中世芸能の発生 76 聖と穢をまとった輝手 小栗判官



つづき


秋に、中世に語られた説経『小栗判官』を読んだ。

小栗をのせた土車を引く美しい輝手は、
道中人の好奇の目から逃れるため、
顔に墨を塗り着物の裾を上げ、
烏帽子をつけて、笹の枝に幣をとりつけたものを手に持って、
狂気を装って小栗の土車を引いた。

墨と着物を除けばその姿は白拍子のよう、とそう思った。


不穏な中世、
それだけの扮装で輝手は身の安全が守れるの?思ったけれど。
これは物語だからかな?とも思った。

しかし中世のことあれこれかじるうち、
その輝手の姿は聖性と穢が同時にあるから
輝手は守られたのだと理解した。


日本は古代から女性の旅が多かった。
江戸時代あたりにも宣教師など西洋から来た人々が驚きをこめてそれを記録している。

中世も女性の旅は多かった。
女捕(めとり)」もあったけれども。
女性が、それもあり、の約束事の中にあれば彼女らは概ね安全に道行した。

以前桂女遊行婦女のあたりで打ったけれども、
遍歴する女性は、聖に属する者と考えられていた歴史があって、
そうした印(服装)をしている者には手を伸ばしづらい事情もあった。
聖性への畏れがあったのだ。
中世紀になると聖性への怖れと忌避があいまったものになっていたようだ。

寺社へ物詣へ行く旅の女性の特徴的な装束も、
そういう人であるという印になっていた。



昨年BSで全作品を放送された黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』を見て、
疑問に思ったの。

『隠し砦の三悪人』は中世戦国期が舞台。
姫が敵を逃れ、唖(おし)を装って旅をする。

道中、姫は男に買われそうになるが、
姫と同行する者が「こいつ(姫)は唖だぜ。」と言ったら
男は姫に手を出すのをやめた。

私はその時、
手を出すのに話せなくてもかまわないじゃない?
やめる理由になるかしら、と思った。
でも娯楽映画だからそういうこと?って思った。

でもここには意味があった。


中世期には、身体障害者への差別はきつかった。

平安期にはじまった過剰な浄穢観念の発達から、
身体の障害は穢れ(ケガレ)と思われていた。
その人の罪と障害と重ねて考えられていた。

『隠し砦の・・』で姫を買おうとした男は、
当時、一般の健常者と異なる別の世界の別の能力を持っていると考えられ、
また同時に穢であった唖に触れるおそれから、
姫に手を出さなかったのか・・。


説経『しんとくまる』の俊徳丸伝説ではないけれど、
障害を持った者は、実の子でも捨てられてたりしたのだった。
きつい時代。


黒澤の時代劇作品はリアルにこだわって作られたと聞く。
なのにどうしてあんなにメイク濃いの、舞台化粧みたい、
顔が、リアルじゃない・・・なんて思ったてたけど、

中世を少しづつ知っていくと、
黒沢のこの映画の底に太く流れる筋、設定がリアルだった。

国会図書館へ通いつめて調べたことなどメイキング映像で見た。そっかー。



『小栗判官』の輝手に話しを戻すと、

小栗をのせた土車を引くかつて小栗の妻だった美しい輝手姫は、

巫女のように幣をとりつけた笹を手に持って、
聖に属した遊女の流れの白拍子のように烏帽子をつけて、
顔を汚し気の違ったふりをして土車を引いた。

輝手は聖と穢をまとうことで身を守ったのだった。

中世の女の旅のありようを、
古代の女のありようを思った。





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つづく
by moriheiku | 2009-02-20 08:00 | 歴史と旅
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