国土の保全 知恵と伝承


「たるみ」の土地の開発には、賛成できないな。 

※たるみ
・2011-03-01 中世芸能の発生 383 たるみ 垂水 伏流水


日本は山がちで、山や森林は多く水を蓄えている。

河川など目に見える地表の水の量は
国土に蓄えられ循環している水全体の一部。

土中に保たれあるいは地下を流れる水量は、地表を流れる水の何倍もある。
(※ここでは空中の水や木の内部の水などを省く)


日本の本来の植生であれば、森林の大部分は広葉樹が占める。

しかし人の都合で植生を変えてきた結果、
現代では、山山山山山山、山々は見渡す限り
針葉樹の人工林になっていることがめずらしくない。

日本は緑が多いと思われているが、
土地本来の植生は、かなり前の資料でも、
森林全体の0.06パーセントしか残っていない。


たとえば、本来の植生である照葉樹を中心とした森が蓄える水の量は、
人工林よりずっと多い。

それは山に一歩入れば、
空気中の水気の多さに充分感じられる。

土地本来の植生は、根が土中に広く深くはり、
土中に多く水を保つと同時に、水を多く含んだ土地が崩れるのも防ぐ。
表土は落葉等に覆われ、その分土石流になりにくい。



奈良盆地の周辺など歩くと、
今も周辺の山、社の背後の山や水源の山、山からの川でできた扇状地上流が、
人が手を入れてはいけない禁足地になって残っていることが少しはあるけれども。

山や森と自然に手を付けない、それはただ宗教的な習慣でなく、
昔の人の自然への畏怖や敬意、それから知恵ではなかったかと思う。


縄文時代には植樹は始まっていた。

弥生時代、古墳時代には、
木の実や果実など食用の樹木の栽培のほか、
庭園の植栽として木を植えることもされるようになったと考えられる。

飛鳥時代には、自然発生の洪水とは別に、
燃料や建築資材の利用目的で京周辺の山林の伐採が進んだことによる
下流域の水害が頻発。

森林の伐採によって地中に土と水は山林に保たれず、
雨が降れば溢れて下流に流れる。
この時代すでに上流の伐採の禁止令が出ている。

奈良時代には、
燃料や生活資材、建築用材としての樹木の植林のほか、
海岸や街道整備の防風林、防砂用の植林や、
造園の植栽の植樹も盛んに行われた。

土地の広葉樹が伐採され一度やせてしまった土地にも針葉樹は生えた。
そして針葉樹は、燃料や建材に適しているなど、
人の活動に都合のよい木だったため植林が進んだ。


しかし自然状態で広葉樹が多くを占める森林では、
針葉樹は広葉樹より競争力が劣り、
尾根筋、急斜面、谷筋などやせた場所に広葉樹にまじって生える木であるため、
もとの植生を抜き去って針葉樹に入れ替えたとしても森の力は弱い。

保水や、地盤や環境の安定、土地の動植物を養う働きという面でも、
環境に適して成長してきた土地本来の植生に劣る。


したがって、
山が信仰の対象であるなど宗教的な理由で山全体を禁足地とするなどして
伐採や開墾を許さず本来の植栽に手をつけず守っていたことは、
山がちな日本で、
海と山の間のわずかな平地に、
山から下る水の筋に沿ってはりつくように生活してきた人々の
暮らしを支えることになっていたと思う。

信仰の対象と自然のバランスへの敬虔さがかつては同じ意義のもので、
それに手を付けず暮らすことは
人々の暮らしを守ると考えられていたようだ。


森を保って豊かな水源を守ることは、下流にも恵みをもたらす。
水と土だけでなく広く生物に適した循環が保たれる。

どんな自然でも、それが土地本来の自然であっても、
人にとっては、必ず良い面と悪い面、両方の側面がある。
それでも人にとって恩恵にも災害にもなる背後の山を
人の手を入れない禁足地としたことは、

科学で説明されない時代、
政治と宗教が重なっていた時代の叡智のように思われる。

また日本古来の信仰が、
土地の自然風土を根にしているものであることを語っていると思う。



~~~
兄の奥さんのさんちゃんの実家の山では、
山中のあの木とこの木、この木、この木は伐ってはいけないという木があって
伝えられてる。
山を支える要(かなめ)の木なのだろうと思った。

私の母の実家は、
家の後の山に、伐ってはいけない木として伝えられて木があったが、

近年になってそれら数本の木のうち、
屋敷に一番近い古い木を伐ったそうだ。
そしたらしばらくしたら山が滑って、
敷地の端のお蔵が一つつぶれたのだった。

生活してる家屋は無事。
「伐ったのが一本だけだったからお蔵だけで済んだんじゃないのー。
せっかく伝えられてたのに、あとニ、三本伐ってたら、
山がもっと滑って家もあぶなかったんじゃないの。」
と話した。キャッハハハハ、ハァァ~・・。

さんちゃんとこと違って、母の実家では、
伐ってはいけない木というのは、
山を支える要の意味は忘れられ、
昔の伝説のようなものになっていたようだ。




千年以上前でも、京(みやこ)や大きな街の周辺の山の木々は、
資源として使われ相当伐られてきていたが、

近代の、山の植栽をすべて入れ替えるような
大規模な植林事業が行われるより前は、
山によって、たとえば尾根筋の木は残さなければいけないなど、
植林していい場所いけない場所がけっこう伝えられていたと聞いた。

大規模林業は戦後日本の住宅復興を助けたし、
人の暮らしに近く短期間で直接利益をもたらす山や木は必要だと思う。
思うけれども。

地震の活動期に入ったと言われる今ならなおさら、
山を、地震の少なかった近代の大規模な植林の山から、

強い国土、土壌の、本来の豊かな植生の山に戻していくことを
もっと考えていいと思う。

私達人は、自然の一部として、
土地の自然風土にはぐくまれているのだから。





・2011-03-17 森林と国土
“国土”とかいうことば日記に出てくるの、自分でどうかと思ってしまう。
女の日記なのに。

・2010-08-13 自然と生きること


自然を神聖とした思想と寺社建築
・2009-10-26 中世芸能の発生 231 懸崖造り



植林

柑橘の木の伝来伝説  和菓子の神さま 田道間守
・2011-02-20 中世芸能の発生 381 時じくの香の木の実 橘 菓子
・2010-10-03 中世芸能の発生 357 檜扇(ひおうぎ)の民俗

ツバキ 椿
・2008-10-30 地形を旅した 椿

マツ 松
・2009-12-17 中世芸能の発生 267 一つ松 声の清きは
・2005-12-20 森について 古代の転換期



力の衰えた山のありように慣れて、山の本来の力が忘れさられたこと
・2010-08-02 土地本来の植生の回復 鎮守の森




・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元
by moriheiku | 2011-04-07 08:00 | 歴史と旅
<< ドナルド・キーンさん  月影(... 見える水 見えない水 >>