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古い音






この施設は日本語の古い発音を聞くことができる場所だったけど、

ある時から聞けなくなった。


そのまま何年も経って、

時々、また復活していないかな、と訪れてみるけど。

もうこのまま聞けないのかな。




本や少ない動画を頼りに、

古い発音を口に出してみるけど。

もう少し発音したい。体系的に知ってみたい。

まだ真剣度が足らないのだ。
by moriheiku | 2015-02-02 08:00 | 言葉と本のまわり

よいお年をお迎えください、という言い方は間違っていることについて

近年「よいお年をお迎えください」って言うのをよく聞くようになったけど。
この「お迎えください」ということばの使い方は違うと思う。


「よいお年を」は、よごと(寿詞)。言祝ぎの系譜。
「よいお年を」の主体は「人」ではなく、
その人に宿る「イノチ命」へのイノリ、予祝、よごと(寿詞)だったはず。

「迎える」を加えた言葉は人に重点を置き過ぎ。
そのために極端に意味を狭めてしまっている。

もともと「よいお年を」は、
あなたが良い一年を過ごせますように、のような
現代的な、西洋的な祈りのニュアンスじゃなくて。

「あなた」、じゃなくて「歳」つまりイノチに言っている。
お迎えくださいでは対象が違っている。
と思うが、身近な人にもこのニュアンス、わかってもらえない。

どうして同じに思える?
同じに見えるけどぜんぜん違うよー。わーん。


「よいお年を」は年、つまり命へのよごと(寿詞)。
現実に命が活気づくようにと行われてきた古い「予祝」の習俗の流れ。
ものごとがそうなるように願って、あらかじめほめることで物事の現実化を願う、
素朴で強いイノチへの願い。
素朴な呪術というか、いいきかせの行為でもある。
それが日本の宗教や芸能の底にある。
それはことほぎ(言祝ぎ)、祝言、予祝の習俗のはじまりであり根本だ。
(芸能の祖とされてきた神話のアメノウヅメノミコトのしていたのは
そのまんまイノチの復活の行為(天岩戸伝説)をする神)


古代に国司が赴任先の国で、
新年の始まりの行事でめでたいよごと(寿詞)を詠んだこともも。

天皇や首長へのよごと(寿詞)の奏上も。

国褒めの行事や和歌も。

わりに近年まであった正月の門付けの、家褒めなどの風習も同じ流れ。

もちろん君が代もこの言祝ぎの末。
君が代の元の歌と解説されることも多い平安時代に収録された和歌は、
それ以前から長い時代、広く行われてきたイノチを言祝ぐ系譜の和歌。

元歌も、山川草木のイノチを言祝ぐことでそれらのイノチを活発化させ、
つられて対象となる人のイノチも活発化させる、イノチに対する祈り。
イノチ(ヨ)がつづくことを願って詠まれた祝福歌。
もちろんよごと(ヨゴト、寿詞)。予祝。

国褒めや家褒めを想えば、わかりやすいのではないだろうか。
国褒めは、土地の山川草木や無数の命を褒めて活発化させることで、
国土の命を活発化させ、一緒に国主の命を活発化する。
家褒めは、家を褒めあげ家の精霊を活発化させることで、
その家の主人のイノチが活性化、長生きし、家が栄える、という感覚。

古い校歌は学校の周囲の自然環境を織り込んだものが多いけど、
あれはただ学校の立地環境を語っているのでなく、
かつては山や川を詠みあげ織り込む国褒めに共通した共栄のイメージがあっただろう。
(「詠む」ということ自体がイノチの祝福だった。)


日本の宗教や芸能のはじまりは、
世界中で決して珍しくないごく原始的なイノチにたいする願いと
イノチを活気づける行為であって、
そうした願いの行動が、時代の流れの中で
原始的な呪術へ、哲学的な内容を持った宗教や芸能へと展開していった。

今も日本の習俗、宗教や芸能の底を見れば、
いつもイノチを盛んにし活気づけるごく原始的な感覚や行為があるのが見える。


はなしを戻すと、
「よいお年を」は、
「人」ではなくて、その人に宿る「イノチ命」に対する予祝、よごと(寿詞)だったのだが。

「よいお歳を迎える」ということばは、人の行為に重点を置き過ぎている。
むしろ意味を置き換えている。

だいたい日本の古来の風習で「人」を第一の主体にすることは、ものすごい違和感がある。
本来自然のイノチを活気づけることで、ワタシ(人)も活気づいていくという姿勢のものだ。
活気のある場所に行くと、つられて生き生きするような、
素朴な身体の実感に基づいたごく原始的なイノリ、呪術行為のものだ。


ごく近年の現代的な感覚で、言葉の落ち着きをよくするために「迎える」とか言って、
歳を迎える、という意味に落ち着かせたのではないかと思うけど。
それはあまりにも意味を小さくして、ゆがませていることだと思う。
古来の文化を尊重していない。

お迎えください、って何だ。
ちゃんと真剣にイノれ。
真剣にイノチを祈った時、迎える、なんていう言葉になるか。
真剣にイノる時、ことばの力を放つ時、
ことばは、それに対して命令のような形になる。

だから相手のイノチや歳をことほぐ時、
相手のイノチの発揮を願うイノリなら、
「よいお年を!」で終わるのだ。



それでもほとんどの人は
「お迎えください」って言っても同じ、って言うのだ。
くっきり違うのに。

私にこういうことを説明することばのないことが、
いつも心から残念だ。



70歳代以上のお年寄りのお話を聞くと、これらの感覚が自然に生きていると思うことが多い。
よごと(寿詞)の習俗と感覚はここ三十年くらいで一気に忘れられ、
長い時代のイノチをことほぐ、ことほぎのことばや行為の伝統をなくしていく現代、

ここ数年特に、歳神様を迎える、という意味の一部にとにかく飛びつき、
それだと古来の日本的な感覚から離れ、現代的に理解しやすかったから、
NHKが「よいお年をお迎えください」と言い始める。

わざとか。わざとやってるのか。
NHKだから。
日本語を大切にするはずだったアナウンサーさんがたはどういう気持ちで言っているのか。


お迎えください、なんて意味がまったく違う。
まだ、よいお年を「お過ごしください」の方が、
イノチへの祝福の意味に近いのではないか。


このへんをもっと語感に鋭敏で、きちんと説明できる方に、
しっかり言っていただけないだろうか。

山折哲雄さんが要って下さらないかな。
柳田國男や折口信夫が生き返って、日本人にきっちり言ってくれたらいいのに。


だって日本の正月のイノり、

よいおとしを、は日本の ことほぎ なのだから。


自然に寄せてヨ(イノチ)をことほぐ、祝福の系譜。
ひとつの記事には書ききれないが、
この感覚は日本の思想のあらゆるところにつながっているのだから。


正月のことほぎも捨てる。
これは日本の文化の根本を捨てること。
それはあまりにも浅はかで、残念だ。



ことばの変化は止められないけれども。
どうしてそういうことに。

だって、今もいつも、イノチへの祝福が見えて、
心身がゆさぶられるんだもん。



・2009-12-11 中世芸能の発生 263 ほうほう蛍 まじないのことば
たとえば蛍を呼んだり、明日天気になれ、と強く願う時、
我々のことばは命令になる。

霊(タマ、魂、精霊、神)の概念ができ、
ものに霊(タマ、魂、精霊、神)があると信じられるようになれば、
その命令は、霊(タマ、魂、精霊、神)に対しての命令になる。

