中世芸能の発生 368 今様



つづき


今様歌謡について書かれた短い文を読んでいた。
傀儡女のことを知りたいと思って。

学術系の本だけど、流麗な調子の、どこか哀切ある文体は、
水辺の津、街道の宿、人々の交差する場所に居て
澄んだ声で今様を歌った傀儡女の姿のようだった。

充実した記述の内容が今様歌謡を知らせるのと同様に、
その文の調子に、今様の世界を知る。

今様の場所、今様の時、今様を歌った人々が今様の歌の調子の中にあって、
それがこの人の文に映って響いている。



今様歌謡集『梁塵秘抄』の現存する部分は、仏教の法文歌、神歌が多い。

法文歌(ほうもんのうた ほうもんか)
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・今様の一。和讃の形式で、仏教の経文について詠んだ歌。七五(または八五)の四句からなる。(大辞林)
・平安末期に行われた今様歌の分類の一。和讚の形式で、七・五(または八・五)の4句からなり、仏教の法文について詠んだ歌。(大辞泉)
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神歌(かみうた)
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1 神をたたえ、神力の発揚を期してうたう歌。
2 平安後期の雑芸(ぞうげい)の一。本来、神楽歌の直系であるが、のちに世俗の流行歌謡に移行する。2句の短歌形式のものと4句の今様形式のものとがある。
3 能の「翁(おきな)」のときにうたう歌。しんか。
(大辞泉)
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僧の作る和讃が、やわらげつつも経典の記述を伝えるものであったのに対して、
傀儡女や白拍子、遊女たちの歌う仏の歌は、
彼女たちの生活に見い出される仏の法だった。


勧進の聖や僧が、
経典に書いてあるこれは、例えて言えばこのようなことですよ、と
わかりやすく身近な世俗的な例をひいたり物語にして人々に仏法を知らせる。


仏法を広く一般に知らせるのは、
難解な経典や仏法のこうしたやわらげや置き換えなしにはできないことで、

仏教の布教は、世俗化と表裏する。


そうしたやわらげやことばや音による装飾は、
純粋な仏教を重視する人々にとってはいたずらに無常のことに心を動かすことで、
仏の真理からはなれること。

そうしたやわらげ、置き換え、加飾が、ひとつには説経唱導の語りにあって、
これはさらにやわらげや置き換えがふくらみ世俗化の進んだ後の
浄瑠璃語りの母胎となるなど、

宗教と芸能が未分化だった時代は過ぎて、

この時代の芸能は、
人々へ宗教の周知の役割を持ちながら、
同時に、宗教と芸能の分離を内包している。

それは、芸能から芸術への分岐でもある。


相反する意味を抱えているのは芸能の内容だけでない。
芸能をする人たち自身が、この矛盾の内に立っていた。




白拍子、傀儡女など遊女(あそび)に、優れた経詠みが多くいた。
その名前から彼女らが宗教性を帯びた人々であったこと、
出家した人々もいたことが知られる。
仏像の胎内に経のように今様の法文歌が籠められたものがあると聞く。

彼女たちの歌う和歌は、
様々の命を活気づけ再生るものであり、
神仏をなぐさめよろこばせる法楽となるものであり、
経典の内容や神仏の霊験功徳を客に伝えるものであったのだが、

傀儡女や白拍子、遊女たちの歌う今様の法文歌は、
経典の客観的なやわらげというよりは、より私的な、
彼女たちの生活に見い出される仏の法を歌っているように聞こえる(見える)。


彼女たちが歌うものが、自分でない誰かが作ったものであっても、

その歌は彼女たち自身の実感であり、
法文歌を歌うこと自体が懺悔であり、

同時に、仏の法を美しい声で歌うことが、
彼女たちの救われる道になっていたと思う。


今様歌の内に深まる彼女たちの宗教的感慨は、
後白河法皇の今様口伝集に記される今様即仏道の文にも結ばれる。


当時の人々にとって流行り歌、遊び歌でもあった今様の内にある宗教性は、
出家の戒律にそった生活でなくても、在家にいながら
称名や念仏を唱えること、また、
生活のひとつひとつその時その時を一心に行うことが仏道となりうるとした
鎌倉新仏教と呼応する。


