中世芸能の発生 117  法楽和歌 百人一首



つづき


古代から中世までをたどる中で、
和歌は、幣であり、祝詞であり、占であり、呪であり、
祭文であり経であり御詠歌で、
恋を語る道具、戦の道具でもあったことを、
具体的に少しづつ見てきた。



『武士はなぜ歌を詠むか』小川剛生(著)の中で、
法楽和歌がとりあげられている。


法楽 ほう‐らく〔ホフ‐〕    (Yahoo!辞書)
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1 仏法を味わって楽しみを生じること。また、仏の教えを信受する喜び。釈迦が悟りを開いたのち1週間、自分の悟った法を回想して楽しんだことが原義。

2 経を読誦(どくじゅ)したり、楽を奏し舞をまったりして神仏を楽しませること。また、和歌・芸能などを神仏に奉納すること。

3 なぐさみ。楽しみ。放楽。「見るは―」

4 見世物などが、無料であること。「―芝居」
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例えば法楽和歌には、
法華経第二十五普門品の観音経の最後の偈(げ)を
和歌に置き換えたものなどもあり、
本文中に紹介されている。


偈 げ    (goo辞書)
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補足説明梵 gth の音訳「偈陀(げだ)」の略

(1)経文で、仏徳をたたえ、または教理を説く詩。多く四句からなる。「諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽」の類。偈頌(げじゆ)。伽陀。頌文。

(2)禅宗で、悟りの境地などの宗教的内容を表現する漢詩。偈頌。詩偈。頌。
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“ 波浪不能没  源直義朝臣

 さはりなき心におこすちかひにや波に入りてもおぼれざるらん

もとの偈は「或漂流巨海 龍魚諸鬼難 念彼観音力 波浪不能没、(或は巨海に漂流して、龍魚諸鬼の難あらんに、かの観音の力を念ぜば、波浪も没すること能はず)」と、観音に祈ればいかなる災難も禳(はら)うことができると説くもので、その内容を和歌的な趣向のもとにパラフレイズしている。もとより、神仏のために法文を読誦(どくじゅ)して功徳を祈ること(法施(ほっせ)という)と同じ効果を期待したに違いない。”


これは観音経の最後の偈一〇四句の主要な句を題とした
連歌形式の一巻のうちの一首。


“それらが多く百首を単位とする、定数歌の形式であったことに注目する必要がある。
 このような百首歌は中世、とくに鎌倉後期以後多く詠まれている。いや、ほとんどの百首歌がいくばくかは神仏との交信を目的にしていたと思われるほどである。”

“ そして尊氏自身にも、似たような百首歌があったらしい。若き日に、鎌倉市中の「推手の聖天」と呼ばれる歓喜天にひそかに願を立てた尊氏は、百日間毎暁参詣しては和歌を書き付け、満日には一巻として奉納した。その甲斐あって天下を掌中にした、というのである。
(略)
尊氏の信仰心の篤さはよく指摘されるところであるが、それが和歌を詠むという行為と鞏固に結びついていたことには関心を惹かれる。”


足利尊氏の法楽和歌などを例に、
武士の和歌と信心の関わりが上げられている。




時々、小倉百人一首には鎮魂の意味があるという話しを見聞きする。
百首という定数や、
藤原定家のした歌の選択に政治的な配慮があることに、
いかにもこの時代らしさがあって、
どこか祈りが重ねられているような気がする。




参考:『武士はなぜ歌を詠むか』小川剛生(著)





歌を「ヨ」む。
・2010-02-12 中世芸能の発生 293 ヨ
・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能



和歌の本質ないし中心に祝福があり、
それがやがて神仏への法楽の意味へと変化する。
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・2009-03-05 中世芸能の発生 82 和歌と宣託 紀貫之
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つづく
by moriheiku | 2009-04-23 08:00 | 歴史と旅
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