それがことばによる命令ならば、
ものの霊(タマ、魂、精霊、神)に影響を与えることばの威力が、
言霊(ことだま)ということばの霊力(タマ、魂、精霊、神)である。


物事がその通りになってほしいという願いと結果を、
ものの霊(タマ、魂、精霊、神)にかまけさせ(類感させ)て、
その通りの結果が得られるように、
よごとは唱えられ予祝がされてきた。





万葉集。 神「を」祈る、の表現について。 自他の分離 人と自然の分離
神「を」祈る 神「に」祈る
・2010-08-25 中世芸能の発生 348 神「を」祈る 融通念仏
・2010-08-26 中世芸能の発生 349 神「を」祈る イ罵(の)り
・2010-08-27 中世芸能の発生 350 神「を」祈る 神「を」祈(の)む
万葉集では「神“に”祈る」ことを「神“を”祈る」という。

万葉集に神を祈る歌は数多くあるが、
現代の表現のように「神“に”祈る」を書かれたものは一首もない。

後の時代から現代にいたるまでの表現「神“に”祈る」の場合、
神は自分から分離して「対象」になっている。

それより前の「神“を”祈る」は、神と自分が分離していない。

自然がひびけば自分もひびく(はやし)。
大昔は、自他の境のない、主客のない感覚があったと思う。

境がないから「対象」とならない。
自然との境のない、個々に相対化しようのないものだ。

自然と人の距離ができ自然を体感することから離れ、
身体感覚より優先するものができいって、
自他は分離していく。




日本の信仰の特徴として、
木も石も全てのものに命が宿っている、とか、
森羅万象全てに仏性がある、という考え方をあげられているのをよく見る。

私は、それは、
一人につき一つ心臓があるような、個別に神仏が宿るイメージでなく、
もともとは自他の境のないイノチの実感からきていたと思う。

念仏が溶け合って和合する融通念仏の発想も、
そんな感覚が影響していたと思う。



万葉集。
「天地(あめつち)の神を祈りて」の表現に、
あまねくある神々の印象がある。

万葉の人々は、
例えば天上などどこか「に」いる神「に」向かって祈るのでなく、
すべてにいきわたっている神「を」祈る感覚があったと思う。

以上、万葉集中の神「を」祈るの表現からも、
万葉時代の人々にとって神は
自分から分離した客観的な「対象」になっておらず、
天地にあまねくあって自分にもある、
万葉の人々の、自と他が未分化の感覚を見ることができると思う。

・2009-11-08 中世芸能の発生 239 さぶるこころさまねし

これは、相対化され個別化していく霊や神の概念以前の、
自他の境のない、
ものごとが融通している世界観、つまり身体感の名残と思う。



・2010-05-15 中世芸能の発生 310 くすり 呪術
五月には、菖蒲の葉をお風呂に浮かべた。

切ってはかわいそうなほど瑞々しい菖蒲の葉は、
湯船の中で緑に輝いていた。

命の喜びと痛ましさがある。

菖蒲にふれて、輝く緑の息を吸いこんだ。

こうして命をもらいあって生きるのだ。



薬は、現代では、薬効が体のどこに効いてという理解だろうけど、
遠い昔は、薬の原料の草木や動物の力が、
身体に伝染する(うつる)ととらえられていただろう。

薬の原料の草木や動物の生命の力が自分の一部になる。

祭りで、神饌を下げて分け合っていただく直会が
重要なことであった(ある)のも、
こうした意識に基づく。

私も様々の一部になっていく。
全てが様々の一部になっていく。


相互に伝染させて効果を及ぼそうとした古い時代の
原始的、呪術的な芸能は、
ものや人がつながりあっている実感があたりまえに前提にある。


田植神事やことほぎや家ぼめのような予祝は、
あらかじめ望ましい状況を演じほぐことで
物事がその通りに進むことを期待して行われる呪術の展開だ。


ものや人がつながりあって影響しあう実感がなければ
予祝の効果は及ばない。
ものや人がつながりあって影響しあう実感がなければ、
そもそも呪術などありえない。


観念的哲学的な思想をもって心を救う宗教以前の、
原始宗教の呪術の始まりは、
ぴちぴちした土地に行けば身体がぴちぴちするし、
生気あふれる食べ物を食べると、元気になる気がする、
風や水に威力を感じる、そういう素朴な身体の実感にある。


強いものの名を名前に付けて強く育てと願ったり、
美しい音を名にしてそういう子に育つことを願うのもそれで、

それなのに、現代の日本人の多くが、
自分は呪術や宗教とは無関係と考えているのはどうして?


でなければ非常に抽象的な概念や、
人格的な神々をまず前提に物事を説明されたりして。



・2010-02-11 中世芸能の発生 274 イノチ ユリの花
ぴちぴちとれたての魚、美味しくって身体に良さそう!とか。
笑い声につられて、こちらも元気になる、とか。

大伴家持、ユリの歌。
花や酒(クシ 薬の認識あり)を客に勧めるのは、
その人の命を祝うこと。

これは、植物や酒といういってみれば呪物によって
直に家持のイノチをイハフもので、呪的効果を期待した行為である。

現代では呪術というとおどろおどろしいものを想像するけれども、
いいものが感染(うつ)りますようにという、
良いおまじない。

客のイノチを生命力で満たそうとする、おもてなしの心だ。

よい宴の情景
by moriheiku | 2014-12-29 08:00 | 歴史と旅

中世芸能の発生 457 パラオ 植民地における日本語 学校教育の観点から 中島敦



つづき


パラオ。南洋庁が置かれていた。
当時、中島敦が教師として赴任していたと聞いて心が惹かれた。

教科書に載っていた中島敦の『山月記』は、
思春期の子供たちに読ませるために選ばれた。
研いだ夜のようなあの文章。
新学期には、新しい国語の教科書を一気に読んだ。

そうか、
まだ読んだことのないい中島敦の『南島譚』は、
南洋に住んでいたから書かれたのか。


パラオは美しい島という印象。
青い海、生い茂る椰子、海の音、子供の声、鳥、魚。絵葉書のような島。
夢のようなイメージ。
つまり私は太平洋ミクロネシアの島々の歴史をまるで知らないということ。
そのことにも気が付いていなかった。
私には遠い島々だった。

