中世芸能の発生 394 『檜 (ものと人間の文化史)』


つづき

先日『檜 (ものと人間の文化史)』有岡利幸 (著)を読んだ。

著者の有岡さんは、大阪営林局で40年近く
国有林における森林の育成・経営計画業務などをされてきた方で、
著書も多く出版されているそうだ。

この「ものと人間の文化史」のシリーズは、私ははじめて知ったけれども、
『蛙』『さいころ』『絹』『粉』『屋根』『塩』等すでに150冊近く出版されていた。
百科叢書として1960年代から出版されているシリーズだった。
わー。

このシリーズは、
歴史の流れの中に登場するさまざまな物をたどるのでなく、
ある特定の物をめぐる歴史や自然や文化をたどるから、

特定の物について語るものだけど、
書かれていることの範囲はどれも広範そうー。



『檜 (ものと人間の文化史)』は、
営林署で林業に従事されていらした方の
実際の木の経験と、具体的で膨大な知識の一冊。

わかりやすく書かれているため、門外漢の私にとっても、
たとえばこの本で知った檜の葉の特性などの生態や
檜の取引の具体的な歴史の一端が知れて、
目の前で展開していくようで、わくわくした。



檜の思想の根元や語についての考え方などでは
私の思うこととずいぶん異なっているのだけど
(というか私のはただ孤軍奮闘の独自説・・気楽でいいよー)、

著者のような専門家によって書かれている、
たとえば金属製の道具の登場によって檜杉の利用が増加した、
という推察と事実は、
実際に木を加工する経験から出てくることばで、
林業に従事される方々にとってはあたりまえのことかもしれないけれど
だからこその重み。




私は行基や景戒、空也、西行、忍性、自然居士など
有名無名の無数の勧進聖(勧進僧、勧進比丘尼)という人たちについて
とても興味深く思ってる。

こうしたかつて多くいた勧進聖たちの
大規模な土木工事の知識と技術、人を束ね物事を進行させるプロデュース力が
信仰と一体であったことの面白さ。

『檜 (ものと人間の文化史)』中に、
檜の調達という点で
東大寺の勧進の長、重源が関わった事例が書かれており
この人たち(勧進聖)の多岐にわたる知識と推進力をいよいよ興味深く思ったことだ。




私はもちろん専門というものは何もなく、
強いて言えば体感から芸能の発生の根元をたどるっているような、

自然や民俗や音などを縦糸横糸にして、一枚の織物を織っているようなもの。
その織物にどんな模様が浮かんでいくか知らない。

ただ私は、木の神聖と用材の変遷に文化的思想的な転換点があると思う。
・2005-12-20 森について 古代の転換期
・2008-10-26 樹木と信仰 03 植生と文化の分岐
・2010-10-03 中世芸能の発生 357 檜扇(ひおうぎ)の民俗


歴史を知らないので
霧の中を指先でたどるようにして一人の感覚で追っているものに、

具体性を持たせる『檜 (ものと人間の文化史)』中の
檜の利用は金属の道具の登場によって進んだ、との記述。


思想、文化の転換点。
林業についていらした方の木の経験とことばに、
ああそうか。って、
いろんなことが具体的に符合していく。





本に書かれている具体的な内容とは別に、
人の経験を通してあらわれてくる美しいものを見ているような気がする本がある。

この本もそうした一冊に近いものだろうか。

他の本も読んでみようかな。





内容とは別に、
経験を通してあらわれてくる美しい何かを見ているような気がした本
・2010-02-21 中世芸能の発生 288 自然 身体 実感
・2009-06-29 中世芸能の発生 158 母語 母国語 民族語



・2005-12-20 森について 古代の転換期
・2008-10-26 樹木と信仰 03 植生と文化の分岐



同時期、文化の転換期 タマの概念変化
・2010-06-25 中世芸能の発生 332 類感から魂の概念への移行 翡翠(ひすい)
・2010-07-06 中世芸能の発生 334 タマシヒ 魂 天分 才能 生命力 霊力

タマ以前  
・2010-05-14 中世芸能の発生 309 はやし はやす
・2007-04-18 はやし




用いられている木の種類を見ていくことが、
時代、環境、思想、信仰、経済、技術、などの垣根を越えた、
ベーシックな部分を広くつなげる。
・2010-10-23 水の旅 用材



私は、土地に強く大きく盛んに茂ることへの信頼(信仰)の対象となった木は、
広葉照葉樹が先、ないし中心だったと思う。
それが文化と思想の転換を過ぎて、針葉樹が重視されることになったと思う。
それには単なる体感でない、意志的な思想の変形があったと思う。
・2010-03-16 中世芸能の発生 297 土地の木
・2010-02-04 中世芸能の発生 268 古代における聖性とは

・2010-05-05 中世芸能の発生 304 仏塔 心柱 刹柱
・2009-12-17 中世芸能の発生 267 一つ松 声の清きは






「ヒ」と「檜」  「ヒ」の「木」
ヒノキの民俗 植林 宗教的な意味の付与と意味の変質
・2010-10-03 中世芸能の発生 357 檜扇(ひおうぎ)の民俗
実用

・2010-10-14 中世芸能の発生 360 お雛様の檜扇
・2010-10-13 中世芸能の発生 359 衵(あこめ)扇 信仰の変質
・2010-10-12 中世芸能の発生 358 扇の民俗 ケヤキ

・2011-04-10 中世芸能の発生 386 ヒノキ

・2011-05-19 中世芸能の発生 390 檜(ヒ ヒノキ 桧)
・2011-06-02 中世芸能の発生 392 檜を使ってきた歴史 狂奔
・2011-06-03 中世芸能の発生 393 檜と日本文化





かつて聖や優婆塞、僧、山野で修業する修験者(時代が古いほどその人たちの境界は重なる)に
土木技術や医薬の知識に長けた人々が多く居た。
現代では異なるものに思われている土木技術や医薬医療などの社会福祉活動と、
祈祷など人々の願いを叶える呪術は、
慈悲の実践であり利益(りやく)という面で、同じことだっただろう。
・2009-06-14 中世芸能の発生 149 優婆塞の衆生救済意識
・2008-09-25 中世芸能の発生 29 勧進聖 自然居士
・2008/07/21 中世 07 芸能の独立
・2009-05-25 中世芸能の発生 133 俗の土壌
・2008-12-29 中世芸能の発生 45 忍性 利他
・2008-09-18 中世芸能の発生 16 空也上人 踊念仏の原型
・2009-07-08 中世芸能の発生 167 古代国家と修験道
・2010-02-11  中世芸能の発生 274 イノチ ユリの花
・2010-05-15 中世芸能の発生 310 くすり 呪術
・2011-02-24 中世芸能の発生 382 ビターオレンジ ダイダイ(橙)
・2010-02-14 中世芸能の発生 295 奄美のユミグトゥ(ヨミゴト)


何かに一心でないことに痛みをおぼえるけれど、

たぶん私は、必ずどこかが流れ出て、
何かに特化できる性質や集中力がないのだ。悲しいな。

だって、宗教だけを追うこともなく、
香りだけを追うこともなく、自然だけを追うこともなく、
どこを負っていてもたえずどこかが流れ出てしまっているから。

集中すると拡散するのはなぜ。
・2008-08-24 弓と自然




・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元




つづく
by moriheiku | 2011-06-04 08:00 | 歴史と旅
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