つづき 古代の人々にとって、 神々は、常に表に常駐しない。 ある時見えて、あるときしずまる存在だった。 自然と密だった古代の共同体では、 神(自然の力)を祀ることは 命の維持と繁栄につながると信じられていた。 季節の神祭りに、 神を何かに依らせ(みてぐら)て、 姿をあらわされる場所(みてぐら)へ初穂が集められる。 それは神への奉げもの、みてぐら、幣帛だ。 みてぐら、幣帛は、 神の依り代であり、神が宿ったもの神であり、神への奉げもので、 神から分配されるものだった。 その神霊の付いた幣帛を種にすることで、 次の豊穣を期待した。 古代の自然信仰では、 そうした呪術的な作用が信じられた。 神へ収穫を奉げ、幣帛を受けるその形態は、 古来の共同体には、命に直結する切実に願われたことだった。 つづく
by moriheiku
| 2008-09-01 08:00
| 歴史と旅
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