ただ、ずっと以前、
テレビでパラオの人々の暮らしの中に
今も日本語がわずかに残っているのを見て胸が痛んだ。
それがずっと胸にある。


中島敦とパラオのつながりをきっかけに、
日本と関わりあった時代を中心に、ほんの表面的な部分にすぎないけども、
パラオのことをなぞってみた。


日本の中世期、
西洋では海運が発達し、多くの西洋人宣教師や商人が、
西洋人にとっては未知の場所だった世界中の島や土地に入っていった。
日本へも。
中世以降日本を訪れた宣教師達が残した日本についてのレポートは、
大変興味深く参考になるので私も時々読んでいた。

太平洋、ミクロネシアの島々へも、
スペイン人、ポルトガル人、他西洋人が入った。

1885年、パラオはスペインの植民地になった。
西洋からきた伝染病や厳しい支配から、
スペイン統治時代の15年間で、パラオの人口は1/10に減ったそうだ。

たった15年間で、人口が1/10に減少。
たとえば誰かが、私があなたが生き残ったとして、
生き残った人にとって、15年後には、
身近な人々がほとんどがいなくなっていたという現実。
これはどういうこと。
西洋列強の植民地ではめずらしいことではないのだが。それでも。

このような経緯があり、パラオから統治国スペインが得る利益は減っていた。
また西洋各国の国力も変化しつつあり、
スペインは、1899年、パラオを含むスペイン領ミクロネシアのほとんどをドイツへ売却。
その後15年間ほど、パラオはドイツの植民地となる。

やがてドイツが第一次世界大戦で敗戦。
パラオは、第一次世界大戦では戦勝国だった日本の委任統治領下になった。

委任統治とは信託統治の前身で、敗戦国の植民地だった土地を戦勝国が預かるもの。
植民地支配でなく、現地が自立独立するまで
戦勝国が統治を担当するという形のものだったが、
実際には世界中の委任統治領の多くは
以前の植民地時代とさほど変わらない統治状況がされていたようだ。


スペイン領時代とドイツ領時代のパラオでは、
宗主国による現地の人々への交通、教育、医療等、社会福祉の整備や普及は
ほとんどなされなかった。

日本領時代になると、2万人以上の日本人がパラオへ移住した。
この時代、パラオのインフラ、社会福祉の整備は急速に進んだ。
日本は西洋秩序のルールに従い、また生来の日本人の価値観に沿って、
真面目に委任統治に取り組んだようだ。

それで現地の人々のための学校も作られた。
ただしパラオは、併合して日本、日本国籍の人となった台湾、朝鮮とは異なって、
学校と教育内容は日本人とは別だった。

朝鮮には日本国朝鮮の人の高等教育のため、
大阪帝大、名古屋帝大に先立って帝国大学が作られた。
パラオには大学は作られなかった。



日本本土で教師をしていた中島敦は、
パラオへは教師として赴任したのでなく、
現地の人々のための教科書編纂のため南洋庁の書記として赴任したようだ。

これはwikiからではあるけれども、
教育の軽視など、現地住民がおかれた状況を悲観的に分析した手紙を家族に送っている
とのこと。
教育の普及への真摯さがうかがえる。

そういえば先日何かで見たが、
当時の日本領の学校も含む日本全国の小学校の学力テストで、
パラオの学校は総合二位、算数では一位だったそうだ。
もともと学校の多い本土よりも成績が良く、他の地域に比べて抜きんでていたとは。
教育への熱意。



現在中国では日本由来の言葉が多く使われている。
よく例えに挙げられるのは中華人民共和国という国名の、
中華、人民、共和国、それぞれが日本で作られた言葉だというもの。

ほか経済用語、宇宙に関する用語、科学用語、哲学語、政治語、等々、
中国語中で様々な分野で日本で作られた造語が使われている。

同様に、たとえば朝鮮語の文法の授業で、
名詞、動詞、形容詞、副詞などの和製語が今も使われている。

これら品詞を表す語は、日本で造語された文法用語なので、
これら和製語は日本人にには直感的に理解しやすいが、
朝鮮語ハングルを用いる朝鮮の人々にとっては直覚しずらい言葉になるそうだ。


言うまでもなく中国朝鮮には充実した母国語があり豊かに用いられてきた。
その中で現在使われているこれら日本由来の言葉から、
何が見えるかというと、

近代社会のスタンダードとしての西洋の学問や概念が、
アジアでは早い時期に西洋文明を取り入れた日本で、翻訳、日本語化、体系化され、
まとまった学問の形態として中国・朝鮮の教育に取り入れられた経緯だ。


パラオを日本が委任統治していた時代、
現地の、パラオの人々のための学校では、日本語で授業が行われた。

日本統治下で近代的な教育を行うにあたって、
現地の言語でなく日本語が用いられたことは、

単なる言葉と文化の押し付けでなく、
近代の教育を総合的に学ぶ共通語としての日本語、という一面があっただろう。

現在、現地語でない言語を用いることは、
ただ言語による支配の一点のみに捉えられがちだ。
私自身、各地に日本語が残っている理由をそう解釈し、
そうした行為を疑問に思いつづけていた。

しかし、現地語で近代教育用の用語や体系を作り教育に用いるためには、
十分な現地語の知識と、膨大な学問体系を現地語に組みなおす長い時間と労力が必要だ。

西洋列強の植民地になる可能性のきわにあった日本でも、
明治時代、西洋近代国家にならい近代文明を体系的に取り入れるために
多くの和製語を作ることに腐心した。
文化が大きく変わる時、こうしたひとつひとつにどれほど力を尽くしたかと思う。

(古代思想に興味のある私は、
古代日本で漢字を導入した時に少し似ていると感じた。
日本語の音に漢字の音と意味をあてはめていった苦心が、
太安万侶の古事記の編纂に記録されている。)



国内に数多くのローカルな言語を持つ東南アジアの国々は、
土地々々に固有のローカルな言語とは別に、共通語で教育を行っている。
(例えば200以上の現地語があるいわれるインドネシアの共通語、インドネシア語。)



現在、隣国では、日本併合時代に
朝鮮語の使用を禁じられたと教えられているけれども、
そうだろうか。

日本統治下で、学校で朝鮮語を教えた教科書が残っている。

日本が併合した台湾・朝鮮における日本語の教育、日本語による学校教育は、
ただ支配にだけ結びつくものだろうか。
近代文明の導入と表裏した一面はあったのではないだろうか。


戦後朝鮮で、日帝残滓だからと日本の影響の痕跡を消すことが行われている。
同様に和製語も朝鮮語に置き換えることがされている。
システム全体を別の何かに置き換えることは
代替があるかという問題からはじまるので難しいことが多いだろうが、
和製語については朝鮮語に換えていけばいいと思う。




太平洋戦争で日本が敗戦した後、
パラオはアメリカの信託統治下になった。
以降パラオの方々の教育は英語で行われるようになった。
そしてパラオの人々にとっては、アメリカでの高等教育への道も開けた。

