吉水院


つづき


まだ拝観の時間ある?
蔵王堂のすぐ近くの吉水神社(吉水院)へ。

静か。こちらもどなたもいらっしゃらないの。
インターフォンで連絡し拝観。

ああここは悔しさがある。

敗北側の悔しさが。

しかしもちろんそれだけでなく、
吉野は、同時に幾つもの歴史が重なっているところが魅力の一つで、
歴史的にもほんとに興味深いところと思う。

様々な層が吉野の土地の上に過ぎて、
自然の一部になっている感じ。


この時の吉水神社に
役行者の持ち物とされる修験の道具、仏具もたくさん展示されてた。

役行者の持ち物とされるそれらは、
これまで多くの修験の人たちの行き来した姿なんだ。と思う。


各地にのこる、例えば、弘法大師が見つけた弘法大師が作ったという伝説のものは、
弘法大師(空海)のように各地を辺巡る、信仰の人々の足取りなのだと思う。

そうした伝説のものが、
弘法大師のものは時代が合わない、ウソじゃないかと言われるものであっても、
それは同じ信仰の足取りの人々のいた真実であるのだと思う。


これらの伝承から、
かつては、共通の核をもつ人々は、共通する核において、
同一の神や人だと認識されただろうことを思う。

身体は入れ物で、精神(魂)は同一。
身体が異なるだけだから、
別の時代の人であっても同じ人、あるいは同じ神であるという認識があったと思う。
別人でない。
古い時代の天皇についてもそのように考えられたと思う。
祭りで神に扮した村民が、その間は、来訪した神だと考えられてきたように。



そして、役行者のものである、静御前が身に着けていたもの、と
展示されているこれらの品々はまた、

人々を信仰へいざなう時、
唱導、説経や語り物などで人々に勧進を勧める時に、

唱導、説経、語り物をする人たちが、
人々に証拠の品として提示しながら生き生きと語ったものだろうと思う。





つづく
by moriheiku | 2010-10-05 08:00 | 歴史と旅
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