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中世芸能の発生 398 今様即仏道 命の際(きわ)



つづき


こうして後白河院は『梁塵秘抄口伝集』巻第十で、
十重二十重に、自身の今様の価値を語る。


それでも私は、
後白河院が院自身の今様の追及を仏道になぞらえていることに納得はできない。

「法華経八巻(やまき)が軸々(ぢくぢく)、光を放(はな)ち放(はな)ち、二十八品(ほん)の一々の文字(もんじ)、金色(こんじき)の仏(ほとけ)にまします。世俗文字(せぞくもんじ)の業(ごう)、翻(ひるがへ)して讃仏乗(さんぶつじょう)の因(いん)、などか転法輪(てんぽふりん)とならざらむ。」

一心に今様をすることが仏道となる。
今様をすることは、迷いを断ち極楽往生を叶えるものだ
という理解につながる有名な一文。

今様即仏道。

当時の人々が盛んに行った価値の転換が、ここにも結ばれる。


“世俗文字の業、翻して讃仏乗の因、などか転法輪とならざらむ”
狂言綺語(※)である文字の業を、
仏法を讃えるものとし仏法に至る契機とするという白楽天の詩をして。




後白河院は傀儡女(くぐつ)、遊女(あそび)と親しく交流した人だけれども、
梁塵秘抄口伝集で以下に言う、

“遊女のたぐひ、船に乗りて波の上に浮び、流れに棹をさし、着物を飾り、色を好みて、人の愛念を好み、歌を歌ひても、よく聞かれんと思ふにより、外に他念なくて、罪に沈みて菩提の岸にいたらむことを知らず。それだに、一念の心おこしつれば往生しにけり。まして我らは、とこそおぼゆれ。法文の歌、聖教の文に離れたることなし。”

遊女の類は、船に乗って波の上に浮かび、流れに棹さし、着物で着飾り、表面的なはなやかさを好み、男の愛情を求め、歌を歌っても、うまく聞かれようと思うばかりで、他には思いいたさず、罪に沈んで仏の悟りの岸に至ることがない。そのような者であるのに、今様で一念をおこせば極楽往生が叶う。まして私は、極楽往生しないはずがないと思う。法文歌(※広く仏法を歌う今様)や経典の文言から離れたことがないのだから。



これは平安の当時すでにあった遊女たちへの賤視のあらわれだろう。


私は、
後白河院は、自分を騙し切れただろうか、
と思う。


なぜ後白河院は『梁塵秘抄口伝集』巻第十で、
十重二十重に自分の今様の正統性、
自分の価値を語らなければならなかったのか。


巧みに言葉をつくし語った自分の正しさを
人は丸ごと信じると、
院は信じきることはできただろうか。


鋭い批評眼を持ちながら、
院は自分自身への疑問は持たなかったのだろうか。



『梁塵秘抄』の歌謡集に収録された今様歌や、
いくつかの書籍に断片的に記されて現代まで残った今様歌。

澄み上るような歌声だったというそれらは、すでに声ではないけれど、

当時生きた遊女や傀儡女が歌い歌いして、
時に応じて歌い替えしながら自分自身のものにしてきた歌は、
今は文字ではあるけれど、美しく苦しく胸に響いて聞こえるようだ。


後白河院は、大変巧みに素晴らしく今様をされたのだと思う。

しかしこの人は命の際(きわ)にいない人だ。

いや、人は誰でも命の際に立っているのだが、
後白河院は命の際(きわ)にいる自覚を持たない人だったと思う。
幽閉脱出幾度も目に見えてその際(きわ)に居たのに。


仏教では罪であった狂言綺語の文字技や芸能も
仏の道につながることができるのだ、という
こうした価値の転換は、

仏教思想において罪の人々となった
救われない命の際(きわ)の自覚に居る人々にとっての、
やむにやまれぬ救いの道であったはずだ。



今様の歌詞の文字の中に残る遊女の声は、
罪の自覚、命の際(きわ)の輝きとなって心の水を揺らす。


梁塵秘抄の口伝集にそれはない。

後白河院は仏法に自身の今様を重ねながら、
最後まで今様と自分の流へ執着している。


思想を都合よく使い我執を飾り正当に見せる努力に見える。
それこそ狂言綺語に見える。



院は、自分の欲を仏道になぞらえることで、自分を騙しきれただろうか。

自分は罪の対岸に居るのだと、とすっかり信じきれただろうか。


口伝集の中に見える欲を飾り立てて蓋をするより、
我欲を自覚し、欲の道を歩くことが、
仏につながる道ではなかったかと思う。


後白河院によって『梁塵秘抄』と今様歌の輝きの断片は残った。


ただ、院が、
ご自身のことば通りに迷いを断ち、悟りと往生に至るその方法は、
それほどに執着しつづけた今様と、自分自身への執着を捨てることだったと思う。





・2010-12-01 中世芸能の発生 368 今様


・2009-02-11 中世芸能の発生 67 船の上の遊女 お能『江口』



・2011-01-10 中世芸能の発生 377 突端の花


・2010-08-29 中世芸能の発生 351 神「を」祈る 宗教の瞬間 他力本願



西行
・2008-12-16 本来空
・2010-05-20 中世芸能の発生 315 仏教と和歌の習合
・2009-07-13 中世芸能の発生 172 山伏の作歌、作仏



・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ




狂言綺語  今様即仏道
・2010-05-16 中世芸能の発生 311 狂言綺語
・2010-05-19 中世芸能の発生 314 仏教が和歌を退けた理由
・2010-05-20 中世芸能の発生 315 仏教と和歌の習合
・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教
仏教以前からの、日本の古い民俗信仰の流れにある芸能の人々も、
即ち仏徒であるということの、根拠と自覚のことばだ。
この歌は、当時の、矛盾の中に立つ多くの人々の願い。




・2010-12-05 中世芸能の発生 370 梁塵秘抄 概略
・2010-12-06 中世芸能の発生 371 今様 概略
・2010-12-07 中世芸能の発生 372 今様 時代背景
・2010-12-08 中世芸能の発生 373 今様 法文歌
・2010-12-09 中世芸能の発生 374 今様 四句神歌
・2010-12-10 中世芸能の発生 375 今様 二句神歌



・2010-06-22 中世芸能の発生 331 罪業感 今様
だいじょうぶ、だいじょうぶなのよと




・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし



梁塵秘抄 口伝集
・2011-06-06 中世芸能の発生 395 梁塵秘抄口伝集
・2011-06-07 中世芸能の発生 396 梁塵秘抄口伝集巻第十と後白河院
・2011-06-08 中世芸能の発生 397 後白河院による仲間と弟子の今様批評
・2011-06-09 中世芸能の発生 398 今様即仏道 命の際(きわ)



・2009-07-28 中世芸能の発生 180 古代の女性の宗教的側面




・2011-06-10 口伝集を読む自分の愚かさにおそれオノノクこと


つづく
by moriheiku | 2011-06-09 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ



