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よいお年をお迎えください、という言い方は間違っていることについて

近年「よいお年をお迎えください」って言うのをよく聞くようになったけど。
この「お迎えください」ということばの使い方は違うと思う。


「よいお年を」は、よごと(寿詞)。言祝ぎの系譜。
「よいお年を」の主体は「人」ではなく、
その人に宿る「イノチ命」へのイノリ、予祝、よごと(寿詞)だったはず。

「迎える」を加えた言葉は人に重点を置き過ぎ。
そのために極端に意味を狭めてしまっている。

もともと「よいお年を」は、
あなたが良い一年を過ごせますように、のような
現代的な、西洋的な祈りのニュアンスじゃなくて。

「あなた」、じゃなくて「歳」つまりイノチに言っている。
お迎えくださいでは対象が違っている。
と思うが、身近な人にもこのニュアンス、わかってもらえない。

どうして同じに思える?
同じに見えるけどぜんぜん違うよー。わーん。


「よいお年を」は年、つまり命へのよごと(寿詞)。
現実に命が活気づくようにと行われてきた古い「予祝」の習俗の流れ。
ものごとがそうなるように願って、あらかじめほめることで物事の現実化を願う、
素朴で強いイノチへの願い。
素朴な呪術というか、いいきかせの行為でもある。
それが日本の宗教や芸能の底にある。
それはことほぎ(言祝ぎ)、祝言、予祝の習俗のはじまりであり根本だ。
(芸能の祖とされてきた神話のアメノウヅメノミコトのしていたのは
そのまんまイノチの復活の行為(天岩戸伝説)をする神)


古代に国司が赴任先の国で、
新年の始まりの行事でめでたいよごと(寿詞)を詠んだこともも。

天皇や首長へのよごと(寿詞)の奏上も。

国褒めの行事や和歌も。

わりに近年まであった正月の門付けの、家褒めなどの風習も同じ流れ。

もちろん君が代もこの言祝ぎの末。
君が代の元の歌と解説されることも多い平安時代に収録された和歌は、
それ以前から長い時代、広く行われてきたイノチを言祝ぐ系譜の和歌。

元歌も、山川草木のイノチを言祝ぐことでそれらのイノチを活発化させ、
つられて対象となる人のイノチも活発化させる、イノチに対する祈り。
イノチ(ヨ)がつづくことを願って詠まれた祝福歌。
もちろんよごと(ヨゴト、寿詞)。予祝。

国褒めや家褒めを想えば、わかりやすいのではないだろうか。
国褒めは、土地の山川草木や無数の命を褒めて活発化させることで、
国土の命を活発化させ、一緒に国主の命を活発化する。
家褒めは、家を褒めあげ家の精霊を活発化させることで、
その家の主人のイノチが活性化、長生きし、家が栄える、という感覚。

古い校歌は学校の周囲の自然環境を織り込んだものが多いけど、
あれはただ学校の立地環境を語っているのでなく、
かつては山や川を詠みあげ織り込む国褒めに共通した共栄のイメージがあっただろう。
(「詠む」ということ自体がイノチの祝福だった。)


日本の宗教や芸能のはじまりは、
世界中で決して珍しくないごく原始的なイノチにたいする願いと
イノチを活気づける行為であって、
そうした願いの行動が、時代の流れの中で
原始的な呪術へ、哲学的な内容を持った宗教や芸能へと展開していった。

今も日本の習俗、宗教や芸能の底を見れば、
いつもイノチを盛んにし活気づけるごく原始的な感覚や行為があるのが見える。


はなしを戻すと、
「よいお年を」は、
「人」ではなくて、その人に宿る「イノチ命」に対する予祝、よごと(寿詞)だったのだが。

「よいお歳を迎える」ということばは、人の行為に重点を置き過ぎている。
むしろ意味を置き換えている。

だいたい日本の古来の風習で「人」を第一の主体にすることは、ものすごい違和感がある。
本来自然のイノチを活気づけることで、ワタシ(人)も活気づいていくという姿勢のものだ。
活気のある場所に行くと、つられて生き生きするような、
素朴な身体の実感に基づいたごく原始的なイノリ、呪術行為のものだ。


ごく近年の現代的な感覚で、言葉の落ち着きをよくするために「迎える」とか言って、
歳を迎える、という意味に落ち着かせたのではないかと思うけど。
それはあまりにも意味を小さくして、ゆがませていることだと思う。
古来の文化を尊重していない。