行政の一部をアメリカが行う保護国となったパラオだが、
アメリカ領になったハワイのようにはインフラや社会福祉の充実は行われなかった。
太平洋の島であるので、現在産業は漁業を中心としている。

パラオ共和国がアメリカの保護国から独立したのは、1994年。
太平洋戦争での国連の信託統治領の中では、最後の独立だったそうだ。


パラオやいくつかの国、日本も、
アメリカが軍を置いて防衛を担うかたちで現代まできた。


太平洋の島々を思う時、
島々に今も残る日本の言葉の切れ端が、胸に疼く。




南洋の美しいパラオでも、
中島敦の病弱は治らなかった。

たった33歳で亡くなった。

はじめて『山月記』を読んだ頃、
33歳は、十分に生きた年齢だと思っていた。









・2010-02-12 中世芸能の発生 293 ヨ
漢字導入よりも前の古い日本語の音。
漢字の意味と異なる、もともとの日本語の意味。

漢字の意味をはずした古い日本語の音から、
その語がもともとなにを表すものだったかがわかる。

漢字を取り入れた時代、
日本語と概念の異なることば(漢字)を日本語に対応させる苦労は、
太安万侶(おおのやすまろ)の古事記編纂の記録にもある。

もとの日本語の意味と、
そこにあてはめた外来の漢字の意味には、どうしてもずれがあるけれども、
そのずれを試行錯誤しながら長い時間かけてすりあわせていった。

漢字の意味を取りこんでいく過程で、
中には、もとの日本語の意味よりも漢字の意味の方に近づいて、
もとの日本のことばの意味から離れ忘れられてていったことばもある。
「ヨ」の語もそのひとつ。

漢字導入よりも前から使われていた古いことばは、
そのものをあらわすのにふさわしい音(ことば)がつけられていた。

したがって古いことばの音の響きに、私たちは、意識しなくても
そのものの性質を感じていると思う。




・2010-08-31 生物多様性 言語の多様性
・2007-06-28 言語のレッドゾーン
漢字の導入よりも前から使われていたことばは、
そのものをあらわすのにふさわしい音(ことば)がついていた。

だから古いことばの音の響きに、私たちは、意識しなくても
そのものの性質を感じていると思う。

日本でも英語を共通語にしろという人が、
なぜ生物多様性、命の多様性の重要性を語れるのかと思う。

世界中の各土地の、生物の多様性、命の多様性のあらわれ出たものが、
土地の言語であり民俗であるのに、

ことばを、
ことばの一面である道具としてしか見られず、
土地の自然風土に生まれ、土地に根付き、
土地に適応して成長してきたことばを軽んじる人が、

滔々と生物多様性、命の多様性を語るのは、
うわごとに聞こえる。




・2010-08-18 中世芸能の発生 340 母語
留学生のH君は、変化に富んだ大きな国土の多民族国家出身。
英語と日本語の他、自分は○○語と○○語が話せる、と言ってた。

○○語の一つはH君の国全体の共通語。
もう一つはH君の出身の民族のことば。

H君の国の共通語とH君の民族のことばはかなり違うの?と聞くと、全然違うと言った。
方言くらいの違いではないという。違う言語って感じだそう。

数百の言語のあるH君の母国。
豊かな自然と多様な動植物の生きてるH君の国の、H君の民族語。





・2008-08-13 「ほ」を見る。
古い日本語の音。性質を表す音。

注意を惹くようなものやこと、身体感覚を起こす性質のもの、
それを昔の人は「ほ」、
「ほ」のあらわれと感じた。

折口信夫。
“人は「ほ」の出来る限り好もしい現れを希ふ。”

“寿詞(よごと)を唱へる事を「ほぐ」と言ふ。「ほむ」と言ふのも、同じ語原で、用語例を一つにする語である。「ほむ」は今日、唯の讃美の意にとれるが、予め祝福して、出来るだけよい状態を述べる処から転じて、讃美の義を分化する様になつたのである。”

“たんに現状の賛美でない。「ほむ」・「ほぐ」という語は予祝する意味の語で、未来に対する賞賛である。その語にかぶれて、精霊たちがよい結果をあらわすものという考えに立っている。”


ことほぎ、言葉で「ほぐ」。よごと。
近年まであった正月の門付けの家褒めなども、
現実にそのようになるよう、ことばとからだでする予祝。
ものごとがそうなるように願って、ほめる。

「ほ」ということばの音の中に、期待がある。


稲の「穂」は、
「ほ」の出現であり、
豊かにみのった「ほ」の結果だ。





“当時、台湾・朝鮮などに対して、日本は一視同仁のひたすらな皇民化のため、強力に「国語普及」の運動をすすめていた。「国語」を唯一の拠りどころとするこの同化方針に、私はまず疑問を感じた。それから「民族と母語」というものに関心をいだいた。はじめ、なぜそれほどまでにして、国語に依存するのだろうかと思った。”
(豊田国夫『日本人の言霊思想』)

各国の植民地への言語政策への言及のあるこの『日本人の言霊思想』を読んだ後も、
どうしても解けない疑問のかけらが残っていた。

思いがけなくパラオのことを通して、
そのかけらの一粒が、少し解けた気がした。

まだうずくまる小さなかけらたちが胸の中にある。
無事に生きて少しづつ私の視野が広がり、少しづつものを知っていったら、
ひとつづつ溶ける日がくると思う。
・2009-06-29 中世芸能の発生 158 母語 母国語 民族語
・2009-06-28 中世芸能の発生 157 『日本人の言霊思想』




・2008-01-21 みつ 08 大伴の御津(みつ)

大戦の時代にふたたび、平時より意識された日本語の言霊思想。

奈良時代に言霊思想(当時の言霊信仰と言えると思う)が隆盛した。
万葉集。遣唐使の出立と帰港。
国を背負うような時、期待された言葉(和歌)の作用。
古代、遣唐使の無事を祈ってかける和歌は、
素朴な願いをからくる呪(まじない)でもあった。
日本のことほぎの伝統。日本の芸能の伝統。

命の際に立つ時には、
ことばにすがるような、ことばによって命全体をふるい立たせるような
心境があったのだろうと思う。当時の人々に強い願いがあったのだ。

今も、心を込めて「元気でね」と声をかけるようなことも、同類だ。


万葉集 山上憶良
旅立つ遣唐使へ別れを告げ無事を祈った好去好来の歌

 神代より 言ひ伝(つ)て来(く)らく そらみつ 倭(やまと)の国は
 皇神(すめがみ)の 厳(いつく)しき国 言霊(ことだま)の 幸(さき)はふ国と 語り継ぎ

    ・・・ 中略 ・・・

 還らむ日には またさらに
 大御神たち 船の舳(ふなのへ)に 御手(みて)うち懸(か)けて
 墨縄(すみなは)を 延(は)へたる如く あちかをし 値嘉の崎(ちかのさき)より
 大伴の 御津の浜辺(はまび)に 直泊(ただは)てに 御船は泊てむ
 恙無(つつみな)く 幸(さき)く坐(い)まして 早帰りませ    (894)