つづき


兄頼朝と対立する弟義経の愛妾だった白拍子の静は、頼朝側に捕えられ、
鶴岡八幡宮で歌舞の奉納を命じられた。

この時代、遊女、白拍子、傀儡女の聖性はまだ消え去ってはおらず、
彼女たちの歌舞は神仏への法楽となると考えられ、
祭礼などに招かれていた。

鶴岡八幡宮において、頼朝らの前で静の歌った歌

 しづやしづしづのをだまきくりかえしむかしをいまになすよしもがな 


この歌は本歌がある。本歌は、

『伊勢物語』三二段
 いにしへのしづのをだまきくりかへしむかしをいまになすよしもがな  

 
いにしへのしづのをだまき の表現は

『古今集』雑上888
 古(いにしへ)のしづの苧(を)だまきいやしきもよきもさかりはありしものなり 

『古今六帖』四
 古(いにしへ)のしづのをだまきいやしきもよきも盛りはありこしものを 

などに着想されたものと考えられるようだ。(阿部俊子『伊勢物語 全訳注』)


上代には神聖だった倭文織は、
これらの詠まれた時代には、
「いやしき」ものになっていた。

価値の転落の象徴としての、しずのをだまき。


慣用句に近い表現だっただろうか。

しづのをだまきがことほぎになる理由
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし


鶴岡八幡宮で静の歌い舞った奉納のしづやしづ歌は、
くりかえしくりかえし世がつづくようほぐ、古いことほぎであるのと同時に、

神聖の価値の流転に自らの境遇を重ね、また、
頼朝たち武士の台頭する世でなく、
義経が華やかにいられる古(いにしへ)が戻ることを願うものでもあった。


これに頼朝は激怒したが(そりゃするよね)、
場や時節をふまえながら、自らの境遇と願いを織りこむ静の当意即妙を、
妻の政子は感心した。
------------
当意即妙
即座に、場に適かなった機転を利かせること。気が利いていること。またそのさま。
------------


昔、当意即妙であることは、
現在思われるより、ずっと重視されていたように見える。

ことに歌の応答においては。


歌の当意即妙で真っ先に思い浮かぶのは、百人一首に、三つ並べて置かれた、

 大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立 (60)
                    小式部内侍

 いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな (61)
                    伊勢大輔

 夜をこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ (62)
                    清少納言


場と人に応えて、とっさに上の歌を詠んだこの女性たちの、
打てば響くような才気と、
それがよろこばれる環境であったことを思う。

歌が、現代のように瞬間の自己表現の一首で完結する世界でなく、
かつては和歌が人々の間に応答する性質も備えていたことの
なつかしさも感じる。

彼女たちのこうした当意即妙さ、
単に機転がきくというのではなく、
ヒレのあらわれのように、めでたく感ぜられたことだろう。

この世のものとは思えない芸の技を、目前で見る時のように。
※ヒレ 生まれ持っての天分、性質や品格のようなもの 



万葉の昔から、遊女(遊行婦女)たちは歌を得意とした。
万葉集にも大伴旅人他、貴族たちとの宴席の場などでの、
当意即妙の歌のやりとりが残る。

今様は、今めかしくて、今その時を歌う性質のもので、
時節や場に応じて次々と展開していったものと考えられる。

しづやしづしづを歌った静は、まさにその伝統に連なる。

政子はそのあざやかさに、さすがに白拍子、と思ったことだろう。



静のこの歌は、場にかなったことほぎであり、
古典を背景にもし、
かつ自身の今この時を織りこんだものであっぱれ。

今様の伝統というか、遊女の伝統。

文字に残るこの歌とエピソードだけでも、
今様をした白拍子、傀儡、遊女の輝きは、こういうものかと思われる。



本歌取りの歌は、現代では、
借りものや真似のように思われることがある。

本歌取りは、
本歌の背景を重ねることで歌に深みや広がりをつける一種の
歌の装飾の技法ではあるのだけれど、
同時に、詠み手の深みの披露や、才の発現の場にもなったものだけど。


良い歌取りの歌は、
古来からずっと流れつづける世の上に、折々に花開く花のように、美しく見える。

本歌取りの歌には、
古来からずっと流れつづけている水流に連なる
めでたさがあったと私は思う。



こうした遊女や宮廷の女房、傀儡女、白拍子たちに共通する価値やありかたを見ると、
もっと古い時代に、
宗教性を帯びた巫女的立場の人たちとして、
こうした女性たちの境が重なっていた頃を思う。
(宮廷の女房も、古い時代には、天皇にイツキする巫女の立場だった。)



平安時代にもまだ「遊女」を「あそび」(あそびめ)と呼んだが、
この人たちのルーツに、
命をふって(ゆりうごかして)活発化させる(あそび)
古い時代の無数の巫女的女性たちがいて、

祭礼や葬送、戦、出産などのおりには、
命を活気づけたり鎮めたり霊威をふるわせたりするため、
招かれたり出向いたりした。


それが時代が下り、
彼女たちの職能でもあった呪的な性質の芸能が求められなくなる頃、

こうした女性たちは、
遍歴しながらの物品の売買に比重をおいていったり、
現在の意味での遊女となっていった。

宮廷の後宮も、現代に思う意味での後宮となって、
女房文学も終息する。




今も、冗談のようにして、よく初句が言われることのある今様の、
------------------------------------------------
遊びをせんとや生(う)まれけむ 戯(たはぶ)れせんとや生(む)まれけん 遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそ揺(ゆ)るがるれ (359)

遊びをしようとしてこの世に生まれてきたのであろうか、それとも戯れをしようとして生まれてきたのであろうか、無心に遊んでいる子どもたちの声を聞いていると、自分の体までが自然と動きだすように思われる。

・「揺るぐ」は動き出す、揺れ動く意。「るれ」は自発の助動詞「る」の巳然形。 
------------------------------------------------

この歌の「遊び」は、
具体的な遊戯のことでなく、

この歌は、
享楽的に生きる誘いでもなく、
この今様を歌った遊女たちが
自分の境涯を顧み童心にあこがれる、というのでもなく、

イノチを揺らして活気づける「あそび」と言われたこの人たちのルーツの、
魂のふるえなのだと思う。


命を揺らして揺らして、生きるのだ。




・2009-02-10 中世芸能の発生 66 遊女の転落
白拍子の静御前は、
東国のある武士に、その高い教養を驚かれたことに対して、
白拍子は皆そうだと言った。

こういう当代随一の白拍子、一本気な静が、
険しい吉野山も越えて一緒に行こうとした義経とは
どういう人だっただろうと思う。


女房 遊女 巫女 白拍子 傀儡女
・2009-02-13 中世芸能の発生 69 遊女と女房文学
・2009-07-28 中世芸能の発生 180 古代の女性の宗教的側面
・2009-07-29 中世芸能の発生 181 巫女
・2009-03-10 中世芸能の発生 86 歌合の女房名


遊び 芸能のはじめ
・2009-08-01 中世芸能の発生 182 芸能の始め
・2009-07-27 中世芸能の発生 179 遊部
・2009-12-09 中世芸能の発生 261 たまふり たましづめ 鎮魂


ことほぎ 祝福の系譜
・2010-02-12 中世芸能の発生 293 ヨ
・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能

