中世芸能の発生 254 木綿(ゆふ)畳 手に取り持ちて




つづき


万葉集から、次に、
神に捧げる幣(ぬさ)としての木綿(ゆふ)が詠まれている歌を中心にとりあげる。

大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)の神を祭る歌一首、
併せて短歌 

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巻第三 三七九

ひさかたの 天(あま)の原より 生(あ)れ来(きた)る 神の命(みこと) 奥山の 賢木(さかき)の枝に 白香(しらか)つけ 木綿(ゆふ)とり付けて 斎瓮(いはいべ)を 斎(いは)ひほりすゑ 竹玉(たかだま)を 繁(しじ)に貫(ぬ)き垂(た)れ 鹿猪(しし)じもの 膝(ひざ)折り伏し 手弱女(たわやめ)の おすひ取り懸け かくだにも われは祈(こ)ひなむ 君に逢(あ)はぬかも (379)

遠い彼方の天上から生まれて来た神神よ。山奥の榊(さかき)に、白髪をつけ木綿の幣(しで)をとりつけて、神聖なかめを浄らかに掘り据え、竹玉をたくさん貫き垂らし、鹿・猪のように膝を折って伏し、女たるもの、打掛(うちかけ)をかずいて、このようにまでして私はお祈りしましょう。あの方にお会いしたいことよ。


・「命」は布留の命など尊称。神に同じ。
 ここは大伴の祖神天忍日(あめのおしひ)の命をさす。

・賢木(さかき 榊)は栄木で神祭りに用いる木。
 古くは樒(しきみ)を用いたという。
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巻第三 三八〇

木綿(ゆふ)畳(だたみ)手に取り持ちてかくだにもわれは祈(こ)ひなむ君に逢はぬかも (380)

木綿織の布を手にとり持って、このようにまでして私はお祈りしましょう。あの方にお会いしたいことよ。

右の歌は天平五年十一月に、大伴氏の氏神を祭った時に、この歌を作ってみた。そこで神祭りの歌という。


・氏神の祭祀は毎年二・四・十一月とされた。
・実は恋歌で祭神歌ではないが、祭神の日に作り神かけて恋を祈ったので
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参考:『万葉集』中西進(著)



古代、氏の上の近親の女性は、
氏の神に仕える巫女としての立場であったから、
当時大伴氏の長であった大伴旅人の妹の坂上郎女が大伴の氏神を祭祀した。

その時の歌。


神祭にも、さらさらとこうした歌ができる。
歌詠みは大伴家の家風。

大伴旅人と大伴坂上郎女の兄弟二人の歌は、
ゆったりとして華やかな風情がある。

よい育ち。
男でいえば、人生や感情の機微のわかる、
一朝一夕にできた家系ではこうならない大人(たいじん)の風格。


香りのよい大輪の花のような、
才気煥発な坂上郎女が恋を祈った人。



旅人の息子で、後の大伴家の氏の上となる大伴家持は、
この人たちの中で育った。

渡来の文化を享受するとともに、
古い家と祭祀を継ぐ人でもあった。



榊(さかき) 樒(しきみ)
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大伴氏と歌 
・2009-04-08 中世芸能の発生 102 和歌の神 住吉大社
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祭祀 女性
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・2008-09-03 中世芸能の発生 04 采女




つづく
by moriheiku | 2009-11-30 08:00 | 歴史と旅
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