お迎えください、って何だ。
ちゃんと真剣にイノれ。
真剣にイノチを祈った時、迎える、なんていう言葉になるか。
真剣にイノる時、ことばの力を放つ時、
ことばは、それに対して命令のような形になる。

だから相手のイノチや歳をことほぐ時、
相手のイノチの発揮を願うイノリなら、
「よいお年を!」で終わるのだ。



それでもほとんどの人は
「お迎えください」って言っても同じ、って言うのだ。
くっきり違うのに。

私にこういうことを説明することばのないことが、
いつも心から残念だ。



70歳代以上のお年寄りのお話を聞くと、これらの感覚が自然に生きていると思うことが多い。
よごと(寿詞)の習俗と感覚はここ三十年くらいで一気に忘れられ、
長い時代のイノチをことほぐ、ことほぎのことばや行為の伝統をなくしていく現代、

ここ数年特に、歳神様を迎える、という意味の一部にとにかく飛びつき、
それだと古来の日本的な感覚から離れ、現代的に理解しやすかったから、
NHKが「よいお年をお迎えください」と言い始める。

わざとか。わざとやってるのか。
NHKだから。
日本語を大切にするはずだったアナウンサーさんがたはどういう気持ちで言っているのか。


お迎えください、なんて意味がまったく違う。
まだ、よいお年を「お過ごしください」の方が、
イノチへの祝福の意味に近いのではないか。


このへんをもっと語感に鋭敏で、きちんと説明できる方に、
しっかり言っていただけないだろうか。

山折哲雄さんが要って下さらないかな。
柳田國男や折口信夫が生き返って、日本人にきっちり言ってくれたらいいのに。


だって日本の正月のイノり、

よいおとしを、は日本の ことほぎ なのだから。


自然に寄せてヨ(イノチ)をことほぐ、祝福の系譜。
ひとつの記事には書ききれないが、
この感覚は日本の思想のあらゆるところにつながっているのだから。


正月のことほぎも捨てる。
これは日本の文化の根本を捨てること。
それはあまりにも浅はかで、残念だ。



ことばの変化は止められないけれども。
どうしてそういうことに。

だって、今もいつも、イノチへの祝福が見えて、
心身がゆさぶられるんだもん。



・2009-12-11 中世芸能の発生 263 ほうほう蛍 まじないのことば
たとえば蛍を呼んだり、明日天気になれ、と強く願う時、
我々のことばは命令になる。

霊(タマ、魂、精霊、神)の概念ができ、
ものに霊(タマ、魂、精霊、神)があると信じられるようになれば、
その命令は、霊(タマ、魂、精霊、神)に対しての命令になる。

それがことばによる命令ならば、
ものの霊(タマ、魂、精霊、神)に影響を与えることばの威力が、
言霊(ことだま)ということばの霊力(タマ、魂、精霊、神)である。


物事がその通りになってほしいという願いと結果を、
ものの霊(タマ、魂、精霊、神)にかまけさせ(類感させ)て、
その通りの結果が得られるように、
よごとは唱えられ予祝がされてきた。





万葉集。 神「を」祈る、の表現について。 自他の分離 人と自然の分離
神「を」祈る 神「に」祈る
・2010-08-25 中世芸能の発生 348 神「を」祈る 融通念仏
・2010-08-26 中世芸能の発生 349 神「を」祈る イ罵(の)り
・2010-08-27 中世芸能の発生 350 神「を」祈る 神「を」祈(の)む
万葉集では「神“に”祈る」ことを「神“を”祈る」という。

万葉集に神を祈る歌は数多くあるが、
現代の表現のように「神“に”祈る」を書かれたものは一首もない。

後の時代から現代にいたるまでの表現「神“に”祈る」の場合、
神は自分から分離して「対象」になっている。

それより前の「神“を”祈る」は、神と自分が分離していない。

自然がひびけば自分もひびく(はやし)。
大昔は、自他の境のない、主客のない感覚があったと思う。

境がないから「対象」とならない。
自然との境のない、個々に相対化しようのないものだ。

自然と人の距離ができ自然を体感することから離れ、
身体感覚より優先するものができいって、
自他は分離していく。




日本の信仰の特徴として、
木も石も全てのものに命が宿っている、とか、
森羅万象全てに仏性がある、という考え方をあげられているのをよく見る。

私は、それは、
一人につき一つ心臓があるような、個別に神仏が宿るイメージでなく、
もともとは自他の境のないイノチの実感からきていたと思う。

念仏が溶け合って和合する融通念仏の発想も、
そんな感覚が影響していたと思う。



万葉集。
「天地(あめつち)の神を祈りて」の表現に、
あまねくある神々の印象がある。

万葉の人々は、
例えば天上などどこか「に」いる神「に」向かって祈るのでなく、
すべてにいきわたっている神「を」祈る感覚があったと思う。

以上、万葉集中の神「を」祈るの表現からも、
万葉時代の人々にとって神は
自分から分離した客観的な「対象」になっておらず、
天地にあまねくあって自分にもある、
万葉の人々の、自と他が未分化の感覚を見ることができると思う。