・2010-02-03 命の全体性
・2010-09-02 中世芸能の発生 353 ことほぎ 自然
・2010-06-20 中世芸能の発生 329 祝福の系譜


ヒレある骨柄 義経 遊女
・2010-07-07 中世芸能の発生 335 固有名詞にならないもの
ヒレ。生まれ持っての天分、性質や品格のようなもの


しづのをだまきの祝福  静(しづか)の名
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし


・2009-03-01 草の息
体感。
身体に実感をよぶこと。
身体の感覚を起こすこと。
歴史をたどって
自然を身体の中に起こす
遊びをしている。


・2009-12-11 中世芸能の発生 263 ほうほう蛍 まじないのことば
昔の「たまふり」の、
魂を振るわせて活発に活動させることを「遊び」と言うのなら、
これは私が私の魂にしている遊び。


身体の遊び
・2010-09-21 身体感覚 感情の偏重
・2010-07-01 ぜんぜん論理的じゃないこと
・2010-08-16 中世芸能の発生 338 メモ
 




・2010-12-01 中世芸能の発生 368 今様

・2010-12-05 中世芸能の発生 370 梁塵秘抄 概略
・2010-12-06 中世芸能の発生 371 今様 概略
・2010-12-07 中世芸能の発生 372 今様 時代背景
・2010-12-08 中世芸能の発生 373 今様 法文歌
・2010-12-09 中世芸能の発生 374 今様 四句神歌
・2010-12-10 中世芸能の発生 375 今様 二句神歌

・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教
・2010-06-22 中世芸能の発生 331 罪業感 今様




・2010-12-03 中世芸能の発生 369 T.S.エリオット 伝統と変化 伝統と個人
エリオットの述べた伝統と個人の関係は、
良い歌取りの歌の姿に似ている。




・2011-06-19 中世芸能の発生 400 遊び 神楽



つづく
by moriheiku | 2010-12-12 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 375 今様 二句神歌



つづき


今様。『梁塵秘抄』巻第二中、

「二句神歌(にくのかみうた)」

概略。覚書。



二句神歌の約半数は、神社歌。
古歌を用いたものが多く神歌らしい内容。

残り半数の雑(ぞう)の歌は、
四句神歌の雑同様、広い階層の人々の姿と心が活写されている。


二句神歌の形式は、短歌形式を基本とする。
短い形だが、自由な変形が多い点は、四句神歌と同様。



・2010-12-01 中世芸能の発生 368 今様




・2010-12-05 中世芸能の発生 370 梁塵秘抄 概略
・2010-12-06 中世芸能の発生 371 今様 概略
・2010-12-07 中世芸能の発生 372 今様 時代背景
・2010-12-08 中世芸能の発生 373 今様 法文歌
・2010-12-09 中世芸能の発生 374 今様 四句神歌
・2010-12-10 中世芸能の発生 375 今様 二句神歌

・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ



つづく
by moriheiku | 2010-12-10 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 374 今様 四句神歌



つづき


今様。『梁塵秘抄』巻第二中、

「四句神歌(しくのかみうた)」について。

参考『完訳 日本の古典 第34巻 梁塵秘抄』 まとめ。覚書。


四句神歌は神祇の神々を多く歌うが、
この時代、まさに神仏習合の世界であって、
神仏(本地垂迹思想による)への思いを歌った歌謡も一部を占める。

仏教を歌う歌も多いが、
蓬莱山や亀の常世のイメージから神仙思想、法華経、釈迦、菩薩等々、
「四句神歌」にこの時代の日本的な混淆の信仰世界がある。
権現や八幡神もここに歌われる。



四句神歌の形式は、著しく不定型的。
七・五や八・五を中心とするものの、
出だしの句にも四・五、三・五などあり、全体の長さも相当幅がある。

二句の終わりの五音のくりかえしや、合いの手のような歌い替えなどは、
歌い方と関係し一つの型をなしているとも考えられている。

自由な不整形の特色は、四句神歌の生き生きした世界にふさわしい。



四句神歌には、
日吉(ひえ 比叡)・熊野一帯をはじめ、
全国のさまざまな神社や、修験道の道場などが歌われ、
参詣の旅や、聖(ひじり)の修行生活などが写されている。


同時に、
“四句神歌の中でも注目すべき歌謡が多いのは、後半の雑(ぞう)の部で、農民・漁民など生産にたずさわる人々から、商人・山伏・猿楽者・巫女(みこ)・遊女(あそび)・博打(ばくち)打ちなど、様々な階級の人々が登場し、生き生きとした姿を見せている。”


個人的にはこの部分が雑(ぞう)の歌は史料としても興味深い。
今様は、私には、古代と中世をつなぐ史料として、超ド級。



聞き手はもちろん、歌い手に、わがことのように歌われたこれらの歌は、
歌い手自身の姿であったと思われる。

罪業の深さにしずむ心も、わが子を思いやる気持ちも、仏を真っ直ぐ称える歌も、
明るく華やかな情景も、軽口も、

歌い手の思いの波が歌に重なる。


二句神歌の「雑(ぞう)」の歌の内容は、
四句神歌「雑」と同じ世界。



・2010-12-01 中世芸能の発生 368 今様


四句神歌に歌われた人々の暮らし、心情、思想

子を思う親
・2009-03-04 中世芸能の発生 81 歌占

罪業のかなしさ、いとおしさ
・2009-02-11 中世芸能の発生 67 船の上の遊女 お能『江口』

聖の風俗
・2009-07-11 中世芸能の発生 170 苔の衣 木葉衣

金峰山の巫女 歌占
・2009-03-07 中世芸能の発生 84 テイントントウ 鼓の音


神歌ににじむもの
・2010-06-22 中世芸能の発生 331 罪業感 今様





・2010-12-05 中世芸能の発生 370 梁塵秘抄 概略
・2010-12-06 中世芸能の発生 371 今様 概略
・2010-12-07 中世芸能の発生 372 今様 時代背景
・2010-12-08 中世芸能の発生 373 今様 法文歌
・2010-12-09 中世芸能の発生 374 今様 四句神歌
・2010-12-10 中世芸能の発生 375 今様 二句神歌



・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ
・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教



つづく
by moriheiku | 2010-12-09 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 373 今様 法文歌 物語り



つづき


今様歌集『梁塵秘抄』の歌詞集(歌謡部)十巻のうち、
現代に残るのは巻第一の一部と巻第二。

巻第一は断簡で
「長歌(ながうた)」「古柳(こやなぎ)」「今様(只の今様)」が
わずかに残る。

巻第二は、
「法文歌(ほうもんのうた)」「四句神歌(しくのかみうた)」「二句神歌(にくのかみうた)」が収録されている。



「法文歌(ほうもんのうた)」

仏教の教えを様々な角度からとりあげ歌う。
天台教学の法華信仰や浄土信仰が見られ、真言密教に基づく歌も含まれる。

経典内容を歌謡化で仏教語も多いが、
歌謡として興味をひくように、
物語的設定や色彩豊かな幻想的世界を創出などの工夫がある。


歌の形式は、長短句を四回くり返す四句形式のものがほとんど。定型的。
八・五音が多く、その八が四・四に切れる場合が多い。
四句形式は起承転結になりやすく、落着いたなだらかな感じで、
法文歌の静かな雰囲気によく合う。



