中世芸能の発生 190 他界 浄土



つづき


昔の日本人が、
海のかなたに他界があり、山に他界があり、
地下に他界があり、天上に他界があると思っていた。

浦島太郎は、海のかなたの常世(とこよ)、不老不死の楽土へ行った。

今も墓地とそれを管理する寺が多く山の上にある。

海の他界観は山の他界観に先行してあったと思われ、
山の他界観と並んで存在していたけれども、
海の他界観は比較的早く忘れられた。


海のかなたの常世は、仏教が入って後は、
南方の補陀落浄土、菩薩浄土ということになって、

補陀落浄土に入ることを願って入水、捨身する行、
あるいは葬送の形式としての補陀落渡海が行われた。


平家物語の、二位の尼が幼い安徳天皇を抱き、
「波の下にも都のさぶろふぞ(波の下にも都がございます)」と
壇ノ浦で波に沈んだのも、
平維盛が那智の沖で入水したのも、
海の楽土、菩薩の浄土をみていた。




古代から日本人は個の霊魂という概念を持っていたようだ。

平地に住む人々にとって、亡くなった先祖の魂は、
死んだらあの山にいって山の一部になってわれわれを見守り、
恵みをもたらす存在になると考えられて、
集落の背になる小高い丘や山の斜面に、よく墓地や聖地跡を見かける。

そうした山は、水源と重なっていることも多い。


山の上の平地は、神や霊の鎮まる場所と考えられたようだ。

山の姿に神々しさを感じることがある。

山上の平地である「高間原(たかまのはら)」は、
神話では神々の集まる
 “神々のパンテオン” 「高天原(たかまがはら)」となって、
山中他界観は天上他界にも重なった。

宮崎や奈良葛城などの高天原の名を持つ土地は、
こうした背景があるかと思う。


山の上の、山中の平地が古い霊場になっていることがある。

高野山、恐山、立山などはその規模の大きなものだけれども、
それは山中の他界観からきており、

山中他界は、仏教が重ねられてからは、
地獄でもあり浄土でもある場所となった。

前に行った天野などもそうした場所かと想像する。




仏典(※)に、
極楽浄土は西方十万億土、
西に十万億土のかなたにあるとあるけれど(※※)、

※西方浄土三部経 : 阿弥陀経、無量寿経、観無量寿経
※※西方浄土

それでも古い絵画、文学や芸能に見られるように、
ほとんどの日本人は、仏教の浄土を、
山や海の他界観に重ねて見ていて、

五来重さんが書かれているように、
それまで持っていた他界観と離れては、
仏教の浄土も地獄も感じられなかった。



神道は、古来の民俗信仰を体系立て、系譜化したものと思う。


古来の実感的民俗の上に、似た思想を幾重にも重ねて、
新しい思想を取りいれてきた。






参考:『日本人の地獄と極楽』五来重




海の彼方の常世・他界
・2012-01-20 中世芸能の発生 421 若水 渚に寄せる水



意味の変遷 意味を幾重にも重ねていく経緯
・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元
・2011-10-04 中世芸能の発生 418 意味の変遷
・2010-05-05 中世芸能の発生 304 仏塔 心柱 刹柱
・2010-03-16 中世芸能の発生 297 土地の木
・2011-10-03 中世芸能の発生 417 杖の民俗
・2011-10-07 中世芸能の発生 420 一本の棒
・2010-04-07 中世芸能の発生 302 一刀彫





天野
・2008-12-14 地形を旅した かつらぎ町天野
・2008-12-15 地形を旅した 西行の妻
・2009-04-02 地形を旅した 横笛の恋塚 苅萱(かるかや




捨身
・2009-07-06 中世芸能の発生 165 捨身
・2009-07-07 中世芸能の発生 166 死と再生の物語
・2009-07-09 中世芸能の発生 168 国家鎮護と山岳仏教
・2009-07-16 中世芸能の発生 175 堂衆と千日回峰行
・2009-07-05 中世芸能の発生 164 修験道の衆生救済


・2008-06-10 『身毒丸』 折口信夫 01
身毒の父は捨身したのか。身の罪業を滅ぼすために。


・2008-12-31 中世芸能の発生 47 谷行(たにこう)
山での捨身と再生


浦島太郎
・2009-06-09 中世芸能の発生 144 お伽話




「見るべき程の事をば見つ」(見るべきものはすべて見た)と自害した知盛。
小さな手を合わせて、二位の尼に抱かれて波に沈んだ幼い安徳天皇。
いつ読んでも、何度聞いても、泣くわ。
壇ノ浦の、平家一門の最後んとこ。

ここが語られず芸能化されなくてどうするという場面。


つづく
by moriheiku | 2009-08-26 08:00 | 歴史と旅
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