中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし


つづき


源義経の思い人、白拍子の静(しづか しずか)の名は、
運命というものがあるの、と思うほど、象徴的。

 しづやしづしづのをだまきくりかえしむかしをいまになすよしもがな 

『吾妻鏡』の記録。
鎌倉鶴岡八幡宮、源頼朝らの前で、静御前が歌い舞った時の歌。

兄頼朝と対立する弟義経の愛妾だった名高い白拍子の静は、
頼朝側に捕われ、頼朝らの前で芸を奉納することを命じられた。


歌の中の「しづのをだまき」は、
昔の織物の倭文(しつ しづ しず)を織る糸を巻いたもののことで、
倭文(しつ しづ しず)と、義経が自分を呼んだ「しづ」名前を懸ける。

この歌は、義経が華やかだった静が義経と過ごした時代が
今に戻ってほしいという願いを歌っていると言われる。

きっとそれ以上の意味を含んでいるんだろう。



この歌は本歌がある。本歌は

『伊勢物語』三二段
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いにしへのしづのをだまきくりかへしむかしをいまになすよしもがな 
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『伊勢物語』三二段は、
主人公が、昔おつきあいした女性に何年かたってから、
「昔の倭文織の糸巻きを巻いて巻きかえすように、
 昔の二人を今にする方法があればいいのに」
と歌を詠みかけたが女性からの返事はなかった。
という話。


さらに『伊勢物語』 いにしへのしづのをだまき の表現は、

『古今集』雑上888
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古(いにしへ)のしづの苧(を)だまきいやしきもよきもさかりはありしものなり
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『古今六帖』四
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古(いにしへ)のしづのをだまきいやしきもよきも盛りはありこしものを
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等の上の句から着想された表現と考えられている。
(参考:阿部俊子『伊勢物語 全訳注』)



「倭文(しつ しづ しず)」は
麻や楮(こうぞ)などの繊維から織った織物で、
色のついた縞目の模様があったと言われる。

実物が残っていないため、
倭文の色・柄は、古典や史料からの推測に留まる。
(『伊勢物語(上)全訳注』には“古代の織物で、穀(かじ)、栲(たえ)、麻、苧(お)等の糸を青や赤にそめて横糸にし、乱れ模様に織り出したもの。”とある。)

「倭文」という文字は、その字から、
後に入ってきた渡来の織物(綾など)と区別するために、
「しつ」の音に「倭文」の漢字が宛たと思われる。




古い詞章や歌等から、
古い時代には、生命力の強いことは霊力呪力の強さであり、
生命力の強い状態が神聖な状態だったと思われる。

倭文の原料となったのは土地に旺盛に生える植物で、
旺盛な土地の植物でできた倭文を身につけることは、
その土地の命の力を身につけることだっただろう。


その意味で倭文は、上代には神聖なものだった。

万葉の時代には倭文は神への祈願に用いられた。
その呪的な用いられ方からも、万葉以前は
倭文に命を活気づける意味があっただろうと推測する。

しかし日本が渡来の新しい思想文物を取り入れ、対外的にも日本を名乗り、
原始的な古来の民俗的呪術性を脱する過程で、

前時代の呪術的色彩の濃い倭文(しつ しづ しず)は、
神聖であると同時に古い迷信に満ちたもの、
粗く垢抜けないもの、つまらないもの、賤しいものと見られるようになり廃れた。




「をだまき(苧環)」は、
“麻や苧などを細くよりあわせて、中が空洞になるようにまるくまいたもの。糸を順々にまきからみつけておいて端から次第にひき出すので、糸をまきつけ、また繰り出す意から、「くりかへし」の序詞にする。”(阿部俊子『伊勢物語(上)全訳注』)



「しづのをだまき」は、
倭文(しつ しづ しず)を織る原料の糸を巻いたもの。


倭文(しつ しづ しず)や苧環(をだまき)という語は多く用いられてきた。


自然は生命力に満ちて、生と死をくりかえし、くりかえし、
これまでもこれからも続いて行く。

イノチにチカラを満たす
倭文(しつ しづ しず)の苧環(をだまき)の糸のように、
命がくりかえしくりかえし長く栄えることを言祝がれた。


このように倭文(しつ しづ しず)の苧環(をだまき)は
こうした祝福の宿ることばだったのだが、
時代が移り、やはりやがて古いものを印象させることばになっていく。


古来の呪的なものが、古いもの、つまらなもの、賤しむべきものになり、
同様に古来の宗教性を帯びた人々の立場も落ちた。




命を揺り動かして活発にする昔の呪術「タマフリ」は、
日本語の音に漢字をあてはめていく時「鎮魂」の字が宛てられて
「タマフリ」と訓んだ。

土橋寛においては、「タマフリ」に「鎮魂」の字が宛てられたことは、
漢語に「タマフリ」に該当する語がなかったためと、
この時期「タマシヅメ」の観念も強まっていたためと述べる。

