珠洲の海




珠洲(すす、すず)の海に朝開きして漕ぎ来れば
長浜の浦に月照りにけり
                 大伴家持(4029)

(訳)
珠洲の海から、朝港を出て漕ぎ出して来ると、
いつか長浜の浦では月が照っていたことだ

(参考『万葉集(四)』中西進)



万葉集を紹介する番組で、歌人の岡井隆さんが紹介されていた。

国守として越中へ赴任していた大伴家持が、
春の出挙(すいこ、稲などの種の貸出し)のため各郡を廻った時
詠んだ歌。



岡井隆さん、

「仕事の歌ですよね。」

「大伴家持の歌はきれいですよ。さっぱりしていますし。」

「この時期の家持の歌は日誌的なものがあって、
 丁寧に読んでいくとね、
 一首一首の出来栄えとはまた違ってね、
 記録として面白いですよ、ドキュメントとして。」

「こういったものを残すことができたっていうことが、
 家持のね、おもしろさでもあるし。」

岡井さんは
越中赴任時代の大伴家持の歌に、
10世紀、11世紀辺の歌物語、物語文学につながっていくような要素が
あったのではないかとおっしゃる。

「案外そのオリジンだったかもしれませんよ。」



大伴家持は、時代の境まで生きた。

神代の名残を強く残す古い大伴に生まれた。


大伴一族の氏の上の立場となる家持は、
氏を支える気持ち、
古い時代を慕い敬う気持ちを強く持っていたけれど、

彼のその思いよりも先に、
彼の歌は、すでに時代を抜けていた。


時代を越えることばの表現の世界を形作っていたこと、
次の時代へつなぐ歌を詠んでいたことは、
後の世になってわかる。


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by moriheiku | 2009-09-07 08:00 | 言葉と本のまわり
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