─ 法文歌と和讃 ─

法文歌は仏教歌謡の和讃の世俗化したものといわれている。
長編の和讃の一部が、法文歌になっているものもある。



─ 法文歌と絵解き ─ 

法文歌の内容に、羊鹿の三車、南天鉄塔など
中世の仏教画によく出てくるものが歌われており、
仏教画、絵解きとの関わりが考えられる。



絵解き えとき (大辞林)
----------------------------------------------
絵の意味を説明すること。特に、涅槃図(ねはんず)・曼荼羅(まんだら)・寺社の縁起絵・高僧伝絵などの宗教的絵画について意味を説明すること。また、その言葉やそれを行う人。鎌倉時代より芸能化しはじめ、室町時代には俗人の解説者も現れた。
----------------------------------------------


今様は流行り歌ではあったが、仏教の和讃、説経唱導に似た性質を含む。
熊野比丘尼は、歌比丘尼とも言われたもので、
そちらへつながっていったものもあろうか。



絵解き比丘尼 えときびくに (大辞泉)
----------------------------------------------
歌念仏を歌い、地獄・極楽など六道の絵解きをしながら勧進して回った熊野(くまの)比丘尼。のちには、遊女同然となった。歌比丘尼。勧進比丘尼。
----------------------------------------------



参考:『完訳 日本の古典 第34巻 梁塵秘抄』



・2010-12-01 中世芸能の発生 368 今様



物語 おとぎばなし 物語的設定や色彩豊かな幻想的世界の創出
・2009-06-07 中世芸能の発生 142 物語
・2009-06-08 中世芸能の発生 143 寺社縁起
・2009-06-09 中世芸能の発生 144 お伽話
・2009-06-10 中世芸能の発生 145 唱導説経語りの流れ
・2009-06-11 中世芸能の発生 146 仏教文学
・2009-06-12 中世芸能の発生 147 神話からお伽話へ


物語りした人々
・2009-05-26 中世芸能の発生 134 芸能の担い手
・2009-05-28 中世芸能の発生 136 優しい誤解
・2009-05-25 中世芸能の発生 133 俗の土壌
・2009-05-24 中世芸能の発生 132 説経・唱導のストーリー





・2010-12-05 中世芸能の発生 370 梁塵秘抄 概略
・2010-12-06 中世芸能の発生 371 今様 概略
・2010-12-07 中世芸能の発生 372 今様 時代背景
・2010-12-08 中世芸能の発生 373 今様 法文歌
・2010-12-09 中世芸能の発生 374 今様 四句神歌
・2010-12-10 中世芸能の発生 375 今様 二句神歌
・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ



つづく
by moriheiku | 2010-12-08 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 372 今様 時代背景


つづき


今様の時代背景。

『完訳 日本の古典 第34巻 梁塵秘抄』から。概略。まとめ。


今様が流行したのは、
藤原摂関政治がかげりを見せ、進出する受領階級と結んだ院政の時代。

武士の台頭、僧兵の強訴など騒然たる動乱の時代。


『梁塵秘抄』口伝集の最終巻、巻第十の頃、つまり今様の時代末期は、
保元・平治の乱から平家全盛を経て、源平の争乱の真只中だった。

飢饉、疫病、大地震、台風、大火などの災害の頻発と、
政治経済の転換期の社会不安の中、
永承七年(1052)、仏教で言われる末法を迎え、貴族を中心に浄土信仰が広まった。

こうした災害や疫病の流行は、政治的に不遇だった者の怨霊のしわざとされて、
それをおさめるために朝廷、民衆ともに、
御霊会(ごりょうえ)、やすらい花など盛んに行った。
(祇園御霊会、紫野今宮のやすらい花など)

御霊会ややすらい花は、歌舞をもってこれらをおさめる、芸能の場でもあった。

“『傀儡子記』『新猿楽記』『遊女記』などに、当時の様々な芸能の姿が公家によって漢文で書き留められているが、雑芸(ぞうげい)とされるこれらの芸能は、民衆のエネルギーの発露として活況を呈していたのである。まさに中世の夜明けというべき時代であった。”



参考:『完訳 日本の古典 第34巻 梁塵秘抄』



・2010-12-01 中世芸能の発生 368 今様

・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ



同時期の芸能 田楽 
・2009-04-29 中世芸能の発生 120 田楽
・2009-04-30 中世芸能の発生 121 田楽の起源と展開
・2009-05-01 中世芸能の発生 122 ささら

強訴
・2009-05-04 中世芸能の発生 125 田楽の音楽
・2009-10-27 中世芸能の発生 232 僧兵



・2010-12-05 中世芸能の発生 370 梁塵秘抄 概略
・2010-12-06 中世芸能の発生 371 今様 概略
・2010-12-08 中世芸能の発生 373 今様 法文歌
・2010-12-09 中世芸能の発生 374 今様 四句神歌
・2010-12-10 中世芸能の発生 375 今様 二句神歌




つづく
by moriheiku | 2010-12-07 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 371 今様 概略



つづき


今様。今さらながらの覚書。

参考:『完訳 日本の古典 第34巻 梁塵秘抄』


「今様」は、平安後期、十一世紀後半から約二百年ほどの間、
歌われたとみられる歌謡。

今様は今様歌の略称と考えられるが、
本来「今めかし」、つまり当世風で、華やか派手な感じを表す語だったようだ。

それまでの平安貴族の遊宴歌謡である催馬楽や風俗歌が、
しだいに固定化していったのに対し、
より新しい魅力的な歌詞と曲節を持つ歌謡を意味したのが今様だった。

『枕草子』『紫式部日記』などに、
比較的くだけた場で歌われた今様の情景が描かれる。
半面、仏像の胎内に経典でなく今様歌が納められ、
神仏への奉納に今様がされるなど、
今様には神聖な側面もあった。




今様は、文学史や歌謡史では今様歌謡とも言われる。
雑芸(ぞうげい)と呼ばれることもあるが、
歌謡以外の様々な芸能を含めて用いることも多い。

後朱雀天皇の頃、遅くとも次の後冷泉天皇の頃には、
今様といえば、新興歌謡群の総称であり、中心をなす一類として成立していたようだ。



今様には、
法文歌(ほうもんのうた)・神歌(かみうた)・長歌(ながうた)・小柳(こやなぎ)・只(ただの今様 常の今様とも)・大曲(だいごく)とされる足柄(あしがら)・黒鳥子(くろとりこ)・旧河(ふるかわ)・伊地古(いちこ)・田歌(たうた)・早歌(はやうた)・旧小柳(ふるこやなぎ)
など、系統を異にし、詞型と曲節に特有のものを持つ多くの種類があった。
(さらに詳しい分類は後日追記、、、 しないかもしれない)

今様の「今めかしさ」を求める性質上、
今様歌は時代、時節、場に応じて次々と展開していったものと考えられる。


今様は貴族から庶民まで歌ったが、伝播の中心は、
水上交通の要路に集った遊女(あそび)、
陸路の要衝を本拠とし移動もした傀儡女(くぐつめ)
社に仕え地方歩きの者もいた巫女(みこ)など。