(訳)
 神代から言い伝え来ることには、空に充ちる大和の国は、
 統治の神の厳しき国で、言霊の幸ある国と語りつぎ

    ・・・ 中略 ・・・

 帰国するでしょう日には、さらに大御神は舟の先に御手をかけ、
 墨縄を引き伸ばしたように、あちかをし値嘉の岬を通って、
 大伴の御津の海岸に、まっ直ぐに泊まるべく
 御船は寄港するでしょう。
 無事にしあわせにいらっしゃって、早くお帰りなさい。




つづく
by moriheiku | 2013-12-02 08:00 | 歴史と旅

しめる



「しめる」とは、ゆっくりになること、と教わった。


音を「しめる」と聞くと、私はつい速いほうに反応してしまう。

弦楽器の弦を絞めると音は高く、はりのある緊張感のある音が鳴る。
また、ゆるんだ弦よりも軽やかに弾ける。

スケートでスピンをする時、
こう、身体を締めると、スピンがぎゅんと速くなる。

私の「しめる」はそういう感じで、
しめると聞くと、私はつい速いほうに反応してしまう。


でも、先生に、お能の「しめる」は、
力が加わる感じだとうかがった。

お能には、ゆるむということはあまりないそうだ。

「マンリキ系?のような」

「それよりブレーキだね。
ブレーキはしまるでしょう、
ブレーキは圧力がかかって重くなってゆっくりになる」


ああ!そうか。そういう感じなんだ!


いつも思う。
先生は賢い方だと。
お仕事柄だろうか。



私には新しい「しめる」の感覚。
私の中になかったこと。

とても新鮮なこと。
by moriheiku | 2013-01-14 08:00 | 音と笛のまわり

梵鐘の音 除夜の鐘



梵鐘を作る方のお話を聞いていた。

お住まいは滋賀の鋳物が盛んだったかつての村で、
中世以来梵鐘を作る仕事が続いているそうだ。

梵鐘(お寺で鐘楼に釣り下げられて撞木でついて鳴らす釣鐘)の梵は、
文字通り梵語の梵で、意味は辞書の通り。


古典を見ると、梵鐘の音は、
清らかさの極まる音として日本人の耳に響いてきたようだ。

なんとなく『徒然草』の「およそ鐘の音は黄鐘調なるべし」を思い出し、
べしって…、無常の音、祇園精舎の音って黄鐘調?妙心寺の鐘が、
なんて思ったりするけれど。

鋳物師の方が、
つく鐘の「ごーーー~~~~~んーー…」の音は、
仏の御恩(ごおん)の音を連想されるような音にとおっしゃっていた。


お寺の鐘の音を身近に聞かなくなった現代では、
梵鐘の音は年に一度、
テレビで聞く百八つの除夜の鐘の音ということも珍しくない。

薬師寺のご住職が
戦争で南方に出征して亡くなられた方々のお弔いに、
小さな梵鐘を持って行って現地で鳴らし、
亡くなられた方々の魂をなぐさめる旅をされたお話など聞いた。

今鋳物師の方は、先の震災で失われた梵鐘を作っていらっしゃるそうだ。
震災がなければこれまで通りあと数百年も変わらぬ音を鳴らしただろう梵鐘は、
流されたり火事の高温で溶けたりして失われた。

復興もまだまだ進まない中で、
人々が、亡くなった方々の魂をなぐさめる清らかな梵鐘の音を求められたことに、
胸を打たれる。

また鋳物師の方のどの梵鐘も心を込めて作っていらっしゃることが、
貴い。

菩薩行。 手が合わさる。





お寺の鐘の「ごー~~ん」という音を仏の「御恩(ごおん)」の音と
聞かれてきたことは、

例えばおせち料理で、
料理や材料の名に似た意味を重ねて幸いを願うように、
似たものに似た意味を重ねていくという
昔からの、ごく日本的な発想(類感的思考)の典型。


こうしたものの中には、そこまで欲深くなくても、というものもあったり、
時には浅はかだったり、駄洒落に聞こえるものもあるけれども、

その底の方にはいずれも、
人々の切実な願いがあって、

いいあらわすことばを私は持たないけれども、
その切実な願いを、
いとおしいような、美しいもののように思う。





ふくらすずめ
・2009-10-28 中世芸能の発生 233 ふくらすずめ
おせち料理の豆が「まめに暮らせるように」、
たつくりは田作り、昆布はよろこぶ、栗が勝ち栗などと言われて、
おせち料理のいわれは今ではまるでだじゃれのように思う。
けどそれは、昔の人の、
恵みと感謝の奉げもので、
それらの力の伝染を願うマジカルなことへの期待だったのでしょう。

似た言葉、似た意味を重ねることで、
そうなりますように、っていう祈り。予祝のような。

この可愛いふくらすずめの鈴も、
鈴とすずめ、ふくらと福来、米のあるところに雀などの
いくつものおめでたい意味とイメージを重ねて
幸福が願われてきたんだろう。

昔の人たちがそうした行為をやめずにずっとしてきたことの、
絶えない動機、
ことばにならない切実さが心を打つ。







梵鐘 釣鐘 お寺の鐘
・2012-12-23 梵鐘の国
“仏教の信念がどれだけ実生活を支配してゐるか、それにはいろいろの見方もあるであらう。けれどもかつてのその隆昌の形は今もなほ、此鐘の音に残つてゐると思つた。しかしふりかへつて見ると、日本の全国が一面からいふと鐘の国であり、仏教の国である。”




梵鐘の響きと無私
・2013-01-10 中世芸能の発生 450 除夜の鐘 清め祓い 大乗の音
かつては、
年の明ける前の大晦日の夜に、
清らかな除夜の鐘の音を隅々まで響かせて、

自然も土地も(国土草木)人も清まって、
新しい年を迎えようとしたこと。

それは古来の習俗からやがて神道につながった祓い清めの意識であり、

仏の御恩を国土に満たそうとした日本の仏教の、
大乗の意識でもあり。

しかし現代では、祈りはごく個人的なことがほとんどで。

他者や自然を祈ることは、個人を祈ることと同じことだと思うのだけれども。

どこへいってしまったんだろう。

除夜の鐘の音に、かつてあった、大乗の意識を聞いていた。




・2012-12-19 中世芸能の発生 449 類感とダジャレと伝統文化
梵鐘の音に聞く、日本人の類感的思考。







横溝正史の金田一耕介シリーズの『獄門島』。
瀬戸内のある島(獄門島)に、戦争中供出した釣鐘が戻ってくるシーンがあったっけ。
正装した長老たちが鐘を出迎えに港に出ていた。
「よくつぶされずにかえった」とかなんとか。
この小説も今となっては昭和の鐘のありかたの記憶のひとつか。

