中世芸能の発生 295 奄美のユミグトゥ(ヨミゴト)


つづき


ユミグトゥ。「ヨミゴト」の南島方言。

“奄美諸島の与論島では、赤ん坊が生まれると、産婦の母親が青竹の小刀で臍の緒を切って産湯を浴びさせ、それが終わると、用意しておいたカラ竹、阿旦、サァラギ(トゲのある蔓草)を束ねて、赤ん坊の枕元にある机の上に載せ、次のようなユミグトゥ(「ヨミゴト」の南島方言)を唱える。

 ウラカティ クレェ付(チ)キラン
 木ヌムヌ クサグサヌムヌヌ
 出ヂティ 来(ク)ウヌ如(グトウ)
 カラ竹ヌ 節(ブシ)々ヌ如 伸(ヌ)ビリ
 阿旦(アダニ)ヌ如 島ヌ垣成リ
 サァラキヌ如 広(ビル)ガティ ニギ出ヂリ
 泣キヨオ 泣キヨオ

(お前に対して位をつけてあげよう。木の精霊、いろいろの精霊が出て来ないように。から竹の節々のように、成長しなさい。阿旦が島を取巻いて守っているように、島を守りなさい。サァラキのように広がって成長しなさい。泣きなさい。泣きなさい。)

右の「クレェ付(チ)キラン」は、霊力を着けてあげようという意味で、「木ヌムヌ」以下がその呪詞であるが、カラ竹、阿旦、サァラキなどの植物を呪物として、それに「寄せ」て成長を促すコトバを並べ立てているのは、古代の寿詞や歌謡に普遍的な「寄物陳思」的方法の原型といえる。”
土橋寛『日本語に探る古代信仰』



こんな言葉を文字に打つと、
ユミグトゥ(ヨミゴト)にひびく、純粋な、
赤ん坊が元気に育つことを願う気持ちが移って、涙が出る。

ムヌはモノなんでしょう。

木ヌムヌ クサグサヌムヌ

木のもの くさぐさのもの。


心とまっすぐな純粋なことばは、
こちらの心へもまっすぐにつながる。





先に打ったが、

「よ」 ということば。
世 代 夜 黄泉(よみ) 常世(とこよ) 詠む(よむ) 寿詞(よごと) 暦(こよみ) 他・・

「よ」の音に感じられるのは「時」。
時に関わる感じがする。

ただ「時間」のことでなく、
命とむすびついている「時」の感じ。


これら古い和歌や詞章に使われた「よ」には、
くりかえしくりかえしつづいていく時のイメージが重なっている。

ずいぶん昔の「よ」は、
現代のように時刻や、刻々と刻まれる時間でない。

再生しつづける永遠の時のイメージで、
それは「命」のことだ。




ユミグトゥ(ヨミゴト)は、
呪術の意識を持ってことばと呪物が用いられているけれども、

この奄美のとなえごと、ユミグトゥ(ヨミゴト)の底に、
自然に唇をついて出る、永遠の命の栄えを称えることばを感じる。







生と死をくりかえしくりかえしつづいていく 自然 祝福 
・2011-02-16 中世芸能の発生 380 輪廻 遷宮 遷都
・2010-08-24 中世芸能の発生 346 しづやしづ しづのをだまき くりかえし
・2011-03-15 自然
・2011-02-16 君が代 02


狩猟。栽培とは違う、くりかえす自然のイノチのチカラめでたさを得る。
・2009-09-23 中世芸能の発生 203 狩猟 採取
・2009-09-06 毎年に鮎し走らば


■芸能者の役割  ヨム人々 ホグ人々 芸能 ヨゴト 命の再生  
・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能
・2009-12-09 中世芸能の発生 261 たまふり たましづめ 鎮魂
・2011-06-19 中世芸能の発生 400 遊び 神楽
・2012-02-16 中世芸能の発生 428 「ホ」 穂(ほ) 寿(ほ)ぐ 誉(ほ)む 言祝ぎ(ことほぎ)


■芸能の役割  後世の芸能にもまだ描かれる、死と再生の物語   
・2009-07-07 中世芸能の発生 166 死と再生の物語





自然に寄せて歌を詠むこと
・2010-02-10 寄物陳思





・2010-02-03 命の全体性

・2009-03-01 草の息




古い時代の祈り 類感 自然と人の共感 神仏を媒介しない古来の呪術意識
・2009-12-11 中世芸能の発生 263 ほうほう蛍 まじないのことば
・2009-12-13 中世芸能の発生 265 田児(たご 田子)の浦ゆ
・2009-12-17 中世芸能の発生 267 一つ松 声の清きは
・2009-12-07 中世芸能の発生 259 類感 感応
・2010-02-11 中世芸能の発生 274 イノチ ユリの花




・2010-08-18 中世芸能の発生 340 母語



ヨのシリーズ
・2010-02-12 中世芸能の発生 293 ヨ
・2010-02-13 中世芸能の発生 294 よごと 寿詞
・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能





・2010-04-01 中世芸能の発生 298 言語の幹や根 芸術言語論
・2010-04-02 中世芸能の発生 299 ことばの発生と本質
・2010-04-03 中世芸能の発生 300 俳優(わざおぎ) 神態(かみぶり) 流浪する芸能者
・2010-04-04 中世芸能の発生 301 歌の音




切実な願い イノリ
・2010-06-04 中世芸能の発生 319 宜(ノル) 祝詞(ノリト) 法(ノリ) 呪(ノロフ)
・2010-06-05 中世芸能の発生 320 祈(イノ)リ イ罵(ノ)り
・2009-05-13 中世芸能の発生 131 だだ 足踏み




・2010-03-16 中世芸能の発生 297 土地の木



・2010-06-21 中世芸能の発生 330 主客の分かれないところ 宗教の原型




和歌の中の祝福   これらの和歌は詠み人の感想文ではないこと
・2010-09-02 中世芸能の発生 353 ことほぎ 自然
・2010-08-30 中世芸能の発生 352 滝 木綿花





木(キ) 植物
・2011-09-05 中世芸能の発生 412 キ(木) 毛(ケ) キ・ケ(気)
・2011-09-06 中世芸能の発生 413 ことばと植物





・2011-08-18 中世芸能の発生 410 生命の連鎖 歌から掬(すく)いとる方々
「命っていうのは、やっぱり生き物を見ていますとね。みんなつづいていこう、つづいていこうって一所懸命生きてるなって思うんです。それはもちろん死というものもあるんですけど、なんか自分だけじゃなく、他の生き物たちも含めてつづいていってほしい、っていう、そういうことがみんなの生き物の中にこう、こもってる。」

そうした行動が、人間だったら、歌や、花を植えるとか、そういう行為で、
それが生き物としての人間の表現、

と、おっしゃって、
そういう意味でもこの歌を素晴らしい、と中村さんは思われたそうだ。

日本の信仰というか、信仰ともいえない、謂わば民俗の底には、
自然という水流がずっと続いていると私は思う。

それは個人の教祖や教義など、つけようもないもの。
体系的でも哲学的でもない、
自然の実感としかいえないようなものだ。

中世芸能が生まれるまでの、
芸能と宗教と分化していない古い日本の芸能は、
自然に寄せてヨ(イノチ)をことほぐ、祝福の系譜だ。




つづく
by moriheiku | 2010-03-14 08:00 | 歴史と旅
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