中世芸能の発生 257 しづのをだまき 三輪


つづき


『古事記』崇神天皇の条。
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三輪山の麓に住む活玉依比売(いくたまよりひめ)の所に夜ごとに貴公子が訪れた。二人は相愛の関係となり、彼女は身籠った。両親はその男が誰かをたしかめるために娘に苧環(おだまき)の麻糸を針の目に通して、男の衣の裾に刺すように命じた。翌朝三匂(みわ)のみ残ったこの糸の先をたどっていくと三輪山の祠の前でとぎれていた。そこでこの貴公子は三輪明神で彼女がその子を宿していたことがわかった。その後朝廷では成長して大田田根子と名乗っていたこの子に三輪明神をまつらせたとしている。
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『霊山と日本人』宮家準 (著) より



苧環(おだまき)の麻糸。
麻の糸巻き。

苧環(おだまき)の麻糸で織る織り物は、
上代には聖なるものと思われた倭文(しつ しづ しず)。

この伝説から、
聖なる倭文(しつ)に関わる女性の活玉依比売は、
祭祀する人、巫女的な立場の人であったことと、

苧環(おだまき)の麻糸のとぎれた先に鎮まる山の神、
土地の神である三輪の神が、
『古事記』を編んだ古代の人にとっても、昔の、
ずいぶん古い神であることが印象される。


三輪周辺の土地にヤマト王権が本拠を置いて、
三輪山と三輪の神はヤマト王権の人々に親しい神となった。

大和朝廷の人々にも三輪山が多くなつかしく歌われる。





次、

木綿花と滝。

倭文(しず)と賤(しず)と静(しずか)。

合わせて、古い宗教者と芸能者の立場の変遷。







この時まとめきれなかった倭文織についてを、

後日、下記シリーズにまとめた。



■倭文について
・2010-08-19 中世芸能の発生 341 倭文(しつ しづ しず 倭文織)
・2010-08-20 中世芸能の発生 342 倭文(しつ) 真間の手児名
・2010-08-21 中世芸能の発生 343 倭文(しつ) 神聖なもの
・2010-08-22 中世芸能の発生 344 倭文(しつ) つまらないもの
・2010-08-23 中世芸能の発生 345 倭文(しつ) 狭織(さおり)
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし





・2008-07-31 芸能の発生 古代~中世 11 和歌と祝詞 蟻通

・2009-11-19 中世芸能の発生 245 国作りの神



・2009-11-26 中世芸能の発生 250 倭文(しつ しづ しず)
・2009-11-27 中世芸能の発生 251 垂づ(しづ) 木綿(ゆふ)
・2009-11-28 中世芸能の発生 252 白栲(しろたへ)の衣




つづく
by moriheiku | 2009-12-03 08:00 | 歴史と旅
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