ついでに。横溝正史 金田一耕介のシリーズ 『八つ墓村』に見る昭和の民俗。
・2012-08-02 中世芸能の発生 441 八つ墓村 フォーク 伝統芸能
『八つ墓村』に妙蓮という人物が出てくる。
村人からは濃茶の尼(こいちゃのあま)の通称で呼ばれている。
(同じ尼と付いてもお寺の梅幸尼さんじゃないほう。)

妙蓮、濃茶の尼という名前。南無妙法蓮華経、尼。
仏教的な名でも、装束は巫女姿であることは、
ずいぶん古い時代からの信仰の習合の系譜そのまま。
by moriheiku | 2012-12-20 08:00 | 音と笛のまわり

また生えてくる



春以来、ショートカットをつづけてる。
ちょこちょこ切って気持ちがアップダウンするのも楽しいの。

担当の美容師さんに、

「私、髪と一緒に、女らしさとか大切な何かを切り落としてるかも」

と言ったら、美容師さんが

「大丈夫。また生えてきますって!(女らしさとか何かも)」

とおっしゃったので笑った。


わあん、言ってみたーーい♪ そのセリフ。

そのお仕事をされているからこそ出てくることば
というところがすごくいい。

そう美容師さんに言ったら、


「ぜんぜん笑わせようという気なく言ったんですけど。」

うん。いいよ!そこんとこが。


「まいいわよね。切っとこ。また生えてくるし!」

「そうそう! 笑」






良い人に担当していただいていて良かった。


その人ならではのことば、
その人の人生を通って出ることば、
(私には出ないことば)は、
強く心を動かされる。



アン・ハサ○ェイ、春にベリーショートにしてとてもすてきだった。
『レ・ミゼ○ブル』のためだったのね。

あの時期のアン・ハサ○ェイのこと話していて、
少し伸びてきたのに、また切りたい衝動に。

アン・ハサ○ェイと、似たとこ、1ミリもないのに!
今はがまん!

次の髪型のために。
by moriheiku | 2012-12-04 08:00 | つれづれ

キーボード ことば

手で文字を書けと。
文字をキーで打つのでなく。

手で文字を書くことの大切さをよく聞く。

それがとても大切なことは、私にもよくわかるけど。


キーボードでことばを打つのは、ピアノを弾くのに似ている。

ことばをキーボードで打つのは、

ペンでで文字を書く時にするように、
文字を美しくはらったり、バランスをとったり、
文字の形を造形することの多くを通らず、

手とペンでで文字を書くスピードよりも速く。


外からやってきた刺激や何かが、身体を通って、
腕を通って、指先からパラパラパラパラと出て立ちのぼる、
指先から音が出てくるような心地。

音を打っているような心地。


ことばを声にするように、
ことばを筆記具で書くように、

キーボードで音を、いえ、ことばを打つことの心地、
というのもあるよ。

と控えめに言ってみたり。





・2007-09-19 ヨリシロ

それとも別のときには、

対象について文字で打つときに、対象を、でなく、

腕の先や、指にある、空気感を、
字面へ乗せて、のぼらそうとしている。

字面に見える文字や文章の意味にはないものを打っている。

全部じゃないけど。たいていは。




西行
・2008-12-16 本来空
・・・
「よみいだす(詠み出す)」。
西行が明恵に語ったこの短い言葉の中に、
「よみいだす」という語が二度ある。

「よむ」のではない。「よみいだす」。
この強調は、自分を強く主張しているのではない。

一瞬あらわれるようにみえて、あとかたもない。
本来空(くう)。
その時風情の中の本来を、よみいだす、思いなのだ。

聖(ひじり)としての西行の作歌。作歌聖。



作仏と作歌 同質の心。
作物聖。作歌聖。
・2009-08-17 中世芸能の発生 188 作仏聖 円空 棟方志功
・2010-04-07 中世芸能の発生 302 一刀彫
自分が仏を造形するのでなく、
木や石や土の中にある仏を彫り出すあるいはとりだすというのは、
現代の仏師も言う。







キーボードで打つ歌は、手で筆記具で書く歌より
心と歌の間に文字のフィルターが入らず、
歌と心は直になる。

キーボードで古い歌を打つと、歌は音に聞こえる。
声の音に近くなる。

キーボードで古い歌を打つのは、
ピアノで音が鳴るのに似ていて、楽しい。
by moriheiku | 2012-11-21 08:01 | つれづれ

ことばの発見




すみれの巻いたつぼみが咲きそう。

ああ、私は、よろこんでいるのか。




これをあらわすことばは、祝福。

このすみれは、祝福。








小さなことに心は動いて、
よろこんだり悲しんだり怒ったりして
毎日を過ごす。





花が咲いて心が動いたりうれしく思う心は、
意識はしてないけど、
私の命が、さまざまの命を喜んでいるからかな。

・2012-03-17 中世芸能の発生 431 春の野







ケヤキ。大樹の祝福。扇の神聖視。
・2010-10-12 中世芸能の発生 358 扇の民俗 ケヤキ
樹木の祝福(生命力) → 扇の祝福 → 神のヨリシロとしての扇
に展開していったと思うこと。






ことばの発見。

かたちのないものが、ことばになって、
意味を持って外に出るよろこび。


また、ことばの発見は、意味を見つけるよろこび。
意味の発見。心の発見。
意味の固定化。本来からはなれること。






・2010-02-03 命の全体性
古い自然は、無数に関係しあい、常に更新し、常に再生している。
古い自然は永遠に新しい命なのだと。
ことほぎ。ほぐことば。






芸術の動機
・2012-03-24 中世芸能の発生 432 言語芸術論 芸術と芸能
講演中で吉本さんが、
言葉(芸術)は、自然と人の交流に生まれるって短くおっしゃってたこと。





対象をかかりに、ことばで、
透明に見える中からある部分をすくう。
と現れるある世界。
・2007-09-19 ヨリシロ






あー、こうして並べてみるとすっごくあやしく見えるー。なぜー。アハハハハ。



手に流れる水に水ということばを得たヘレン・ケラー。
どんなにうれしかったかな。
by moriheiku | 2012-04-08 08:00 | 言葉と本のまわり

中世芸能の発生 432 言語芸術論 芸術と芸能

つづき


夜、テレビをつけて、
「ETV特集 吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~」
が再放送されていることに気がついた。

番組の終わりの方を少し見ることができた。

2008年の吉本さんの公演を主とする番組で、
2009年と2010年にも一部見たことがあった。



一般的に言われる、
人に伝わってこそ芸術、という考え方には、私自身は
昔からひどく違和感を感じてきた。

人に伝達する目的がなければ、
人は歌を歌ったり絵を描いたりしないかといえばそうでない。

一人でそうしつづける人もいるし。

芸術を生む衝動と、人に伝えることは、別のことと思うから。

人に伝えることがモチベーションになる人は多いということは私にもわかるけれど。



吉本さんの言語をと通じて芸術を語る言語芸術論においては、
言語の表出のしかたは、二通りある。

ひとつは、

・意思や情報を伝えるコミュニケーションとしての表出(指示表出)

