中世芸能の発生 264 いや重(し)け吉事(よごと)


つづき


万葉集 巻第二十 四五一六
新(あらた)しき年の始(はじめ)の初春の今日降る雪のいや重(し)け吉事(よごと) (4516)



三年春正月一日、於因幡國廳、賜饗國郡司等之謌一首

新 年乃始乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家餘其騰

右一首、守大伴宿祢家持作之。



三年の春正月一日に、因幡国(いなばのくに)の庁(ちやう)にして、饗(あへ)を国郡(くにのこほり)の司等(つかさら)に賜へる宴(うたげ)の歌一首

新(あらた)しき年の始(はじめ)の初春の今日降る雪のいや重(し)け吉事(よごと)

右の一首は、守大伴宿禰家持作れり。



新しい年のはじめの、新春の今日を降りしきる雪のように、いっそう重なれ、吉き事よ。



天平宝字三年(795)。
国司(国守)として因幡国に赴任していた大伴家持が、
年頭に郡司らを集めて催した宴の席で詠んだ。

新春国司が郡司らを集め宴席を催すのが慣例。国司新年の任務。
歌はその折の寿歌。
元日の雪は豊年の瑞祥と考えられていた。

国守は寿歌を詠むことになっていた。
歌は祭主のするめでたい唱えごとだ。


万葉集を紹介するテレビ番組で、
歌人の俵万智さんが、この歌を紹介されていた。

俵さん。
「新しき年の始めの今日降る雪のように、いっぱいいっぱいいいことがあってほしい。ことばが、本当にその言葉分の重みで、充実しきって五七五七七の中で納まっている。千年以上たった今よんでも本当にすっと心に入ってきますね。」

「因幡の国へ行くっていうのは、やや左遷気味の人事だから、そんなに嬉しくはなかったと思うんですけれども、でもその中で、あえて“いや重(し)け吉事(よごと)”っていうふうに言ってしまう。口に出してしまう。そのことによって、逆にそのよごとがこっちにやってくるっていうのかな。ことばってそういう力があると思うんですね。」

「最初にこういう事実があるから、それを見て言葉で写すっていうそれだけじゃなっくって、まずことばにしてしまうことで事実を引き寄せるぞ、そういう気持ちも、多分にあったのではないかなと思います。」



信仰はないという人が、
今年の目標は、口に出して言うことが大事、
それも「○○したい」ではなく「○○する」と言い切るのが大事、
と言う。

なぜなら、
願望を口に出すことで自分の注意が高まり、
願望につながることを察知しやすくなるから、
だと言う。


それは、遠い昔の哲学的な宗教以前の呪術と、何が違うのですか?
科学的な理由があるからと思うからですか。




俵万智さんがこの歌におっしゃったこと。
「ことばが、本当にその言葉分の重みで」。


この歌は、
家持がそれまでに詠んだ初春の寿歌よりもっと。余計のない、
直接的な、祈りに満ちた
ことばの発動であったと思う。



参考:中西進著『万葉集(四)』




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・2009-03-17 「奈良の世の果ての独り」




和歌を「詠(よ)」む。とは。
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・2010-02-15 中世芸能の発生 296 ヨム 和歌を詠む(よむ) 芸能
「よ」 ということば。
世 代 夜 黄泉(よみ) 常世(とこよ) 詠む(よむ) 寿詞(よごと) 暦(こよみ) 他・・

「よ」の音に感じられるのは「時」。

ただ「時間」のことでなく、
命とむすびついている「時」の感じ。

古い和歌や詞章に使われた「よ」には、
営々と栄えつづける時のイメージが重なっている。

ずいぶん昔の「よ」は、
現代のように時刻や、刻々と刻まれる時間でない。

繰りかえし再生しつづける
永遠の時のイメージで、

それは「命」のことだ。

(略)
また、和歌を作ることを「ヨム」というのは、
「ヨム」という動詞は「寿ぐ」と同じ意味の語であり、

和歌の根源ないし代表が、
「ヨミ歌」(祝歌)であったことに基づいていると述べる。

古代の歌にある性質、祈りのようなものを感じる時、私は、
和歌の根源、ないしは和歌の代表が
生命をほぐ「ヨミ歌」(祝歌)であったということは、まことと思う



よごとと和歌
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私は大伴家持が大好き。 

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・2009-09-06 毎年に鮎し走らば
・2009-09-07 珠洲の海

かわいそうたぁ、すきだってことよ。




・2010-02-12 中世芸能の発生 276 花の命



つづく
by moriheiku | 2009-12-12 08:00 | 歴史と旅
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