今様歌の作者はほとんどが不明。
法文歌は仏教に詳しいこともあり、
貴族や僧侶の手になるものと見られることが多い。
全体としては謡い手でもある傀儡女、遊女、巫女の作や、民謡からの変化、
古今集などの和歌を今様にしたものなどと推察される。

今様歌はオリジナリティーを云々するものでなく、
時代や時節、場に応じて、当意即妙に変化展開する性質であったから、
今様は、今様を聞く人や、特に、今様を歌う人々にとって、
もっとも近いものに磨かれていったと思う。


今様の書き留めははほとんど歌詞のみが残っている。
『朗詠九十首抄』付載の五首などに、わずかに譜が見られる。

曲節や歌い方は推測するしかないが、
高い音域に特色があり、伝流によって声の扱いに微妙な違いがあったらしい。
たとえば只の今様は、一句を一息に歌うものだったが、
のちにのばして「ゆる」部分が多くなったという。

今様は、独唱も、何人かで声を合わせて歌われもした。
伴奏は扇拍子の他、鼓が多く用いられ、笛・笙も用いたようだ。


今様は「今めかし」さ、新しさを求めて流動・展開し、
平安期後半の長い間歌われた。
その末期が、梁塵秘抄口伝集巻第十の時代にあたる。

鎌倉時代に入ってからも歌われて、
鎌倉武士の中にも愛好した者がおり、白拍子舞や延年舞にも取り入れられたが、
しだいに流動性を失い、固定化に向かって衰微した。



・2010-12-01 中世芸能の発生 368 今様


今様の宗教性 今様即仏道
・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教
鎌倉新仏教にも共通する意識



・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ



・2010-12-05 中世芸能の発生 370 梁塵秘抄 概略
・2010-12-07 中世芸能の発生 372 今様 時代背景
・2010-12-08 中世芸能の発生 373 今様 法文歌
・2010-12-09 中世芸能の発生 374 今様 四句神歌
・2010-12-10 中世芸能の発生 375 今様 二句神歌



傀儡女 白拍子 遊女の聖性
・2009-07-29 中世芸能の発生 181 巫女
・2009-07-26 中世芸能の発生 178 放浪する女性宗教者
・2009-07-28 中世芸能の発生 180 古代の女性の宗教的側面

・2009-03-04 中世芸能の発生 81 歌占
・2009-02-08 中世芸能の発生 64 今様を謡う人
・2009-02-09 中世芸能の発生 65 万葉の遊行婦女
・2009-02-10 中世芸能の発生 66 遊女の転落
・2009-02-11 中世芸能の発生 67 船の上の遊女 お能『江口』
・2009-02-13 中世芸能の発生 69 遊女と女房文学
・2009-03-03 中世芸能の発生 80 比丘尼と椿
・2009-03-10 中世芸能の発生 86 歌合の女房名

・2009-07-27 中世芸能の発生 179 遊部
・2009-08-01 中世芸能の発生 182 芸能の始め
・2009-08-02 中世芸能の発生 183 女系 妻帯
・2009-02-07 中世芸能の発生 63 桂女

・2010-06-22 中世芸能の発生 331 罪業感 今様

・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし





つづく
by moriheiku | 2010-12-06 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 370 梁塵秘抄 概略



つづき


『梁塵秘抄』概略。 覚書。

参考:『完訳 日本の古典 第34巻 梁塵秘抄』



『梁塵秘抄』は、後白河院による今様の集大成。
本来二十巻であったらしい。
(鎌倉時代中期『本朝書籍目録』「梁塵秘抄二十巻後白河院勅撰」の記述)

二十巻のうち十巻は歌詞集(歌謡部)、十巻は口伝集(口伝部)で、
現存するのは、歌詞集の巻第一の一部と巻第二、口伝集の巻第一の一部と巻第十。

『本朝書籍目録』『徒然草』に『梁塵秘抄』の名が見える。
著名な書籍だったようだ。

『群書類従』に収録されていた口伝集巻第十を除くと、
現存する『梁塵秘抄』は、明治四十四年以降、見つかったもの。

『梁塵秘抄』の書名は古代中国の故事に基づく。
梁(うつばり)の塵(ちり)が動くほどのすばらしい美声、つまり歌う<うた>の秘奥を集めた集を意味する、
と日本の古典第34巻にはある。


成立は、口伝集巻第十によれば、嘉応元年(1169)に巻第九まで完成した。
巻第十の成立はそれより遅く、文中に、治承二年(1178)などの記事も見える。
他に治承三年説、治承四年から文治元年(1185)の間とみる説もある。


明治四十四年に見つかった第二巻は、
仏教語などには漢字を多用するが、あて字や誤字が多いものだそう。
表記の大部分は平仮名で、意味のとりにくところが多く、
他本との校合のあとが見られるとのこと。



『梁塵秘抄』全体のにおさめられていた歌の一部ではあるが、
現存する『梁塵秘抄』の今様の歌詞は、約560首。

今様の書き留めとしては他に、
『古今目録鈔』
 料紙今様(六十数首 『梁塵秘抄』と一致するものをかなり含む)。
『唯心房集』
 所収今様(五十首 うち『梁塵秘抄』434と同歌詞の今様あり。唯心房作とみられる)。
『宝篋印陀羅尼経』
 料紙今様(十三首 嘉応二年1170 大報恩寺の阿難尊者木像の体内より出)
記録の類に散見する今様を近世に集大成した『中古雑唱集』、
近世以降の集成『続日本歌謡集成』、などがある。

いずれも現存の『梁塵秘抄』収録分の約560首には及ばす。
『梁塵秘抄』は今様の書き留めとしては最大級。


今様の中には、
法文歌(ほうもんのうた)・神歌(かみうた)・長歌(ながうた)・小柳(こやなぎ)・只(ただの今様 常の今様とも)・大曲(だいごく)とされる足柄(あしがら)・黒鳥子(くろとりこ)・旧河(ふるかわ)・伊地古(いちこ)・田歌(たうた)・早歌(はやうた)・旧小柳(ふるこやなぎ)
など、系統を異にし、詞型と曲節に特有のものを持つ多くの種類があった。

『梁塵秘抄』(現存分)の歌詞集では、
巻第一に「長歌)」十首、「古柳」一首、「今様」(只の今様)十首、
巻第二に「法文歌」二百二十首、「四句神歌」二百四首、「二句神歌」百二十一首、
合計566首が収録されている。

そのうち重複と酷似した歌謡を除くと560首となる。
なお、口伝集巻第十に引かれた今様のうち、歌詞集に見られないものが3首ある。

『梁塵秘抄』の今様歌の、さらに詳しい分類は後日追記。
(・・しないかもしれないが。)


参考:『完訳 日本の古典 第34巻 梁塵秘抄』



・2010-12-01 中世芸能の発生 368 今様


梁塵秘抄口伝集 後白河院 今様即仏道
・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教




・2010-12-06 中世芸能の発生 371 今様 概略
・2010-12-07 中世芸能の発生 372 今様 時代背景
・2010-12-08 中世芸能の発生 373 今様 法文歌
・2010-12-09 中世芸能の発生 374 今様 四句神歌
・2010-12-10 中世芸能の発生 375 今様 二句神歌
・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ



つづく
by moriheiku | 2010-12-05 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 368 今様



つづき


今様歌謡について書かれた短い文を読んでいた。
傀儡女のことを知りたいと思って。

学術系の本だけど、流麗な調子の、どこか哀切ある文体は、
水辺の津、街道の宿、人々の交差する場所に居て
澄んだ声で今様を歌った傀儡女の姿のようだった。

充実した記述の内容が今様歌謡を知らせるのと同様に、
その文の調子に、今様の世界を知る。

今様の場所、今様の時、今様を歌った人々が今様の歌の調子の中にあって、
それがこの人の文に映って響いている。



今様歌謡集『梁塵秘抄』の現存する部分は、仏教の法文歌、神歌が多い。

法文歌(ほうもんのうた ほうもんか)
-----------------------------------------------------
・今様の一。和讃の形式で、仏教の経文について詠んだ歌。七五(または八五)の四句からなる。(大辞林)
・平安末期に行われた今様歌の分類の一。和讚の形式で、七・五(または八・五)の4句からなり、仏教の法文について詠んだ歌。(大辞泉)
-----------------------------------------------------

神歌(かみうた)
-----------------------------------------------------
1 神をたたえ、神力の発揚を期してうたう歌。
2 平安後期の雑芸(ぞうげい)の一。本来、神楽歌の直系であるが、のちに世俗の流行歌謡に移行する。2句の短歌形式のものと4句の今様形式のものとがある。
3 能の「翁(おきな)」のときにうたう歌。しんか。
(大辞泉)
-----------------------------------------------------


僧の作る和讃が、やわらげつつも経典の記述を伝えるものであったのに対して、
傀儡女や白拍子、遊女たちの歌う仏の歌は、
彼女たちの生活に見い出される仏の法だった。


勧進の聖や僧が、
経典に書いてあるこれは、例えて言えばこのようなことですよ、と
わかりやすく身近な世俗的な例をひいたり物語にして人々に仏法を知らせる。


仏法を広く一般に知らせるのは、
難解な経典や仏法のこうしたやわらげや置き換えなしにはできないことで、

仏教の布教は、世俗化と表裏する。


そうしたやわらげやことばや音による装飾は、
純粋な仏教を重視する人々にとってはいたずらに無常のことに心を動かすことで、
仏の真理からはなれること。

そうしたやわらげ、置き換え、加飾が、ひとつには説経唱導の語りにあって、
これはさらにやわらげや置き換えがふくらみ世俗化の進んだ後の
浄瑠璃語りの母胎となるなど、

宗教と芸能が未分化だった時代は過ぎて、

この時代の芸能は、
人々へ宗教の周知の役割を持ちながら、
同時に、宗教と芸能の分離を内包している。

それは、芸能から芸術への分岐でもある。


相反する意味を抱えているのは芸能の内容だけでない。
芸能をする人たち自身が、この矛盾の内に立っていた。




白拍子、傀儡女など遊女(あそび)に、優れた経詠みが多くいた。
その名前から彼女らが宗教性を帯びた人々であったこと、
出家した人々もいたことが知られる。
仏像の胎内に経のように今様の法文歌が籠められたものがあると聞く。

彼女たちの歌う和歌は、
様々の命を活気づけ再生るものであり、
神仏をなぐさめよろこばせる法楽となるものであり、
経典の内容や神仏の霊験功徳を客に伝えるものであったのだが、

傀儡女や白拍子、遊女たちの歌う今様の法文歌は、
経典の客観的なやわらげというよりは、より私的な、
彼女たちの生活に見い出される仏の法を歌っているように聞こえる(見える)。


彼女たちが歌うものが、自分でない誰かが作ったものであっても、

その歌は彼女たち自身の実感であり、
法文歌を歌うこと自体が懺悔であり、

同時に、仏の法を美しい声で歌うことが、
彼女たちの救われる道になっていたと思う。


今様歌の内に深まる彼女たちの宗教的感慨は、
後白河法皇の今様口伝集に記される今様即仏道の文にも結ばれる。


当時の人々にとって流行り歌、遊び歌でもあった今様の内にある宗教性は、
出家の戒律にそった生活でなくても、在家にいながら
称名や念仏を唱えること、また、
生活のひとつひとつその時その時を一心に行うことが仏道となりうるとした
鎌倉新仏教と呼応する。


鎌倉新仏教と言われる仏教は、
当時の人々の心の突端に生まれたと思う。




・2009-02-11 中世芸能の発生 67 船の上の遊女 お能『江口』
・2010-06-22 中世芸能の発生 331 罪業感 今様
だいじょうぶ、だいじょうぶなのよと


今様即仏道
・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教
・2011-06-09 中世芸能の発生 398 今様即仏道 命の際(きわ)



・2010-08-29 中世芸能の発生 351 神「を」祈る 宗教の瞬間 他力本願
鎌倉新仏教の救い




勧進と芸能  芸能の世俗化  芸能から芸術へ
・2013-08-22 中世芸能の発生 455 貨幣 勧進 大仏造営



・2009-05-26 中世芸能の発生 134 芸能の担い手
・2009-05-28 中世芸能の発生 136 優しい誤解
・2009-05-25 中世芸能の発生 133 俗の土壌


・2010-08-17 中世芸能の発生 339 差別の始め
神仏習合が一挙に進んだことは、
仏教側の動きや、誰かの思いにひきずられて起きたブームでなく、
当時の人々一人一人が、
心に持った罪悪感を打ち消そうとし、
私にも救われる理由があるのだと、
心の整合性をとろうとする切実なはたらきだったと思われてならない。


矛盾のはざまに立つ芸能者
・2008-06-10 『身毒丸』 折口信夫 01
“田楽法師は、高足や刀玉見事に出来さいすりや、仏さまへの御奉公は十分に出来てるんぢや、と師匠が言はしつたぞ。”




■和歌と仏教 矛盾と習合
・2010-05-16 中世芸能の発生 311 狂言綺語
・2010-05-17 中世芸能の発生 312 ことばの神聖視
・2010-05-18 中世芸能の発生 313 やまとことば
・2010-05-19 中世芸能の発生 314 仏教が和歌を退けた理由
・2010-05-20 中世芸能の発生 315 仏教と和歌の習合
・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教




■傀儡女 白拍子 遊女の聖性
・2009-07-28 中世芸能の発生 180 古代の女性の宗教的側面
・2009-07-29 中世芸能の発生 181 巫女
・2009-07-26 中世芸能の発生 178 放浪する女性宗教者

・2009-03-04 中世芸能の発生 81 歌占
・2009-02-08 中世芸能の発生 64 今様を謡う人
・2009-02-09 中世芸能の発生 65 万葉の遊行婦女
・2009-02-10 中世芸能の発生 66 遊女の転落
・2009-02-11 中世芸能の発生 67 船の上の遊女 お能『江口』
・2009-02-13 中世芸能の発生 69 遊女と女房文学
・2009-03-03 中世芸能の発生 80 比丘尼と椿
・2009-03-10 中世芸能の発生 86 歌合の女房名