もうひとつは、

・沈黙あるいは独り言としての表出(自己表出)

吉本さんは前者を「指示表出」、後者を「自己表出」と名付けている。


番組内の例えなら、

例えば、きれいな花を見た時、
人に「きれいですね」と言うのが「指示表出」。

対して、きれいな花を見た時、
思わず沈黙の中で心の中で思う、
あるいは独り言で「きれいだ」と言うことばが「自己表出」。


吉本さんは後者、沈黙に近い「自己表出」が、
芸術の大部分であると考えられる。



現代は表現手段や語彙も多いので、芸術も昔よりも優れていると考える人が多い。

しかし芸術の本質は、言語でいうならあくまでも「自己表出」の部分であって、

表現方法「指示表出」の部分は芸術を構成する意味があるけれども、
それは枝葉で、
芸術の本質は、言語でいう「自己表出」の部分にあり、
表現やサイズではかることはできない。


例えばドストエフスキーの長編小説と松尾芭蕉の俳句は、
言葉の分量や表現は大きく異なるけれども、
それをもってどちらが芸術的に優れているという判断はできない。


言語の幹や根は、
思わず心中に言うような、沈黙のことば、
限りなく独り言に近いものであり、

芸術の本質はそこなんだということを
吉本さんはおっしゃっている。



こうした吉本さんの言語芸術論は、
人に伝わってこそ芸術という考え方への違和感と合致して思われた。


私はポツポツと、一人ごとのように、芸能の発生をたどろうとしてる。
それは「芸術」の発生でなく、あくまで「芸能」の発生。

(芸能でなく)芸術の核は、
その感触を発しようとする強い衝動にあるのかもしれないなと、

それが芸術を芸能の違いのひとつ、

と、数年前の吉本さんをテレビの画面で見ながら思った。




前にこの放送を見た時には、
あたりまえのように自然に感じて通り過ぎてしまったけれど、
今回の放送を見て前より強く心を打ったことがあった。


講演の中で吉本さんが、
言葉(芸術)は、自然と人の交流に生まれるということを
短くおっしゃっていた。

自然は我々に影響するし、我々も自然に影響を与える。って。

歌や芸術のようなものだけでなく例えば学者の学問なども、
それを表に出さずに自分だけで思っているだけのものでも、
自然と我々は相互に影響し変化しあっていると。


こうした意識は万葉集中にもよく見られ、
万葉人もこうした意識を普通に持っていたし、

平安時代の古今和歌集の仮名序の、

“世の中にある人、ことわざしげきものなれば、心におもふことを見るものきくものにつけていひい だせるなり、花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるものいづれかうたをよまざりける、ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心 をもなぐさむるは、うたなり”
(自然が和歌を詠ませるし、また和歌は自然(天地あめつち、鬼、神)も動かす。人とものが相互に影響し合う)

も、

この自然と人が互いに影響を与えあっている古来の意識の系譜
(その変形したもの)と思う。


このように自然(と言うか森羅万象)と自分は共感し影響しあう(融通する)感覚は古くから、
あたりまえに日本人にあったものだけれども、
どうも現代では通じにくくなっているように思う。


この自然(時間や無生物も含む)と人の分離しない感覚は、
日本の思想や民俗のキーになる部分。

だから、吉本さんのようなかたが、
とても大切な部分だからと吉本さんがおっしゃったこのことが、
講演でもっと語られていたら、
と思った。


私は、自然(というか時間や生き物でないものも含む)森羅万象と、
その一部である人との共感をいつも思うから。



日本の文化を指でたどる時、日本のことばや音を聞く時、
いつもそこに帰結する。あまりにもワンパターン。






ETV特集 吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~
・2010-04-01 中世芸能の発生 298 言語の幹や根 芸術言語論

・2008-12-25 「ETV特集 吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~」を見て
哲学は美しい

・2010-04-02 中世芸能の発生 299 ことばの発生と本質
ことばは、
情報の伝達のために生まれたのでなく、
ものと人との間の共感に生まれたと思う。
それが展開して、人と人の間の、
情報をやりとりすることばに用いられていった思う。
人と人の間に限らない、
ものと人の共感に、
人のことばの発生と本質があると私は思う。



身体と自然の接点に生まれる ことば
・2010-02-21 中世芸能の発生 288 自然 身体 実感
・2010-07-01 ぜんぜん論理的じゃないこと
・2009-08-30 地続き




私には、ことばは人に属すのでなく、人の声を通って顕在化するもの。
大地を通って顕在化した植物と同じもの。と感じられる。
・2011-10-18 星を結ぶ線をひく




仮名序
・2008-02-01 「仮名序」カナを使う意味
・2008-02-01 「仮名序」和歌の背骨




数えきれないものが無数に互いに関係しあって自然の森は構成している。
自然と人は相互に共感し影響しあう中に居る。日本の自然感。
・2012-02-26 中世芸能の発生 429 樹幹流 他力を本願とすること




それとも別のときには、
対象について文字で打つときに、対象を、でなく、
腕の先や、指にある、空気感を、
字面へ乗せて、のぼらそうとしている。
字面に見える文字や文章の意味にはないものを打っている。
全部じゃないけど。たいていは。
・2007-09-19 ヨリシロ
・2007-09-20 芸術と信仰




信仰と芸術の相違。
西行と作歌。西行のような人々にとっての作歌、作仏。

一首詠み出でては、空の中に一体の如来の形を造る思いをする。
一句を思い続けることは、秘密の真言を唱えることと同じ。
・2010-05-20 中世芸能の発生 315 仏教と和歌の習合
・2008-12-16 本来空

作仏聖たちは、
木や棒にもともと宿る力というか、イノチというか、霊力というか、
神仏を見えやすくするので、
その造作はシンプルでいい。
むしろ、それは木や棒を生かす姿でしかありえない。
木に宿らない余計な装飾を加えることは、
その命を打ち消すこと。
木の中のイノチを掘り出す。無常を詠む歌の中の仏法を取り出す。
それは芸術でなく、信仰のわざであること。
・2009-08-17 中世芸能の発生 188 作仏聖 円空 棟方志功
表現よりも、その核を見い出すこと。



今様歌謡に見る。信仰と芸能、仏教と芸術の摩擦と習合。

狂言綺語の誤ちは 仏を讃(ほ)むるを種として 麤(あら)き言葉もいかなるも 第一義とかにぞ帰るなる 
・2010-12-01 中世芸能の発生 368 今様

・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教
・2011-06-09 中世芸能の発生 398 今様即仏道 命の際(きわ)
・2010-06-22 中世芸能の発生 331 罪業感 今様



つづく
by moriheiku | 2012-03-24 08:00 | 言葉と本のまわり

中世芸能の発生 428 「ホ」 穂(ほ) 寿(ほ)ぐ 誉(ほ)む 言祝ぎ(ことほぎ)



