中世芸能の発生 114 中世人にとっての故実


つづき


人は、故実や裏づけを欲しがって、
権力者も偽りの家系や神話を作る。

それらは、都合の良い利につながることがある。



『弓道中祖伝』国枝史郎 より  参照:青空文庫
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「弓箭(きゅうぜん)の根元ご存知でござるか?」
「弓箭の根元は神代にござる」
 言下に若武士はそう答えた。
「根(ね)の国に赴きたまわんとして素盞嗚尊(すさのおのみこと)[#「素盞嗚尊」は底本では「素盞鳴尊」]、まず天照大神(あまてらすおおみかみ)に、お別れ告げんと高天原(たかまがはら)に参る。大神、尊を疑わせられ、千入(ちいり)の靱(うつぼ)を負い、五百入(いおいり)の靱を附け、また臂に伊都之竹鞆(いつのたかとも)を取り佩(は)き、弓の腹を握り、振り立て振り立て立ち出で給うと、古事記に謹記まかりある。これ弓箭の根元でござる」
「さらに問い申す重籐(しげとう)の弓は?」
「誓って将帥の用うべき品」
「うむ、しからば塗籠籐(ぬりごめどう)は?」
「すなわち士卒の使う物」
「蒔絵(まきえ)弓は?」
「儀仗(ぎじょう)に用い」
「白木糸裏は?」
「軍陣に使用す」
「天晴(あっぱ)れ!」と女の清らかな声が、築山の方からまた聞こえてきた。
「お若いに似合わず技巧(わざ)ばかりでなく、学にも通じて居られますご様子、姓名をお聞かせ下されよ」
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これも故実の一。


前に打ったが、

「弓箭」つまり弓矢は狩りと密接で、
武士の生き方を「弓箭の道」には、
原始的な狩猟性がある。


昔は狩りで獲物を獲って神前に捧げた。
それは現代だって、神社の祭りに、雉や鮎や
海山川の生物を幣に奉げてるけど。

野生の盛んな命の力をささげる。

そうした大昔からの命とのつながりが、弓と武士にある。


原始的な生命観が、弓と武士の背後にある。


昔から弓が魔よけとされたのは、
単に、戦で用いた強い武具であるからという理由でない。

弓は、旺盛な生命力を得ることとつながっていたからこそ、魔よけ。





古代には氏族の語部が氏族のルーツを語った。
神事芸能が繰り返し神代を演じる。

それらは、生命の根源とつながろうとする
衝動のような行為だと思う。

また、故実を知り、身に付けることは、
その根につながることだったと思う。



それが、
肝心の生命観の体感のようなものをとりこぼし、
そこへいたる形や作法や、故実を知ることのほうに熱心になっていった。

本来を忘れて。

故実を知ることが、都合の良い利となって。




平安期から中世には、聖が神仏の縁起を語り、
神事芸能が「そもそも」と故実を語り、
有職故実を知る者は優遇され、
歌、蹴鞠、武藝、様々の道の作法が整えられた。
神話の大きな改編も行われた。

戦乱が続き価値観が大きく変化する不安定な社会情勢だからこそ、
人々に故実が必要とされた。


その根には、
原始的な生命力のようなものを身体に宿らせようとする
祈りに似た衝動があったと思う。








中世芸能の猿楽(お能)って、よく何かの由来が語られてるみたい。
それは、当時の社会全体のならい、
人々の心の動きそのものように思った。





弓矢が魔よけとなるのは、
単に戦で用いた強い武具であるからという理由でない。

弓矢は原始的な命の根源とつながっていたからこそ魔よけ。

獲物(サチ サ=神聖な チ=チカラ) という旺盛な生命力を得る、
神聖な力に満ちていると考えられた拝啓があったからこそ魔除けとなっていった。

いくら破壊能力が強くても、原子爆弾は神聖な魔除けにならない。

魔除けの人々
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忘れられてしまったこと
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つづく
by moriheiku | 2009-04-20 08:00 | 歴史と旅
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