中世芸能の発生 354 精進料理 日本料理




つづき


私にもできる範囲で日本料理を丁寧に作ってみる時、気付くことは多くある。
一つは水をたくさん使うこと。
和食は、きれいな水に恵まれた環境で生まれた料理だ、と思う。

刺身や葉物の処理にしても。
水をむだにするという意味でなく。
水を含め、環境に適した調理で、とれた素材を生かす。


この頃ソウルフードと言うと、アメリカ南部の料理のことだけでなく、
玄米や豆や、各地各国の郷土料理のことを言うみたい。
ソウルフードとはよく言ったもの、って思った。

世界中の郷土料理は、素材だけではなく、調理方法も、
その土地に生える木や草のように、土地のことばのように、
その土地と環境に合って育ったんだろう。



仏教の寺院料理は、仏教の殺生を禁じる考え方で、精進料理が作られた。

古来の民俗信仰と融合するかたちで根付いた日本仏教の、
日本の精進料理には、素材の命を生かしきる思想がある。

お経を唱えなくても、
料理を日々作って提供することはやはり、
季節を通してたえず自然と土地の命に触れ命を知ること、
自分も循環の一部であることや、人やつくすこと他
さまざまの行の実践と考えられた。



勧進の聖や僧が盛んに回国していた時代に道元禅師が開いた永平寺で、
精進料理を作ることが重要であったことには、

道元禅師が宋で学んだことの他に、
日本の古来の自然観、
自然の命に対する実感も底流にあったかな、と想像する。



古い日本文化の隅々に見られる、
人も自然の一部であり、循環する自然の一部である実感は、

宗教的な意味で語れば、
人が死ぬと山へ行って祖霊となり、季節になると
水や土になって、ふもとの村の田畑を潤すという信仰になったり、

自然の中で修行し験力を得る修験道の、
自然の中に捨身して(死んで)神霊になって人々を助けるという行い等に
結びついていると思う。



仏教の寺院料理だった精進料理の大きな特徴は、
あたりまえのようだけど、殺生を禁じる考え方から、動物を食べないこと。

日本の精進料理は、仏教思想を重ねて発達洗練しているけれども、
しかしその思想には、
仏教以前の古来の自然観生命感の影響があると思う。



仏教以前に、日本には、
自然の生命力を神聖とする原始宗教、民俗信仰があった。

やがて霊や神の概念ができ、
自然の中に神霊が宿ると理解されるようになったと思う。


自然の生命力が神聖だった時代、
自然の物を食べることは、その食べ物の生命力を自分の一部にすることだった。


この時点で、動物も植物も、水も土も木も人も、同じ自然の一部であり、
動物を食べないという仏教思想的な例外はない。

史料の中に見られる、
古来の民俗信仰の色濃い聖や僧、優婆塞が、魚や肉を食べてたのは、
古い信仰からすれば当然のことだ。



現在の修験道よりも仏教の影響の少なかった初期の修験道、
または後の修験道につながる山野で修行する民俗信仰の一形態では、
木食、草衣の思想があった。

“ 私は前奈良期の七世紀末に役の優婆塞によって開かれた山岳宗教を初期修験道とよぶことにしており、その精神は奈良時代から最澄、空海の平安初期、九世紀末ごろまでは生きていたとかんがえている。”

“服装についてはおそらく草衣(そうい)で、食物は木食(もくじき)にちかいものではなかったかとおもう。
 というのはこの時代の山林修行は木食草衣が普通であり、これは人間の栽培した五穀や、麻や絹の衣服はけがれているという思想があったからである。”

(五来重『修験道の歴史と旅』)


この時代、仏教は伝来していたけれども、
人の手のかかったものを避ける宗教者たちの草衣(そうい)木食(もくじき)は、
古来の、自然の旺盛な生命力を神聖とする意識に基づいていると思われる。

松葉を食べたといわれているこの時代の行者の原始回帰の意識には、
肉食を避けるというより、人手のかかったものでないことが重要で、
自然そのままの命に近づこうとするものだったと思う。


こうした考えは特別なものでなく、同様の思想は、
土地を造成せずに社を造る建築技法の懸崖造や、
自然の造形を残す聖による作仏、日本の仏塔、等々
日本文化の端々にあらわれている。

そしてそれは、
自然の素材を生かす日本料理、あるいは日本の精進料理にも
共通していただろう。


かつての日本料理の原点になっているものや
日本の精進料理の、素材そのままを生かす、というのは、
味だけのことでなかっただろう。

自然のイノチのチカラを生かすことだっただろう。



酒造りの杜氏さんが、いつか作れたらいい理想の酒として
「水のような酒を作りたい」
とおっしゃるのを聞くたび感動する。

それは、水っぽい酒ではもちろんなく、
純粋な水の味わいに限りなく近づきたいという杜氏さんの想いで、
そういう言葉がさらりと出ることに、
日本文化の底にある自然への志向の深さを感じる。

自然の音を理想とするような和楽器にも。




食べることや料理することは、
その気があれば生活のすべてに及ぶ総合的なことで、
美味しいね、とか、こんなのを食べさせて元気になるといいな、とか、
食卓をクリエイトすることなど見出す楽しみも多岐にわたるけど。


輝いている新鮮な野菜にふれる実感や、

食べ合って互いの一部になって、命はめぐることを
かすかにでも思えたり、

素材を生かすことは命を生かすこと、
命の力をうつそうとしたのだろう、と、
料理する中に精神の骨を感じることは、

私の命のごちそうになる。





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つづく
by moriheiku | 2010-09-16 08:00 | 歴史と旅
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