中世芸能の発生 447 一ノ瀬、二ノ瀬、三ノ瀬 滝 こぶ取りの翁


つづき


野本寛一(著)『神と自然の景観論  信仰環境を読む』では、

静岡県藤枝市の「宇嶺(うとうげ)の滝」は、
川(山)を上流にさかのぼりながら
一ノ瀬、二ノ瀬、三ノ瀬と垢離(こり)・禊(みそぎ)をくり返した最後の、
禊や修行や祈願をしめくくった滝と考えられ、

「宇嶺(うとうげ)の滝」という名については、
禊を完結させしめくくる「打ち上げの滝」の音転であると結論されている。


かつて祈願や行の方法として
一ノ瀬、二ノ瀬、三ノ瀬と水で垢離、禊をくり返す行程があったことは
各地の痕跡や史料からも確かであるとして、

「宇嶺(うとうげ)」が「打ち上げ」の音転だったかは、
現在私にはわからない。


また「宇嶺(うとうげ)の滝」の上流にある高根白山神社の社伝他から、
文治四年(1188)にこの山に白山系の修験道が入ったと考えられるが、

白山の修験道で垢離(こり)や行の完成となる部分を
「打ち上げ」と言うのかどうかも、
今すぐは私には確認できない。(近いうち調べるつもり。)


それでも『神と自然の景観論』中、滝について述べられたこの個所で
私が興味深く思ったのは、
この本に掲載されている具体的な事例よりむしろ、

一ノ瀬 → 二ノ瀬 → 三ノ瀬 → 打ち上げ 

と至る心象についてだ。



お能の笛のお稽古で習ったんだけど、
曲の終わりに「打ち上げ留め」(打上留メ)という留め方(終わり方)がある。

「打ち上げ留め」(打上留メ)は、
鼓や太鼓も高まって盛りあがって終わる留め方(終わり方)で、
笛はお能の笛らしい高いピーーーってぇ音で留める。

行事の終わりにする宴会を「打ち上げ」って言うけれど、
その語源は邦楽と聞いたことがある。
邦楽の鳴り物のバチなどを華やかに?打ち合わせて終わる(留める、区切りをつける)
ことからきたことばのようだ。
(NHKのことばおじさんによると)。


邦楽に全く詳しくなく、お能もほぼ知らないんだけど、
お能のごく基本的な曲の進行は、

初段 → 二段 → 三段 → (四段 → 五段 →) 打ち上げ留め

って感じか。(他の留め方も習った)

打上留メのある曲で
『神舞』(中でも速い水波之伝)なんかは
木々の間、岩肌を、激しく駈け下る水のようで
とても好きだと思った。

『高砂』や滝の出てくる『養老』の時する曲だって、
もうずっと前、大きい先生がいらした時に教えて下さった。


『養老』の歌詞(謡)、


“我ハこの山 山神の宮居 又ハ楊柳観音菩薩 

 神と云ひ 仏と云ひ ただこれ水波の隔てにて

 衆生済度の方便の声 

 峰の嵐や 谷乃水音滔々と

 拍子を揃へて 音楽の響き 

 瀧(たき たぎ)つ心を澄ましつつ 諸天来御の影向かな”
 

にも、心はたぎ(滝)り、澄んでいく心地する。



中世に完成した能に、山伏が多く登場する。

古い時代の猿楽のうち
現代まで伝統芸能で伝わっている中世に大成したお能に語られる仏教は、
古来の民俗信仰の色濃い仏教で、
民俗信仰の色濃い山伏と芸能者はその意味でも近かった。
昔の山の僧は舞を舞った(三塔比叡山の遊僧、弁慶の延年の舞)。


(現代に、お能の中の高度な仏教の教理を見て
お能を高く位置づけようとするものもあるけれども、
それには私は賛成できない。
お能のありかたはまさに、古来の信仰に様々の融合し日本化した民俗信仰としての仏教。
一部の限られた僧侶の語る高度な仏教ではない、
無数の人々にとっての信仰の形をしているから。
幾層の人々の生活を土壌にして咲く花に見える。
価値を高度な教理にもたれかかる必要を見出せない。民俗の血のような価値を見る。)



現在の修験道は時代とともに変化して、
中世期よりもずいぶん仏教に近い宗教になっているようだ。
中世期の修験道は
人里離れた山林で修行し超人的な験力を得ようとする道教的傾向や
日本古来の自然に対する信仰の色がより強かった。



