中世芸能の発生 239 さぶるこころさまねし



つづき


万葉学者の中西進さんによると
今日までの日本文学をみてみると、風物として多くとりあげられるものが二つある。
それは春雨と時雨(しぐれ)であるとのこと。

春の雨、春雨と、秋の終わり冬のはじめの時雨(しぐれ)は、
日本の風土を代表するような天候で、
日本人の感情のキーワードになっているそうだ。



万葉集 巻第一 八二
うらさぶる情(こころ)さまねしひさかたの天(あめ)のしぐれの流らふ見れば (82)

浦佐夫流 情佐麻祢之 久堅乃 天之四具礼能 流相見者


NHKの万葉集の番組で、万葉学者の中西進さんがこの歌を紹介されていた。

中西さん
「私の心、作者の心は、うらさぶる心、それがさまねくなってくると言うんですね」

うら は心。心がさびるというのが うらさびる。うらさぶる。

「さびるっていうのは長い説明が必要なんですけど、要するにそのものになるっていうのがさびるっていうことなんです。

つまり飾り、虚飾が全部なくなって、そのものの本質になるっていうのが、わびとかさびとかいうさびということばなんです。」



まねし は あまねし。あまねく。

「まねしっていうのは一般的であるということですね。」
「それからそれがいっぱいあることがまねしなんです。」



まねし につく さ は接頭語。
神聖なものにつく。


「ですから心の中がすっかりと神聖な普遍性に満たされるっていうのが、うらさぶる心さまねし」



和銅五年壬子の夏四月、長田王(おさだのおほきみ ながたのおほきみ)を伊勢の斎宮に遣はしし時に、山辺の御井にして作れる歌 
三首のうち一首。


長田王の生年はわからないけれど、天武、持統の頃の生まれだろうか、
天平の聖武天皇の時代まで生きた。

斎宮への使者に出向いた四月頃では、秋の時雨と季節が合わないため、
この歌は古くから人々に口ずさまれてきた古歌ではないかと言われているそうだ。


「長田王という人は流浪、放浪をひとつのシンボルとするような生涯をすごした人なんでしょう。この歌はそのシンボルとするような放浪の生涯とうまく結び付くものだから、この人の作だといって伝えられている。」

歌の万葉仮名、
浦佐夫流 情佐麻祢之 久堅乃 天之四具礼能 流相見者
に流という字が二つ。流の字をあてるるのはめずらしいものではないけれど。
どのような生涯を送られたのか。


この歌はもう個人と違う、個人の体験から離れてしまった、
もっと普遍的なものとして、万葉人もこれを享受していたとのこと。



ナレーション
「歌の作者はふりみだれる時雨から冬の到来を予感していると中西さんは考えます」

中西さん
「天地が全ての装いとか華やぎを捨てて、冬の静寂そのもの、孤独そのものの姿に入り込んでいく。そうすると全ての雑念、俗情、世俗の情というものがなくなってしまってですね、まるで自分の命そのものが普遍化されて天地宇宙とひとつになるかのごとく透明化していくんですね。そういう段階を詠んだ歌です。」

「日本の風土というものを自分とじかに対面させて、その心音の部分、奥深い、日本の自然というものと魂を向き合わせた。そういうすばらしい歌です。」



神さびる などにさびるが使われるのを見るが。

さびるとは、装いを捨ててそのものになっていく、
そのものの本質になっていくという意味だったのか。


さびてあまねくなっていく。

それは自然の中に居る時の感覚ととてもよく似ている。

我々の心を言い、心を透明にさます。普遍性のある歌。


侘しい思いが胸を満たす。無限の空をこめて時雨の降りつぐのを見ると 
という現代語訳を見ただけでは、私はまったく気づくことのできなかった歌の魂。



「日本の風土というものを自分とじかに対面させて、その心音の部分、
奥深い、日本の自然というものと魂を向き合わせた。そういうすばらしい歌です。」


奥深い、実感のある言葉が中西先生の唇から出る。

こうした方々のことばに導かれて、
身体が目覚めていく。



冬の山が一番好きだ。
一月にあの山へ行こう。



参考:『万葉集(一)』中西進著




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つづく
by moriheiku | 2009-11-08 08:00 | 歴史と旅
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