地続き


あたしは子供の頃は、木という木にはのぼり、

学校の休み時間には、
校舎の3階に届く巨大ジャングルジムの上で、
鉄の骨に手を添えず走って追いかけっこをし、

ブランコを大きく揺すっては、
前でも後ろでも、
ブランコを揺らしてもっとも高くなった位置からくるりと
一回転して飛び降りるという、
今からでも子供の自分に「あぶないからやめなさいっ」と言ってやりたいまるでサル、
いや、せめて人として例えるなら、
お転婆(おてんば)のひとりだった。


ニューハーフの人が指摘されてたように、
たとえババア(婆)という字がつくとしても、
お転婆、と、人として例えるのがいいのか。
ババアとつくよりは、獣だけどサルのほうがマシかは迷っちゃうところ。
そんなだから子供の頃遊んでいて前歯も2本、折っている。

子供ってそんなものなのだろうけど、今では想像できない。
思えば私も人間になった。



どうしてこれで、おっとりしている、とたいてい言われてきたのか、
ほんとなぞだけど、

子供の頃、ぱお(実家)に住んでいる時は、
やはり毎日庭の木にのぼっていた。
(地面に臥してもいたけど。)

木の多い家で、
そのうちひとつの木は、やさしい木で。
木肌や木の息はやさしく、枝は伝いやすく座りやすく、
登ってはこんもりした葉の内側にかくれて、
毎日長い時間ただ座っていた。

ほんとにただ座っていた。枝の間に。
なんにもせず、自分も忘れて、何もなくなって呆けて過ごしていた。
半分寝ていたようなもの(寝てなかったけど)。
あの木は今もやさしい。

一、二年前くらいに、親に、
「あのあなたがいつも座ってた木」と言われて、
「ばれてた!」と心中おどろいた。




自然が好きな人はそうだと思うけど。
自然の中に没入し、拡散し、自分をなくす。

地鳴りがするような感じの土地に行けば、自分の身体が響くし。

あたたかい日があたっているのは、
自分の身体があたっているのか、土地があたっているのか、

虫が鳴いているのは、
自分のどこが聞いているのか鳴いているのか、
わからないような感じがすることがある。


つまり人も自然なので、
自然とは地続きなのだ。


自然にかぎりなく埋没する、没入したいということは、
自然と地続きの身体の自然な衝動としてわかる。








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by moriheiku | 2009-08-30 08:00 | つれづれ
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