・2009-07-27 中世芸能の発生 179 遊部
・2009-07-29 中世芸能の発生 181 巫女
・2009-08-01 中世芸能の発生 182 芸能の始め
・2009-08-02 中世芸能の発生 183 女系 妻帯
・2009-02-07 中世芸能の発生 63 桂女
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし



・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能




中世芸能の発生までを、
縦糸と横糸を編み、紋を浮き上がらせて、一枚の布に織ろうとする。
時間がかかる。知らなすぎて。




・2010-12-05 中世芸能の発生 370 梁塵秘抄 概略
・2010-12-06 中世芸能の発生 371 今様 概略
・2010-12-07 中世芸能の発生 372 今様 時代背景
・2010-12-08 中世芸能の発生 373 今様 法文歌
・2010-12-09 中世芸能の発生 374 今様 四句神歌
・2010-12-10 中世芸能の発生 375 今様 二句神歌


・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ


・2011-06-19 中世芸能の発生 400 遊び 神楽



梁塵秘抄口伝集
・2011-06-06 中世芸能の発生 395 梁塵秘抄口伝集
・2011-06-07 中世芸能の発生 396 梁塵秘抄口伝集巻第十と後白河院
・2011-06-08 中世芸能の発生 397 後白河院による仲間と弟子の今様批評
・2011-06-09 中世芸能の発生 398 今様即仏道 命の際(きわ)



つづく
by moriheiku | 2010-12-01 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし


つづき


源義経の思い人、白拍子の静(しづか しずか)の名は、
運命というものがあるの、と思うほど、象徴的。

 しづやしづしづのをだまきくりかえしむかしをいまになすよしもがな 

『吾妻鏡』の記録。
鎌倉鶴岡八幡宮、源頼朝らの前で、静御前が歌い舞った時の歌。

兄頼朝と対立する弟義経の愛妾だった名高い白拍子の静は、
頼朝側に捕われ、頼朝らの前で芸を奉納することを命じられた。


歌の中の「しづのをだまき」は、
昔の織物の倭文(しつ しづ しず)を織る糸を巻いたもののことで、
倭文(しつ しづ しず)と、義経が自分を呼んだ「しづ」名前を懸ける。

この歌は、義経が華やかだった静が義経と過ごした時代が
今に戻ってほしいという願いを歌っていると言われる。

きっとそれ以上の意味を含んでいるんだろう。



この歌は本歌がある。本歌は

『伊勢物語』三二段
-------------------------------------------
いにしへのしづのをだまきくりかへしむかしをいまになすよしもがな 
------------------------------------------- 

『伊勢物語』三二段は、
主人公が、昔おつきあいした女性に何年かたってから、
「昔の倭文織の糸巻きを巻いて巻きかえすように、
 昔の二人を今にする方法があればいいのに」
と歌を詠みかけたが女性からの返事はなかった。
という話。


さらに『伊勢物語』 いにしへのしづのをだまき の表現は、

『古今集』雑上888
-------------------------------------------
古(いにしへ)のしづの苧(を)だまきいやしきもよきもさかりはありしものなり
-------------------------------------------

『古今六帖』四
-------------------------------------------
古(いにしへ)のしづのをだまきいやしきもよきも盛りはありこしものを
-------------------------------------------

等の上の句から着想された表現と考えられている。
(参考:阿部俊子『伊勢物語 全訳注』)



「倭文(しつ しづ しず)」は
麻や楮(こうぞ)などの繊維から織った織物で、
色のついた縞目の模様があったと言われる。

実物が残っていないため、
倭文の色・柄は、古典や史料からの推測に留まる。
(『伊勢物語(上)全訳注』には“古代の織物で、穀(かじ)、栲(たえ)、麻、苧(お)等の糸を青や赤にそめて横糸にし、乱れ模様に織り出したもの。”とある。)

「倭文」という文字は、その字から、
後に入ってきた渡来の織物(綾など)と区別するために、
「しつ」の音に「倭文」の漢字が宛たと思われる。




古い詞章や歌等から、
古い時代には、生命力の強いことは霊力呪力の強さであり、
生命力の強い状態が神聖な状態だったと思われる。

倭文の原料となったのは土地に旺盛に生える植物で、
旺盛な土地の植物でできた倭文を身につけることは、
その土地の命の力を身につけることだっただろう。


その意味で倭文は、上代には神聖なものだった。

万葉の時代には倭文は神への祈願に用いられた。
その呪的な用いられ方からも、万葉以前は
倭文に命を活気づける意味があっただろうと推測する。

しかし日本が渡来の新しい思想文物を取り入れ、対外的にも日本を名乗り、
原始的な古来の民俗的呪術性を脱する過程で、

前時代の呪術的色彩の濃い倭文(しつ しづ しず)は、
神聖であると同時に古い迷信に満ちたもの、
粗く垢抜けないもの、つまらないもの、賤しいものと見られるようになり廃れた。




「をだまき(苧環)」は、
“麻や苧などを細くよりあわせて、中が空洞になるようにまるくまいたもの。糸を順々にまきからみつけておいて端から次第にひき出すので、糸をまきつけ、また繰り出す意から、「くりかへし」の序詞にする。”(阿部俊子『伊勢物語(上)全訳注』)



「しづのをだまき」は、
倭文(しつ しづ しず)を織る原料の糸を巻いたもの。


倭文(しつ しづ しず)や苧環(をだまき)という語は多く用いられてきた。


自然は生命力に満ちて、生と死をくりかえし、くりかえし、
これまでもこれからも続いて行く。

イノチにチカラを満たす
倭文(しつ しづ しず)の苧環(をだまき)の糸のように、
命がくりかえしくりかえし長く栄えることを言祝がれた。


このように倭文(しつ しづ しず)の苧環(をだまき)は
こうした祝福の宿ることばだったのだが、
時代が移り、やはりやがて古いものを印象させることばになっていく。


古来の呪的なものが、古いもの、つまらなもの、賤しむべきものになり、
同様に古来の宗教性を帯びた人々の立場も落ちた。




命を揺り動かして活発にする昔の呪術「タマフリ」は、
日本語の音に漢字をあてはめていく時「鎮魂」の字が宛てられて
「タマフリ」と訓んだ。

土橋寛においては、「タマフリ」に「鎮魂」の字が宛てられたことは、
漢語に「タマフリ」に該当する語がなかったためと、
この時期「タマシヅメ」の観念も強まっていたためと述べる。

この「タマフリ(鎮魂)」は、以降は徐々に
鎮まらない魂を鎮める「タマシヅメ」、
また遊離する魂を身体に鎮める「タマシヅメ」の意を強めたと考えられる。

現代になると「鎮魂」は、もっばら鎮まらない魂を鎮めるイメージだ。



「タマフリ」は古来の呪術であって、
呪術としてタマフリをしてきた人々は、アメノウズメノミコトの伝説のように、
古来の民俗信仰の流れの人だった。

渡来の仏教が殺生を禁じたことから、
盛んなイノチの力を獲得する神聖だった狩猟は、罪穢れと考えられるようになり、
狩猟(漁)の人々も罪深いものに見られるようになった。

