大伴家持と紀小鹿女郎 相聞歌



万葉集の詞書に小鹿の名を記したのは、編者の一人であった大伴家持だろう。

古代の女性で、名前が残っている人もいる。
例えば、鵜野讃良皇女(持統天皇)。

それでも当時の女性で、
本名が知れるのは、ごく高位のほんの一握りの人々だ。


どうして家持は紀小鹿女郎の名をわざわざ記したのかな。
推測は様々にされている。


大伴家持と紀小鹿女郎が歌を交わした、恭仁京での数年間。
当時、家持は二十台半ば。
紀小鹿女郎はそれより十歳ほど年上だったのではないかと考えられている。

小鹿女郎の方が家持より年上。家持の方が小鹿女郎より位は上。
でも二人は仲良し。


そんな大伴家持と紀小鹿女郎が交わした、楽しい歌のやりとりの一部。 (※訳は超てきとう)


・うづら鳴く 故りにし郷ゆ 思へども 何そも妹に 会う縁も無き
                                 ─大伴家持─

   (あなたと親しかった)うずらの鳴く前の京のことを思っているのですが、
   今どうやってかあなたに会う方法がありません。


・言出しは 誰が言なるか 小山田の 稲代水の中淀にして
                            ─紀小鹿女郎─

   言い出したのは誰からだったでしょう。まるで山の中の田の水がよどむようですね。


・黒木取り 草も刈りつつ 仕へめど 勤しき奴と 誉めむもあらず
                                 ─大伴家持─

   あなたの新しい家のために、私め(奴)が、こうやって
   屋根を葺く木も取ってきて 草も刈って お仕えしたって、
   がんばった奴、と誉めてもくれないんでしょう    


・戯奴(わけ)がため 吾が手もすまに 春の野に 抜ける茅花ちばなぞ 食して肥えませ
                                 ─紀小鹿女郎─

   あなたのために、私がせっせと春の野で抜いた茅花ですよ
   どうぞ食べてお太りなさい


・吾が君に 戯奴(わけ)は恋ふらし 賜りたる茅花を喫はめど いや痩せに痩す
                                 ─大伴家持─

   あなたに恋しているみたいです
   いただいた茅花をいくら食べても 恋しさにどんどんやせてしまいます
   

・うつたへに 籬の姿 見まくほり 行かむと言えや 君を見にこそ
                                 ─大伴家持─

   必ずしもあなたの家の垣根の様子を見たいと言っているんじゃないんですよ
   ほんとはあなた様(※君:主君という表現の面白さ)を見にいくんです


・神さぶと 否(いな)とにはあらね はたやはた かくして後に さぶしけむかも
                                 ─紀小鹿女郎─

   恋をするには自分が年を取りすぎてとか いやというのではありませんが
   こうしてお断りした後は 寂しい気持ちになるかもしれません
 

・百年(ももとせ)に 老(おい)舌(した)出でてよよむとも 吾は厭はじ 恋は増すとも
                                 ─大伴家持─

   あなたが年をとって 老いて 舌が出て よぼよぼになったって
   私はキライになったりしませんよ もっと好きになることはあっても
 

楽しいやりとりの中にちょっとのホントが見えるようで。
それは物語の中の真実のカケラのようで。
それはこの機知も思いやりもある二人のやりとりだからだ。
by moriheiku | 2006-11-02 08:00 | 言葉と本のまわり
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