中世芸能の発生 320 祈(イノ)リ イ罵(ノ)り



つづき


上位から下位への強制的な語であった「ノル」「ノリ」の語は、
神を祭る敬意に満ちた祈願の「イノリ」や「ノリト」になり、
呪詛の意の「イノリ」「ノロイ」にも用いられる。


土橋寛においては、
強迫的な語であった「ノル」「ノリ」が
神を祭る敬意に満ちた祈願の「イノリ」になることは、
呪術から宗教への変化に対応する語義変化として理解できると考えられる。

これを説明するものとして、各地の蛇縄行事や雨乞い地蔵の行事があげられる。

蛇縄行事は雨を降らせるための行事で、ほぼ三つの型に分かれる。

その一つは、
・蛇縄を担ぎ出して暴れさせる。

これは水神としての蛇を活動させることによって雨を降らせようとする予祝行事。
水をつかさどる蛇が休憩していたのでは雨が降らないから、
蛇を活発に活動させる(暴れさせる)。


二つめは、
・蛇いさめ

蛇に疑せられた縄または丸太を、手に持った棒で叩いて懲らしめる。
そうすれば蛇がいうことを聞いて雨を降らせるという考えの雨呪。
水神である蛇を脅迫することで、雨を降らせようとする。


三つめは、
・蛇退治

蛇に疑した縄や竹を伐ったり、蛇の目に見立てた的を弓矢で射る行事。
雨を掌っていた蛇の信仰が、後に、より高度な神の出現によって零落し、
その結果追放されたり退治されることになったもの。

三つめは最も新しい型で、
頼るべきは、原始的な自然神である蛇よりも、高度な神になっている。


脅迫的なノリの語が、敬意に満ちた神へのイノリの意になったのは、
イノル対象が原始的な自然神でなく、
氏族の守護神や祖先神になった影響が考えられる。
上記の蛇縄行事のように、
類感的な呪術から宗教へ展開したことに添った語義の変化。




また神に祈る祈願の歌の中に、
「祈(いの)り」というより「イ罵(の)り」の性質の歌があることにも、
祈りに、イ罵りの跡がみえる。

神の概念以前と、神の概念の展開がある。




これら「イノリ」にある強制的な性質の底には、やはり

わらべ歌のように、蛍がこちらに来てほしい時に
「ほうほう蛍来い」と呼ぶ心があって、

天気になってほしいと強く願う時に、思わず、
明日天気になれ、と言うように、

我々が強く何かを願う時、そのことばや行為は命令の形になる。


それは思い当たることだ。

実際には、何かの実現を願う時、
必ずしも命令的な行為ばかりすることはないけれど。


それでもこれは
神の概念を知る前の、神を媒介として頼む前の、
ごくごく原始的で素朴な、切実な、願いの形だったと思う。


何かを強く願う時、
「祈(イノ)リ」は「イ罵(ノ)り」だったのではないかと思う。



参考:土橋寛著『日本語に探る古代信仰』






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つづく
by moriheiku | 2010-06-05 08:00 | 歴史と旅
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