つづき


「ほ」は、あらわれ。

「ほ」は、さきがけ。

のような。


冬の明けきらない頃、
枝ばかりの木々の先に咲く花に
「ほ」を見る。

それをしるしのように感じ、
あらわれた「ほ」に、
先の幸いを重ねる。


生物として、背後に来ている季節の予兆を、
身体に感じていると思う。

春のはじまりに、
いくつも「ほ」を見つける。
・2008-08-13 「ほ」を見る。
・2008-03-23 春の黄の花木 マンサク



「ホ」の音に感じるイメージは、さきがけのような。

頭を出した氷山の小さな一角のような。

はっきりと目には見えないもののあらわれのような感じ。

「ホ」という性質。


「ホ」はこれを語根として
「ほぐ(祝ぐ 寿ぐ)」「ほむ(誉める)」「秀(ほ)」「穂(ほ)」等々
祝福のことばに展開している。けれども、

「ホ」のただ一音の印象は、予兆に小さく胸がふるえるもので、
それ自体善でも悪でもない。
意味でない「ホ」は「ホ」という性質だ。


さきがけの「ホ」に、私達は予兆を見る。

まだはっきりと目に見えていないものの姿を「ホ」に感じる。

そしてそれが瑞兆であることを願う。

だから古来「ホ」は、卜(占い)と親しかった。



精霊や神の概念ができてからは、「ホ」は、
精霊や神の真意のあらわれと観念されるようになった。


万葉集にも歌が残る「ほかひびと」(ほがいびと 食乞者)は、
「ことほぎ(言祝ぎ 言寿ぎ)」をして家々から物を乞い歩く芸能者たち。

ほぐ芸能者である彼らのする「ことほぎ」は、
良いことや命令を言うことで、
物事や精霊をその良い状態へ導こうとする予祝(呪術、ままじない的)の芸能をしていた。


それは当時の人々が祝福を求めた願いから、
(あるいは「ほかひ」「ことほぎ」によって「ほ」をあらわすという
一種卜(占)的な面も含まれただろうか、)
あらわれた「ほ」を良い状態へ、積極的に導こうとするような行為だったと、
「ほかい(ほがい)」の名からも思われる。
いうことをきかせようというもの。
同じ呪的行為でも「たまふり」とは少し性質の違うものだ。


古い詞章や歌など見れば、
「ほ」の意味も、予祝の呪術芸能も、
万葉の時代にはすでにこんなに複雑化していたんだけど。


たとえば平安時代、源氏物語 宿木の、
穂(ほ)にいでぬ物思ふらししのすすき招く袂(たもと)の露しげくして、
のように、

外に現れて人目につくようになることを、
「穂(ほ)に出ず」、と人々が言っていた。

やはりそこには、稲の穂、漢字の穂よりずっと前の、
ただ見えていなかったものが表に現れる、
なつかしい「ホ」の響き(印象)がある。





他「ホ」
予兆 「ホ」
・2008-08-13 「ほ」を見る。
冬の明けきらない頃、
枝ばかりの木々の先に咲く花に
「ほ」を見る。

それを幸いのしるしのように感じ、
あらわれた「ほ」に、
先の幸いを重ねる。



・2008/03/23 春の黄の花木 マンサク
まず咲くマンサクは、
早い春から、黄色の糸を束ねたような花が咲く。

少し前まではどこにでも見られた花木だそうだが、
身の周りにさっぱり見ない。
人の手の入る林によく見られたそうで、
人手が入らなくなったためか、伐採が進んだか。

冬から春に移る色のかすれた山に、
黄金色の糸がひらひらとつく枝に、
豊穣のほを見ていた。



「イ」
・2012-02-13 中世芸能の発生 425 市(イチ)のイ
・2010-06-05 中世芸能の発生 320 祈(イノ)リ イ罵(ノ)り
日本の「イノリ」(祈り)とは、
抽象的な神に敬虔な願いを捧げるような新しい祈りでなく、
「イ」を宣(ノ)る強い行為であったこと。



「ヨ」
世 代 夜 黄泉(よみ) 常世(とこよ) 詠む(よむ) 寿詞(よごと) 暦(こよみ)
・2010-02-12 中世芸能の発生 293 ヨ
・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能



「チ」
血(ち) 乳(ちち) 道(みち) 市(いち) ヲロチ(おろち)
・2012-02-14 中世芸能の発生 426 道(ミチ)のチ
・2010-02-11  中世芸能の発生 274 イノチ ユリの花




「ヒ」
日 火 檜 ヒレ(鰭) ヒロメク ヒラメク ヒレ〈領巾・肩巾〉
・2010-02-17 中世芸能の発生 284 ハタ ヒレ
・2010-02-18 中世芸能の発生 285 ヒ ヒル ヒヒル 蝶
・2010-02-19 中世芸能の発生 286 ヒレ ヒラ ヒレ有る骨柄
・2010-02-20 中世芸能の発生 287 ヒロメク 蛇 剣
・2010-10-03 中世芸能の発生 357 檜扇(ひおうぎ)の民俗




「キ」
木(き) 毛(け) 気(き・け) 気枯れ 穢れ(けがれ)
・2011-09-05 中世芸能の発生 412 キ(木) 毛(ケ) キ・ケ(気)




「ユ」
斎(ゆ) 湯(ゆ) ユ槻(ゆつき) ユ笹(ゆささ) ユツ真椿(ゆつまつばき) 
・2010-02-04 中世芸能の発生 268 古代における聖性とは
・2010-04-08 中世芸能の発生 303 日本料理 湯屋 湯聖(ひじり)
・2009-10-19 中世芸能の発生 224 ゆささ 湯




「ニ」
匂う(ニホフ) 丹(ニ) ニフブ(和ぶ 柔和) ニコニコ
・2010-02-13 中世芸能の発生 280 ニフ 土地
・2010-02-13 中世芸能の発生 278 ニコニコ ニフブ 笑む
・2010-02-13 中世芸能の発生 277 住吉のハニフ(黄土)




他「イ」の性質を含む行為の例  斎(い)む 忌(い)む 祝う 呪(いは)う
・2010-02-06 中世芸能の発生 270 イハフ
・2010-02-07 中世芸能の発生 271 イハフ言葉 イハフ行動
・2010-02-08 中世芸能の発生 272 マツル
・2010-02-09 中世芸能の発生 273 イム




<性質をあらわす一音節について>

「チ」「二」「ヒ」  一音節  固有名詞にならないもの  土橋寛 
・2010-02-21 中世芸能の発生 288 自然 身体 実感
・2010-07-07 中世芸能の発生 335 固有名詞にならないもの





・2010-03-05 中世芸能の発生 292 海幸山幸(ウミサチヤマサチ) ことばの音

・2010-05-17 中世芸能の発生 312 ことばの神聖視

・2011-10-04 中世芸能の発生 418 意味の変遷



つづく
by moriheiku | 2012-02-16 08:00 | 歴史と旅