鎌倉新仏教と言われる仏教は、
当時の人々の心の突端に生まれたと思う。




・2009-02-11 中世芸能の発生 67 船の上の遊女 お能『江口』
・2010-06-22 中世芸能の発生 331 罪業感 今様
だいじょうぶ、だいじょうぶなのよと


今様即仏道
・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教
・2011-06-09 中世芸能の発生 398 今様即仏道 命の際(きわ)



・2010-08-29 中世芸能の発生 351 神「を」祈る 宗教の瞬間 他力本願
鎌倉新仏教の救い




勧進と芸能  芸能の世俗化  芸能から芸術へ
・2013-08-22 中世芸能の発生 455 貨幣 勧進 大仏造営



・2009-05-26 中世芸能の発生 134 芸能の担い手
・2009-05-28 中世芸能の発生 136 優しい誤解
・2009-05-25 中世芸能の発生 133 俗の土壌


・2010-08-17 中世芸能の発生 339 差別の始め
神仏習合が一挙に進んだことは、
仏教側の動きや、誰かの思いにひきずられて起きたブームでなく、
当時の人々一人一人が、
心に持った罪悪感を打ち消そうとし、
私にも救われる理由があるのだと、
心の整合性をとろうとする切実なはたらきだったと思われてならない。


矛盾のはざまに立つ芸能者
・2008-06-10 『身毒丸』 折口信夫 01
“田楽法師は、高足や刀玉見事に出来さいすりや、仏さまへの御奉公は十分に出来てるんぢや、と師匠が言はしつたぞ。”




■和歌と仏教 矛盾と習合
・2010-05-16 中世芸能の発生 311 狂言綺語
・2010-05-17 中世芸能の発生 312 ことばの神聖視
・2010-05-18 中世芸能の発生 313 やまとことば
・2010-05-19 中世芸能の発生 314 仏教が和歌を退けた理由
・2010-05-20 中世芸能の発生 315 仏教と和歌の習合
・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教




■傀儡女 白拍子 遊女の聖性
・2009-07-28 中世芸能の発生 180 古代の女性の宗教的側面
・2009-07-29 中世芸能の発生 181 巫女
・2009-07-26 中世芸能の発生 178 放浪する女性宗教者

・2009-03-04 中世芸能の発生 81 歌占
・2009-02-08 中世芸能の発生 64 今様を謡う人
・2009-02-09 中世芸能の発生 65 万葉の遊行婦女
・2009-02-10 中世芸能の発生 66 遊女の転落
・2009-02-11 中世芸能の発生 67 船の上の遊女 お能『江口』
・2009-02-13 中世芸能の発生 69 遊女と女房文学
・2009-03-03 中世芸能の発生 80 比丘尼と椿
・2009-03-10 中世芸能の発生 86 歌合の女房名

・2009-07-27 中世芸能の発生 179 遊部
・2009-07-29 中世芸能の発生 181 巫女
・2009-08-01 中世芸能の発生 182 芸能の始め
・2009-08-02 中世芸能の発生 183 女系 妻帯
・2009-02-07 中世芸能の発生 63 桂女
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし



・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能




中世芸能の発生までを、
縦糸と横糸を編み、紋を浮き上がらせて、一枚の布に織ろうとする。
時間がかかる。知らなすぎて。




・2010-12-05 中世芸能の発生 370 梁塵秘抄 概略
・2010-12-06 中世芸能の発生 371 今様 概略
・2010-12-07 中世芸能の発生 372 今様 時代背景
・2010-12-08 中世芸能の発生 373 今様 法文歌
・2010-12-09 中世芸能の発生 374 今様 四句神歌
・2010-12-10 中世芸能の発生 375 今様 二句神歌


・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ


・2011-06-19 中世芸能の発生 400 遊び 神楽



梁塵秘抄口伝集
・2011-06-06 中世芸能の発生 395 梁塵秘抄口伝集
・2011-06-07 中世芸能の発生 396 梁塵秘抄口伝集巻第十と後白河院
・2011-06-08 中世芸能の発生 397 後白河院による仲間と弟子の今様批評
・2011-06-09 中世芸能の発生 398 今様即仏道 命の際(きわ)



つづく
by moriheiku | 2010-12-01 08:00 | 歴史と旅
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