・2009-11-08 中世芸能の発生 239 さぶるこころさまねし

これは、相対化され個別化していく霊や神の概念以前の、
自他の境のない、
ものごとが融通している世界観、つまり身体感の名残と思う。



・2010-05-15 中世芸能の発生 310 くすり 呪術
五月には、菖蒲の葉をお風呂に浮かべた。

切ってはかわいそうなほど瑞々しい菖蒲の葉は、
湯船の中で緑に輝いていた。

命の喜びと痛ましさがある。

菖蒲にふれて、輝く緑の息を吸いこんだ。

こうして命をもらいあって生きるのだ。



薬は、現代では、薬効が体のどこに効いてという理解だろうけど、
遠い昔は、薬の原料の草木や動物の力が、
身体に伝染する(うつる)ととらえられていただろう。

薬の原料の草木や動物の生命の力が自分の一部になる。

祭りで、神饌を下げて分け合っていただく直会が
重要なことであった(ある)のも、
こうした意識に基づく。

私も様々の一部になっていく。
全てが様々の一部になっていく。


相互に伝染させて効果を及ぼそうとした古い時代の
原始的、呪術的な芸能は、
ものや人がつながりあっている実感があたりまえに前提にある。


田植神事やことほぎや家ぼめのような予祝は、
あらかじめ望ましい状況を演じほぐことで
物事がその通りに進むことを期待して行われる呪術の展開だ。


ものや人がつながりあって影響しあう実感がなければ
予祝の効果は及ばない。
ものや人がつながりあって影響しあう実感がなければ、
そもそも呪術などありえない。


観念的哲学的な思想をもって心を救う宗教以前の、
原始宗教の呪術の始まりは、
ぴちぴちした土地に行けば身体がぴちぴちするし、
生気あふれる食べ物を食べると、元気になる気がする、
風や水に威力を感じる、そういう素朴な身体の実感にある。


強いものの名を名前に付けて強く育てと願ったり、
美しい音を名にしてそういう子に育つことを願うのもそれで、

それなのに、現代の日本人の多くが、
自分は呪術や宗教とは無関係と考えているのはどうして?


でなければ非常に抽象的な概念や、
人格的な神々をまず前提に物事を説明されたりして。



・2010-02-11 中世芸能の発生 274 イノチ ユリの花
ぴちぴちとれたての魚、美味しくって身体に良さそう!とか。
笑い声につられて、こちらも元気になる、とか。

大伴家持、ユリの歌。
花や酒(クシ 薬の認識あり)を客に勧めるのは、
その人の命を祝うこと。

これは、植物や酒といういってみれば呪物によって
直に家持のイノチをイハフもので、呪的効果を期待した行為である。

現代では呪術というとおどろおどろしいものを想像するけれども、
いいものが感染(うつ)りますようにという、
良いおまじない。

客のイノチを生命力で満たそうとする、おもてなしの心だ。

よい宴の情景
by moriheiku | 2014-12-29 08:00 | 歴史と旅

センサー


玄関から道路に出るぱお(実家)の小道は、
ゆるく左右に振れている。

小道の真ん中くらいにセンサー式のライトをつけた。

先日ぱおに行った時、
ライトが人が通らないのに点灯する、とぱお母が言う。

「そうそう。」と私「さっき灯いた。」
ぱお父も「ああ、時々灯いてるね。」

薄闇。
暗くなる前に見に行った。
「あ、ついた。」

ライトを取り付けた小道の脇の、藤棚の端に、
季節外れの剪定で伸びた藤の蔓が風に揺れ、
センサーに届いたのだった。


父が剪定鋏で伸びた蔓を伐った。


三人とも思っていたことを控えめに言った。


 「幽霊の・・・」と小さく私。

父 「正体見たり」

母 「そうそれ。」
by moriheiku | 2014-12-28 08:00 | つれづれ