この「タマフリ(鎮魂)」は、以降は徐々に
鎮まらない魂を鎮める「タマシヅメ」、
また遊離する魂を身体に鎮める「タマシヅメ」の意を強めたと考えられる。

現代になると「鎮魂」は、もっばら鎮まらない魂を鎮めるイメージだ。



「タマフリ」は古来の呪術であって、
呪術としてタマフリをしてきた人々は、アメノウズメノミコトの伝説のように、
古来の民俗信仰の流れの人だった。

渡来の仏教が殺生を禁じたことから、
盛んなイノチの力を獲得する神聖だった狩猟は、罪穢れと考えられるようになり、
狩猟(漁)の人々も罪深いものに見られるようになった。

命が弱まった状態(ケガレ 気涸れ)を再生させる
「タマフリ」「タマシヅメ」する人々は、
血や死などケガレ(穢れ)に近い人々と考えられるようになり、
賤(しづ しず)であるとの見方に変化した。




静たち白拍子は、古い巫女的立場の遊行婦女(遊女)の流れだった。
・2009-02-08 中世芸能の発生 64 今様を謡う人
・2009-07-26 中世芸能の発生 178 放浪する女性宗教者

静の時代には、
上皇の雨乞いに呼ばれて芸能で神を悦ばせ雨をもたらすなど、
白拍子の聖性はまだ忘れられてはいなかった。

命の長い栄えをことほぎたまふりする呪的な人々の流れであったけれども、
しかし一方で、現代的な意味での遊女としても見られるのだった。
・2009-02-10 中世芸能の発生 66 遊女の転落
・2009-07-28 中世芸能の発生 180 古代の女性の宗教的側面
・2009-08-03 中世芸能の発生 184 出雲阿国




 しづやしづしづのをだまきくりかえしむかしをいまになすよしもがな

静の歌い舞ったこの歌の意味を、
糸が巻きかえるように義経が華やかだった頃が戻ってほしいと歌われている、
と言われることが多いけれども。


くりかえし、くりかえし、命がくりかえしつづいていく。

しづのをだまきは、
死と再生をくりかえしイノチが永遠につづいていくことを願う、
命の栄えを歌う祝福のことばであって、

命の再生をつかさどった古い民俗の流れにある白拍子の静が歌うのにふさわしい、
ことほぎの歌。

と同時に、静の時代には古ぼけたものになってしまった
古来の聖性の倭文の意味が重なる歌。



白拍子の静にとってなつかしいものだった古い民俗を、
ほとんど頼まない東国の気風にあって、

宗教性を帯びた白拍子の静は、
しづやしづしづのをだまきくりかえしむかしをいまになすよしもがな
と、イノリの呪(しゅ)呪い(まじない)を言う。


移り変わる世の中にあって、
頼朝に代表されるような時代はなくなって。
そのイノリが生きる世の中が長くつづくことをほぐ。


これに京出身の頼朝は激怒したけれど、
頼朝の妻で東国の人、政子からは、むしろあっぱれと言われてかばわれる有様で、
静の呪などそういうの関係ない人々には効かないことだ。



神聖な倭文(しつ しづ しず)のその苧環(をだまき 糸巻き)が
くりかえしくりかえし糸をくりだすように
世(命)が続くことを歌う静(しづか しずか)の「しづ」名は、

賤(しづ しず)になっていく静たち白拍子、
また魂をゆさぶりあるいは鎮(しづ しず)めてきた古来の
神聖だった人たちの運命の名に聞こえる。




遊女の伝統
・2010-12-12 中世芸能の発生 376 遊びをせんとや生まれけむ



■遊行婦女 遊女 白拍子 巫女 女房 采女 女性宗教者

・2009-02-08 中世芸能の発生 64 今様を謡う人
・2009-02-07 中世芸能の発生 63 桂女
・2009-02-09 中世芸能の発生 65 万葉の遊行婦女
・2009-02-10 中世芸能の発生 66 遊女の転落
・2009-02-11 中世芸能の発生 67 船の上の遊女 お能『江口』
・2009-02-12 中世芸能の発生 68 読経と芸能
・2009-02-13 中世芸能の発生 69 遊女と女房文学
・2009-02-14 中世芸能の発生 70 世阿弥と紀貫之