命が弱まった状態(ケガレ 気涸れ)を再生させる
「タマフリ」「タマシヅメ」する人々は、
血や死などケガレ(穢れ)に近い人々と考えられるようになり、
賤(しづ しず)であるとの見方に変化した。




静たち白拍子は、古い巫女的立場の遊行婦女(遊女)の流れだった。
・2009-02-08 中世芸能の発生 64 今様を謡う人
・2009-07-26 中世芸能の発生 178 放浪する女性宗教者

静の時代には、
上皇の雨乞いに呼ばれて芸能で神を悦ばせ雨をもたらすなど、
白拍子の聖性はまだ忘れられてはいなかった。

命の長い栄えをことほぎたまふりする呪的な人々の流れであったけれども、
しかし一方で、現代的な意味での遊女としても見られるのだった。
・2009-02-10 中世芸能の発生 66 遊女の転落
・2009-07-28 中世芸能の発生 180 古代の女性の宗教的側面
・2009-08-03 中世芸能の発生 184 出雲阿国




 しづやしづしづのをだまきくりかえしむかしをいまになすよしもがな

静の歌い舞ったこの歌の意味を、
糸が巻きかえるように義経が華やかだった頃が戻ってほしいと歌われている、
と言われることが多いけれども。


くりかえし、くりかえし、命がくりかえしつづいていく。

しづのをだまきは、
死と再生をくりかえしイノチが永遠につづいていくことを願う、
命の栄えを歌う祝福のことばであって、

命の再生をつかさどった古い民俗の流れにある白拍子の静が歌うのにふさわしい、
ことほぎの歌。

と同時に、静の時代には古ぼけたものになってしまった
古来の聖性の倭文の意味が重なる歌。



白拍子の静にとってなつかしいものだった古い民俗を、
ほとんど頼まない東国の気風にあって、

宗教性を帯びた白拍子の静は、
しづやしづしづのをだまきくりかえしむかしをいまになすよしもがな
と、イノリの呪(しゅ)呪い(まじない)を言う。


移り変わる世の中にあって、
頼朝に代表されるような時代はなくなって。
そのイノリが生きる世の中が長くつづくことをほぐ。


これに京出身の頼朝は激怒したけれど、
頼朝の妻で東国の人、政子からは、むしろあっぱれと言われてかばわれる有様で、
静の呪などそういうの関係ない人々には効かないことだ。



神聖な倭文(しつ しづ しず)のその苧環(をだまき 糸巻き)が
くりかえしくりかえし糸をくりだすように
世(命)が続くことを歌う静(しづか しずか)の「しづ」名は、

賤(しづ しず)になっていく静たち白拍子、
また魂をゆさぶりあるいは鎮(しづ しず)めてきた古来の
神聖だった人たちの運命の名に聞こえる。




遊女の伝統
・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ



■遊行婦女 遊女 白拍子 巫女 女房 采女 女性宗教者

・2009-02-08 中世芸能の発生 64 今様を謡う人
・2009-02-07 中世芸能の発生 63 桂女
・2009-02-09 中世芸能の発生 65 万葉の遊行婦女
・2009-02-10 中世芸能の発生 66 遊女の転落
・2009-02-11 中世芸能の発生 67 船の上の遊女 お能『江口』
・2009-02-12 中世芸能の発生 68 読経と芸能
・2009-02-13 中世芸能の発生 69 遊女と女房文学
・2009-02-14 中世芸能の発生 70 世阿弥と紀貫之



・2009-07-26 中世芸能の発生 178 放浪する女性宗教者
・2009-07-27 中世芸能の発生 179 遊部
・2009-07-28 中世芸能の発生 180 古代の女性の宗教的側面
・2009-07-29 中世芸能の発生 181 巫女
・2009-08-01 中世芸能の発生 182 芸能の始め
・2009-08-02 中世芸能の発生 183 女系 妻帯
・2009-08-03 中世芸能の発生 184 出雲阿国



・2009-03-02 中世芸能の発生 79 熊野比丘尼
・2009-03-03 中世芸能の発生 80 比丘尼と椿
・2009-03-04 中世芸能の発生 81 歌占
・2009-03-07 中世芸能の発生 84 テイントントウ 鼓の音


・2009-03-10 中世芸能の発生 86 歌合の女房名
・2010-02-13 中世芸能の発生 277 住吉のハニフ(黄土)



・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能
・2010-06-22 中世芸能の発生 331 罪業感 今様
・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教




■倭文
・2010-08-19 中世芸能の発生 341 倭文(しつ しづ しず 倭文織)
・2010-08-20 中世芸能の発生 342 倭文(しつ) 真間の手児名
・2010-08-21 中世芸能の発生 343 倭文(しつ) 神聖なもの
・2010-08-22 中世芸能の発生 344 倭文(しつ) つまらないもの
・2010-08-23 中世芸能の発生 345 倭文(しつ) 狭織(さおり)




・2010-05-19 中世芸能の発生 314 仏教が和歌を退けた理由
・2010-08-17 中世芸能の発生 339 差別の始め


・2010-11-12 中世芸能の発生 366 酒呑童子



・2010-02-03 命の全体性



・2009-12-17 中世芸能の発生 267 一つ松 声の清きは



古い芸能につらぬかれる、死と再生の物語
・2009-07-07 中世芸能の発生 166 死と再生の物語
・2008-12-31 中世芸能の発生 47 谷行(たにこう)

宗教における、死と再生
・2009-07-06 中世芸能の発生 165 捨身
・2009-07-14 中世芸能の発生 173 修験道 原始回帰

狩猟。くりかえす命の力。
・2009-09-23 中世芸能の発生 203 狩猟 採取




・2011-03-03 中世芸能の発生 385 石走(いはばし)る垂水(たるみ) 祝福
・2010-09-02 中世芸能の発生 353 ことほぎ 自然
・2010-08-30 中世芸能の発生 352 滝 木綿花



・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元
・2011-03-29 自然と人 わざわいもなぐさめも





・2011-08-18 中世芸能の発生 410 生命の連鎖 歌から掬(すく)いとる方々
「命っていうのは、やっぱり生き物を見ていますとね。みんなつづいていこう、つづいていこうって一所懸命生きてるなって思うんです。それはもちろん死というものもあるんですけど、なんか自分だけじゃなく、他の生き物たちも含めてつづいていってほしい、っていう、そういうことがみんなの生き物の中にこう、こもってる。」

そうした行動が、人間だったら、歌や、花を植えるとか、そういう行為で、
それが生き物としての人間の表現、

と、おっしゃって、
そういう意味でもこの歌を素晴らしい、と中村さんは思われたそうだ。

日本の信仰というか、信仰ともいえない、謂わば民俗の底には、
自然という水流がずっと続いていると私は思う。

それは個人の教祖や教義など、つけようもないもの。
体系的でも哲学的でもない、
自然の実感としかいえないようなものだ。

中世芸能が生まれるまでの、
芸能と宗教と分化していない古い日本の芸能は、
自然に寄せてヨ(イノチ)をことほぐ、祝福の系譜だ。





つづく
by moriheiku | 2010-08-24 08:00 | 音と笛のまわり