邦楽の鳴り物の、お囃子の、
初段、二段、三段、と上ってきて、打ち上げ留めで留める心象は、

一ノ瀬、二ノ瀬、三ノ瀬・・・と禊(みそぎ)水垢離(こり)をくり返し、
禊と行を完成させる高揚感と、
その心象は全く無縁ではないのではと思った。


オーケストラの
第一楽章、第二楽章、第三楽章でフィナーレってのとはちょっと進行がちがって、
進むにつれて澄んでイの満ち満ちてく感じが、
似ている気がした。




昔、山での行の完成の後は、延年(打ち上げ)行われた。
行を終えたばかりの自然のイが身体ぴっちぴちに満ちた状態で、
験力を競う験力較べをしたそうだ。

昔話になって伝わる『宇治拾遺物語』こぶ取りじいさんのお話。

翁(こぶ取りじいさん)は山奥で鬼の集まる宴に出会う。
鬼たちが次々舞うのを翁はものかげから見ていたが、
我慢しきれず自分も出て行って舞った。

五来重に、この話の原型は、
鬼の宴は山中の行を終えた山伏の延年で、

鬼のする、こぶを取ったり付けたりは、
山伏(修験者)や僧が修行で得た験を競う験競べ(験比べ げんくらべ)であった
とあった。

私は物語が活き活きと目の前に展開するように感じた。







こぶ取りじいさんは、こぶをとってもらいました。

こぶを取ったりくっつけたりできるんだよ。


山伏の打ち上げ 大宴会と舞と験力くらべ
・2009-09-26 中世芸能の発生 206 山伏の延年

呪師の舞に近いもの 山伏の舞 遊僧の舞

弁慶は遊僧だったといわれる。
山岳仏教の僧は、舞を舞った。

呪の動作、
日常と違う動きに、この世でないようななものを認め、
その動きは洗練されて舞になった。

山野で厳しい行を行う修験者(山伏)や山の僧の身体に宿った
山の精気のあふれた舞は、
ひときわ心を動かすものだっただろう。

山村の神楽の後に、
精魂つくした行や法会後の
延年が思われる。

延年は次第に風流化する。







養老 滝 

谷の水音滔々と  たき(激 滝 瀧 たぎ)つ心
・2008-09-26 水波之伝
養老の中で
水と波は本来同じものであるように、
神と仏は本来は一体である。
神と仏は、本来一体であると神仏習合を説明してる。水波之伝。


中世の作者が感じる神は、
ちはやぶる、そしてスカッと、颯爽としたエネルギーの神だったのだなあ。

大きい先生の笛の音がそういう音だったから。


このお能の作者が最も心を動かしているのは、
山神でも楊柳観音菩薩でもなく、
作者の心を動かしているのは、
峰の嵐や 谷を駆け下る水の音、滝の音だと思う。
それはきっと古い芸能の根元だ。

ちはやぶる
・2008-10-03 中世の人の感性
大きい先生が吹かれた笛はおだやかな老人じゃない。

古代の日本人は、自然の作用、威力をカミと見た。いちはやぶる力。
神舞は、ちはやぶる、颯爽とした神様の舞だ。
猿楽(能)を作った中世の人は、神をそのように感じたんだ。







『日本霊異記』
「経を負い、鉢を捧げて、食を街衢の間に乞う」半僧半俗の僧尼たちによって説かれた
民衆にとっての仏教は、
インドの正式な仏教でなく、
日本の民俗信仰と融合した日本化された仏教なのであって、

そのため、民間に伝わる説話やお伽噺、あるいは芸能に、
仏教を民間に根付かせるための宗教者たちの工夫や、
当時の民衆の宗教意識を見ることができる。

日本の仏教は神道のように感じられることがあると聞いた。
優婆塞らが問いたような原始的な自然信仰、山岳信仰や神道、道教や陰陽など入りまじる
日本の民衆にとっての仏教は、

インドや大陸から見ると正式な仏教といえないかもしれないが、
当時の大多数の人々にとっての真実だった。


・・
中世芸能は、こうした宗教観の上に開いている。
純だから崇高、ではない。
中世芸能は、俗だから普遍。ではなかったか。

私は、中世芸能の深み(すごみ)は、
中世意識の総体であることの深みにあると思う。

中世芸能はたったそれきりのまれに咲いためずらしい花ではなくて、
人々の命、自然の命、生活や経済、宗教、
あらゆるものを通ってひらいた花だと思う。

血のようだ。

・2009-05-25 中世芸能の発生 133 俗の土壌
・2009-05-26 中世芸能の発生 134 芸能の担い手
・2009-05-28 中世芸能の発生 136 優しい誤解







勧進と芸能 芸能の芸術化について
・2010-05-10 中世芸能の発生 305 勧進と芸能




半僧半俗の人たち 優婆塞、芸能者

自然居士ってプロモーターのような人だったかな
・2008/07/21 中世 07 芸能の独立

半僧半俗であること
・2009-06-14 中世芸能の発生 149 優婆塞の衆生救済意識








呪師(咒師)、 法呪師(僧侶の呪師)、 猿楽呪師、 猿楽、 猿楽能、 中世の能

少しだけ学術的なふりをしてみました。

・2010-11-07 中世芸能の発生 362 呪師
・2010-11-08 中世芸能の発生 363 呪師走り
・2010-11-09 中世芸能の発生 364 法呪師
・2010-11-10 中世芸能の発生 365 猿楽呪師

法呪師(僧侶の呪師)と猿楽呪師も、違いがある。
法呪師のする結界や清め等の行為は、仏教の意味を強めた呪的行為と考えている。

対して猿楽呪師は、呪の動作が洗練されていった、
より芸能に近いものだったと考えられる。





後戸の芸能  呪術から芸能へ。  呪師 猿楽 東大寺 興福寺 
・2010-06-15 中世芸能の発生 324 後戸 後堂 しんとくまる




『万葉集』の中の滝 垂水 ほとばしる水
・2010-08-30 中世芸能の発生 352 滝 木綿花
・2010-09-02 中世芸能の発生 353 ことほぎ 自然
・2011-03-03 中世芸能の発生 385 石走(いはばし)る垂水(たるみ) 祝福
石(いは)ばしる垂水(たるみ)の上(うへ)のさ蕨(わらび)の萌(も)え出づる春になりにけるかも (1418)
命幸(いのちさき)く久しくよけむ石走(いはばし)る垂水(たるみ)の水をむすびて飲みつ (1142)
山高み白木綿花(しらゆふはな)に落ち激(たぎ)つ滝(たき)の河内(かふち)は見れど飽かぬかも (909)
他、数首。
万葉人が見飽きないと歌に称えた滝。
今も山間を駈けくだる水を見れば、
その音に、細かくあたる水飛沫に、山と水の匂いに、木綿花のように咲きつづける水に、
心は躍って(激(たぎ))って息を吹き返す。






・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元
白い水




つづく
by moriheiku | 2012-09-13 08:00 | 歴史と旅
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