・2009-07-26 中世芸能の発生 178 放浪する女性宗教者
・2009-07-27 中世芸能の発生 179 遊部
・2009-07-28 中世芸能の発生 180 古代の女性の宗教的側面
・2009-07-29 中世芸能の発生 181 巫女
・2009-08-01 中世芸能の発生 182 芸能の始め
・2009-08-02 中世芸能の発生 183 女系 妻帯
・2009-08-03 中世芸能の発生 184 出雲阿国



・2009-03-02 中世芸能の発生 79 熊野比丘尼
・2009-03-03 中世芸能の発生 80 比丘尼と椿
・2009-03-04 中世芸能の発生 81 歌占
・2009-03-07 中世芸能の発生 84 テイントントウ 鼓の音


・2009-03-10 中世芸能の発生 86 歌合の女房名
・2010-02-13 中世芸能の発生 277 住吉のハニフ(黄土)



・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能
・2010-06-22 中世芸能の発生 331 罪業感 今様
・2010-05-21 中世芸能の発生 316 今様即仏道 芸能者と仏教




■倭文
・2010-08-19 中世芸能の発生 341 倭文(しつ しづ しず 倭文織)
・2010-08-20 中世芸能の発生 342 倭文(しつ) 真間の手児名
・2010-08-21 中世芸能の発生 343 倭文(しつ) 神聖なもの
・2010-08-22 中世芸能の発生 344 倭文(しつ) つまらないもの
・2010-08-23 中世芸能の発生 345 倭文(しつ) 狭織(さおり)




・2010-05-19 中世芸能の発生 314 仏教が和歌を退けた理由
・2010-08-17 中世芸能の発生 339 差別の始め


・2010-11-12 中世芸能の発生 366 酒呑童子



・2010-02-03 命の全体性



・2009-12-17 中世芸能の発生 267 一つ松 声の清きは



古い芸能につらぬかれる、死と再生の物語
・2009-07-07 中世芸能の発生 166 死と再生の物語
・2008-12-31 中世芸能の発生 47 谷行(たにこう)

宗教における、死と再生
・2009-07-06 中世芸能の発生 165 捨身
・2009-07-14 中世芸能の発生 173 修験道 原始回帰

狩猟。くりかえす命の力。
・2009-09-23 中世芸能の発生 203 狩猟 採取




・2011-03-03 中世芸能の発生 385 石走(いはばし)る垂水(たるみ) 祝福
・2010-09-02 中世芸能の発生 353 ことほぎ 自然
・2010-08-30 中世芸能の発生 352 滝 木綿花



・2011-01-27 中世芸能の発生 379 根元
・2011-03-29 自然と人 わざわいもなぐさめも





・2011-08-18 中世芸能の発生 410 生命の連鎖 歌から掬(すく)いとる方々
「命っていうのは、やっぱり生き物を見ていますとね。みんなつづいていこう、つづいていこうって一所懸命生きてるなって思うんです。それはもちろん死というものもあるんですけど、なんか自分だけじゃなく、他の生き物たちも含めてつづいていってほしい、っていう、そういうことがみんなの生き物の中にこう、こもってる。」

そうした行動が、人間だったら、歌や、花を植えるとか、そういう行為で、
それが生き物としての人間の表現、

と、おっしゃって、
そういう意味でもこの歌を素晴らしい、と中村さんは思われたそうだ。

日本の信仰というか、信仰ともいえない、謂わば民俗の底には、
自然という水流がずっと続いていると私は思う。

それは個人の教祖や教義など、つけようもないもの。
体系的でも哲学的でもない、
自然の実感としかいえないようなものだ。

中世芸能が生まれるまでの、
芸能と宗教と分化していない古い日本の芸能は、
自然に寄せてヨ(イノチ)をことほぐ、祝福の系譜だ。





つづく
by moriheiku | 2010-08-24 08:00 | 音と笛のまわり
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