土地の性質。
・2011-03-01 中世芸能の発生 383 たるみ 垂水 伏流水



「たるみ」のことばの音に「垂水」の文字があてられているものは
よく目にする。

漢字導入の黎明期、奈良時代に編纂された歌集『万葉集』の歌のほとんどは、
日本語のことばに漢字の音や意味をあてはめていく万葉仮名で記された。

万葉集歌中の「垂水(たるみ)」の例として、

・石(いは)ばしる垂水(たるみ)の上(うへ)のさ蕨(わらび)の萌(も)え出づる春になりにけるかも(1418)

・命幸(いのちさき)く久しくよけむ石走(いはばし)る垂水(たるみ)の水をむすびて飲みつ(1142)

訳などはこちら
・2011-03-03 中世芸能の発生 385 石走(いはばし)る垂水(たるみ) 祝福


これらの和歌に「垂水(たるみ)」は、
岩の上をほとばしり流れる水として用いられている。

水が下るような豊富な水を含む土地は「たるみ」やすい。
「たるみ」の語と駈け下る水の「垂水」の重なる関係が理解されやすい。



日本は山がちで、
山から下る水によって、水だけでなく豊かな土壌も下流に運ばれてきた。

現代の私たちは、山から下る水というと、
もっぱら地表を流れる河川をイメージするのではないだろうか。

しかし実際は、地表を流れる河川の水は
山から平地へ来る水全体の一部にすぎない。

土中に保たれ、あるいは地下を流れる水量は、
地表を流れる川の水の何倍もある。
(※これに樹木自体が蓄えている水量は入れていない)

こうした豊富な伏流水や地下水は、
たるみやすい土地の性質と重なっている。


このような土地の性質は、人にとっては、
災害、土石流や地すべりや水害の原因となると同時に、
下流に豊富な水や肥沃な土壌をもたらしてきた。


自然は、それ自体としてあるだけで、
善悪の範疇にくくれるものじゃない。

だが人間にとっては、都合のよいところと都合の悪いところがあり、
人が、時にはそれを善悪にくくる。


地下で濾過されたきれいな水が豊富に出るところに、
日本酒の生産が盛んであるように、

土地の自然風土は、動植物だけでなく、
自然の一部としての人の暮らしや文化、思想、精神、性質もはぐくんできた。


こうした自然風土の広い土壌を視野に入れずに、
表面的な人の文化、アクセサリーばかりで物事をはかり、
云々しているのはどうしてかと思う。


国の成り立ちの基本は、土地の自然風土だと思う。

人が中心じゃない。


現代人が人の文化を云々する時、多くの場合徹底的に抜け落ちているのは、
はじめに、自然風土という広い土壌に、人の精神・文化ははぐくまれているのだということ、
その視座だと思う。


この基本的な視点は、自国そして、他国の尊重につながる。





・2009-08-19 風土

・2011-03-17 森林と国土


古い日本語の核は、まず“性質”をあらわす。
そして、その性質を核として名詞化、動詞化、形容詞化することについて。
たとえば「ヒ」の展開。
・2010-07-07 中世芸能の発生 335 固有名詞にならないもの



日本人の命の概念。日本の信仰の流れ。
・2013-02-06 日本の命の概念
日本の古来の命の考え方は、
大陸から入ってきた命の考え方とは違う。

大陸的な考え方では、命はもっぱら動物、また植物の生命のことを指す。
(今は日本人にもこれに近い考え方だろうか。)

古来の日本の命は、
その生命力、圧倒的な力、横溢するエネルギーのことを、命と感じていた。

したがって昔の日本では、山にも岩にも命がある。
滝も水の流れも、風も、命そのものだ。
光も、音も。何かの中におこる力や性質自体も。


ごく古い時代の日本のこうしたイノチの感覚がやがて、
日本における精霊やタマの概念になり、日本における神の概念になり、
仏教が入ってからは民俗信仰と習合した仏の概念になっていった。

かつて命はエネルギーのようなものに概念されていたので、
古い時代の日本では、命の概念で生物と無生物は分かれない。

したがって日本では、
森羅万象に命があり、森羅万象に神が宿り、
岩にも木にも仏がいるという理解になっていった。
日本の信仰の流れ。




自然風土とことば 生物多様性
・2010-08-31 生物多様性 言語の多様性
・2010-08-18 中世芸能の発生 340 母語
・2009-06-29 中世芸能の発生 158 母語 母国語 民族語




地名とことば
・2011-09-06 中世芸能の発生 413 ことばと植物
・2011-09-05 中世芸能の発生 412 キ(木) 毛(ケ) キ・ケ(気)




万葉仮名 古代の言事融即の言葉観 漢字導入によることば意の分離と変化
・2009-06-28 中世芸能の発生 157 『日本人の言霊思想』
・2011-03-02 中世芸能の発生 384 ことばと自然 祝言




檜(ヒノキ 「ヒ」の「木」)に見る 植林と宗教的意義の重ねられたこと
・2010-10-14 中世芸能の発生 360 お雛様の檜扇
・2010-10-03 中世芸能の発生 357 檜扇(ひおうぎ)の民俗



底流
・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元
・2011-03-29 自然と人 わざわいもなぐさめも



万葉集。
地下を流れる水量が豊かなことを知っていたからこその愛の歌。
水量が少なかったら歌の意味が変わっちゃうー。
・2011-03-01 中世芸能の発生 383 たるみ 垂水 伏流水


万葉集の垂水 ほとばしる水
・2011-03-03 中世芸能の発生 385 石走(いはばし)る垂水(たるみ) 祝福


渚に寄せる水
・2012-01-20 中世芸能の発生 421 若水 渚に寄せる水





万葉集歌に見る
・2011-08-18 中世芸能の発生 410 生命の連鎖 歌から掬(すく)いとる方々
「命っていうのは、やっぱり生き物を見ていますとね。みんなつづいていこう、つづいていこうって一所懸命生きてるなって思うんです。それはもちろん死というものもあるんですけど、なんか自分だけじゃなく、他の生き物たちも含めてつづいていってほしい、っていう、そういうことがみんなの生き物の中にこう、こもってる。」

そうした行動が、人間だったら、歌や、花を植えるとか、そういう行為で、
それが生き物としての人間の表現、

と、おっしゃって、
そういう意味でもこの歌を素晴らしい、と中村さんは思われたそうだ。

日本の信仰というか、信仰ともいえない、謂わば民俗の底には、
自然という水流がずっと続いていると私は思う。

それは個人の教祖や教義など、つけようもないもの。
体系的でも哲学的でもない、
自然の実感としかいえないようなものだ。

中世芸能が生まれるまでの、
芸能と宗教と分化していない古い日本の芸能は、
自然に寄せてヨ(イノチ)をことほぐ、祝福の系譜だ。






自然
・2012-02-26 中世芸能の発生 429 樹幹流 他力を本願とすること
他力本願は、人の力をあてにした近視眼的な自己の達成願望でない。
自分の人生を生きることの否定でもない。

他力本願は、
自分は、自分の判断の範疇をはるかにこえた森羅万象の
めくるめくような相互の関わりの中にあり動いているのだという
強い自覚と、覚悟だと思う。

それは、独善的な判断の中で苦しむ者の、救いでもある。




・2011-03-11 自然 風土
by moriheiku | 2011-04-06 08:00 | 歴史と旅
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